第64話 頑張って未来のミライくん。

「土産ありがとよ!! じゃあな!! ……あの野郎今度会ったらぶっ飛ばしてやる!!」


 激おこ状態の南雲が去ろうとするが、このまま行かせるのはマズい気がする。連絡し忘れた叶さんが怒られるのは本来であれば自業自得だけど、俺のせいでそれが数倍ブーストされてしまうとなれば話は別だ。弄れそうな話ないっすか? とか言って色々聞き出したのは確かだけど、ここまでマジギレさせて姉妹の仲に不和を起こすのは本意ではない。

 どの口で言ってんだって幻聴が聴こえて来そうな話だが、うん。とにかくなんとかしなければ。


「お、落ち着けって南雲。あの人もからかい過ぎたって反省してたから、な?」

「んなことまで話してんのかよ!!」


 やっべまた藪蛇ったじゃねえか地雷踏み過ぎだろ最近の俺……いやこの的中率は自分から踏みに行ってると思われても仕方ないぞ。


「もうやだ……帰る……」


 いかん行ってしまう。しかもなんか今度はダウナーな感じになっていてますますヤバい。

 泣いたりはしてないが、もし一人になった時にでもと考えれば俺の罪悪感も臨界点を突破しそうだ。


「南雲!」


 しかしどうやって宥めたものか。呼び止めはしたものの、そう簡単に名案なんて浮かぶはずもなく。いや―――


「なんだよ……まだあたしをいじめるのか ……?」


 いかんこれ絶対俺の想像以上にダメージ受けてるやつ。


「飯、飯行こうぜ! 昼休みだろ! な!」


 まだなにも思いついちゃいないが、時間を置けば名案が浮かぶかもしれないし、ちょうど飯時なんだからそれを利用しない手はない。なんならうまいもん食べて腹が膨れるだけでもちょっとは持ち直すかもしれないなんて淡い期待もある。

 とにかく、このまま行かせるのだけはなしだ。


「飯……? この流れでなんであたしがてめーと飯なんて―――」

「そりゃごもっともだけど! でも一人で食うより誰かと食う方が絶対うまいって! な!」

「う……なんでそこまで必死なんだよ。ま、まあ荷物届けてもらった恩もあるし、そこまで言うなら飯行くらい別にいいけどよ……」

「そこまで言うから! よし、決まりな!」


 俺の言葉に否定的な南雲だったが、最終的には頼み込む姿に折れたのか同行することを了承してくれた。

 第一関門突破といったところだろうか。

 しばらく先の俺、丸投げして悪いけど頑張ってくれほんと頼む。

 あとナチュラルぼっち扱いしてごめん。気付いてないみたいだけど。



 というわけで、校舎の中を反対側に抜けて愛しの食堂街へ向かう道中。

 一人より二人の方がうまく感じると思っているのは確かだが、お通夜状態はその限りではない。少なくとも到着までに、俯きがちな南雲がちゃんと前を向けるようになるくらいはこの空気をなんとかしておきたいところだ。

 なお、具体的な方法は未だ浮かばない模様。

 ……卑屈にならない程度に機嫌を取ろうなんて考えていたけど、この考え方がもう既に卑屈な気がしてきた。


「なあ、叶さんってどんくらい上なんだ?」

「二つ」

「はー、意外と若いんだな」


 保護者として身内の入学式に出席するくらいだから、もうちょっと離れているのかと思っていた。話し方は飄々としていたけど、それがまた大人のお姉さんって感じがしていたし。

 いや待った……あの人あのナリで学生とかマジで言ってんのか?


「本人に言ったらぶっ飛ばされるぞ」

「気を付けるわ」


 まあ、それ以前にまた絡む機会があるのかって話だが。

 しかし案外、話しかけるとちゃんと返事してくれるヤツなんだな。言葉は短いし、相変わらず元気はないが。

 昨日電波と接している時はキレた姿を想像できないなんてことを考えていたけど、南雲は逆に、どんな風に笑うんだろうか。

 あの時はわざと怒らせるなんて論外だよなとも思っていたが、笑顔を見たいと思うのはおかしくないはずだ。

 それがいつになるのかはわからないが……打ち解けていったら、こいつのそんな表情を拝む機会も訪れるんだろうか?


「なあ」

「おっ? おう。なんだ?」


 そんなことを考えている折、不意打ち気味に声をかけられた俺は上ずった返事を返してしまう。


「あんた、目立つだろ?」

「え? そりゃまあ、女子校に男一人だからな。都会に現れた猿かってくらい目立ってるぞ」


 たまにニュースになるヤツな。

 つまり、悲しいかな珍獣扱いだ。



「言って南雲も目立つだろ?」


 いや、むしろ学園の外も加味するとこいつの方が目立つ存在だと思う。服装だけではなく、髪色に顔付、南雲の総合的な容姿は、ルクルほどではないが衆目を集めるはずだ。

 そんな南雲と一緒だからだろう。普段から学園内の人が居る場所であればどこに行っても視線を感じるレベルだが、今日はそれに輪を掛けて注目されている気がする。

 それに比べて、俺が注目を浴びるのはあくまでここが女子校だからで。街に出れば群衆に紛れるその他大勢、モブに過ぎない。

 倉井未来という個ではなく、学園唯一の男子生徒という希少性が俺の価値の九割を占めている。そこを勘違いしてはいけない。……残りの一割は、知り合った面々がそうではないと信じたいからだ。最初はどうであれ、な。


「まあな」


 短く答えた南雲は、すぐに次の質問を投げてきた。


「なんで女子校なんか入ったんだ? やっぱ変態だからか?」

「変態違うからね。間違って入っただけだから。ここほんと重要だから勘違いしないように。つーかこれ前も言わなかったか? 」

「んなもん覚えてねーよ。……けど、間違ってか。なにをどう間違ったら男が女子校に入れんのかわかんないけどさ、それなら辞めて他の学校に行っちまおうとか考えなかったのか? そうすりゃ今みたいに変に目立つこともなかったろ」


 おそらくそれが本題だったんだろう。立ち止まった南雲が、それまでとは違う雰囲気で俺を見ている。


「舐めんなよ。入学して初めに思ったのがそれだよ」


 実際退学届け出したし。

 真露が止めてくれなければ、マジで初日に学園を去っていたと思う。


「あ、でもアレだ。断っておくけど今はもう辞めたいなんて思ってないぞ」


 そう。止められなければではなく、“止めてくれなければ”だ。

 今となっては感謝している。この学園飯もうまいし。いやもちろんそれだけじゃないけど。


「なんでだ?」


 そこまでは語るつもりもなかったのに、なんでだろう。理由はわからないけど、南雲の俺を見る目は先の問いかけの時と変わらず真剣なもので、気恥ずかしいという理由で答えをはぐらかすことは出来そうになかった。


「……言ってもいいけど笑うなよ。さっきの仕返しだとか言って爆笑したら報復の連鎖だからな。復讐はなにも生まないということを肝に銘じて聞いてくれよ」

「口上が長い」


 この野郎……素面じゃ言いたくねえから芝居がかってんだよ察してくれ。


「あー……あれだ。クセの強くて頭のおかしい、ほんと一部はどうしようもないくらいアレな連中ばっかだけど、なんでか不思議と嫌いじゃないんだよ」


 自分の言葉に、俺はそれまでのことを思い返す。

 一週間と経っていないが、この学園に入学してからたくさんの出来事があった。

 初日には七生に覗き魔と間違えられ、殺人級の踵落としで昏睡状態に陥って。目が覚めたら検査してくれた宝条先生とバイクを通じて仲良くなった。

 二日目にはその先生が案外ポンコツだということを知って、悪魔的な存在と勘違いした電波はただの特撮オタクなひよこで。……まあ、ひよこの世話してたくせに鶏白湯とか悪魔的所業ではあるが……夜には仮面を着けた変態から人生初の脅迫まで受けた。

 三日目には目の前のこいつにサービスシーンを見られたし、昨日ははち切れそうなほど中華を食った。

 あれ? 思えばほとんどのヤツとの出会い方最低だったんじゃないか? それに辛いことの方が多くて強く生きて未来くんって感じだけど……。


「なんつーか、共学でも男子校でもどこの学校に行っててもそれなりに楽しく過ごせる自信はあるんだ」


 真露……って言ってもこいつにはわかんないだろうけど、あいつ程じゃないにしても俺だってコミュ力はある方だと思う。だからどうしても相性の悪い相手意外とは、それなりにうまくやっていける自信はある。こういう時の引き合いに出すのはどうかと思うけど、どこに放り込まれたって出会った時の電波みたいなぼっちになることはないはずだ。


「……」

「でも、それと同じくらいこの学園に居るからこそ楽しめることもあると思うんだよ。女子校に入学とか狙ってできる経験じゃないしな。だから俺は、間違いと偶然が生んだここでの生活を楽しんでみたいと思った……んだと思う。多分そんな感じ」


 我ながら“思う”ばっかりで頼りない話だけど、まあifの話なんてそんなもんだよな。


「そこまで長く話しておいて、締めは多分かよ」


 ……お。笑顔ってほどじゃないけど、今少し笑ったんじゃないか。


「すまん。俺も聞かれるまで真剣に考えたことなかったっぽいわ」


 普段からこんなことを考えているヤツは流石に痛過ぎる。ちなみに今は死ぬほど恥ずかしいので、たぶん帰ったら頭から布団被って悶えまくりでルクルに気味悪がられてると思う。


「そっか、変なこと聞いたな」

「いいってことよ」


 軟化……と言っていいのかはわからないけど、なんか棘は取れたみたいだし。羞恥プレイの甲斐はあったと思う。思わないとやってらんないとも言うが。


「南雲もさ」

「ん?」

「確かに目立つかもしんねえけど、この学園マジで変なヤツ等ばっかりだから考えてるほど浮きはしないと思うぞ」

「それも、姉貴から聞いたのか?」

「いや……まあ、うん。すまん。また余計なこと言ったわ」

「いいよもう。怒ってねえから」

「そうか」


 よくわかんないけど、よかった。

 とりあえず後は地雷さえ踏まなければなんとかなりそうな雰囲気だ。

 さっそくやったぜと調子に乗りそうな自分を自戒しつつ、俺達は再び歩き出した。



「南雲は学園に来てからの昼飯はどんな店を回ったんだ?」

「店? パンばっかりだよ」

「へー、あの食堂パン屋なんかもあるんか」


 しかしパンがメインということは、寮の朝食みたいにバイキング形式だろうか? それともカフェかテイクアウトか……どれにしたって、さぞ本格的なんだろうな。

 普段は食パンと菓子パンくらいしか食わないけど、せっかくだから色々試してみるのもいいかもしれない。


「いや、コンビニだけど」


 ……さーて、もうそろそろ食堂街が見えてくる頃だから今の内にどの店入るのか決めておくか!


「中華以外でなんか食べたいもんはあるか?」


 身体の中には当然残っちゃいないが、心の中にはまだ昨日の残滓がある。コールタールのように染みついていて、まだ数日は取れそうにない。

 見るのも嫌、なんて状態は流石に脱したが―――それでも、進んで食べたいかと問われればノーである。


「……? 学食だろ? んなもんメニュー見てから決めればいいじゃねーか」


 こいつ……さっきのコンビニ発言といい、やっぱり一度も食堂に行ったことないな? なんてもったいない。学園生活の七割くらい損してるじゃねえか。


「食堂つっても、実際はいろんな店の複合施設なんだよ。だからある程度方向性を決めてから入らないといけないんだ」

「そうなのか。よくわかんねーから任せるよ」

「じゃあ洋食でも行くか」

「ん」


 ハンバーグ食べて笑顔にならん子供とか地球上に存在しないはず。完全に他力本願だが、シェフの気まぐれな手腕に期待したいと思う。


「アレだ」


 俺が指をさすと、釣られて南雲もそれを見る。


「ありゃ商店街じゃねーか」


 おお、俺とまったく同じ反応だ。

 外部から来たらそうなって当然だよな。


「学園の中に商店街なんてあるわけないだろ。いろんな飯屋が入ったアーケード的なヤツだよ」

「頭おかしいんじゃねーか?」


 やっぱそう思うよな!

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