第62話 需要と供給

 昼休みの到来を告げる鐘の音。先生がチョークを置くよりも早く、なんなら最初の“カ”が鳴ったくらいのタイミングで教室を飛び出した俺は、一目散に南雲のクラスへと駆け出した。

 朝ギリギリに登校してくる野郎が休み時間に取る行動パターンは二つ。瞬で捌けるか、机で寝るかの二択だ。また入違ったらたまったもんじゃねえ。

 廊下を走るな、なんて咎める者も居ない空白の廊下を全力で疾走した俺は、鐘が鳴り止む前には向こうの教室の前へと辿り着いていた。

 息を整えながらドアを開け室内を見渡すと、白黒ツートンカラーな南雲の姿は桃谷よりも分かりやすく、一瞬で見つけることができた。


「南雲、ちょっといいか?」


 窓際の席、頬杖を付きながらぼうっとしている南雲に声を掛けると、気だるさを隠そうともしない反応が返ってくる。空を眺めていた視線が俺に向けられ、続いて出た言葉はなんとも失礼なものだった。


「あん? 誰だよおま……げっ、この前の脱ぎたがりの変態野郎」


 人がわざわざ荷物持ってきてやったっつーのになんつー言い草だこの野郎は。教室がざわざわしてるじゃねえか。


「好きで脱いだんじゃねえよバカ。大体あんなところでサボってる南雲が悪いんだ」


 むしろ下着姿を見られた俺の方が被害者なんだが? あとこの学園の男女比で考えると俺のヌードの方が需要は高いと思うの。だからと言って脱がないが。


「興奮しながら言っても説得力ねーんだよ」

「そりゃ走って来たから息が上がってるだけだ……ってんなこたどうでもいいんだよ、ちょっとツラ貸してくれ」

「はあ? あたしになんの用だよ」

「んなもん、言わなくてもわかってんだろ?」


 こんなところで渡したらおまえの少女趣味がバレちまうかもしれないだろ。

 不可抗力とはいえ、職質で包装は破かれちまってんだ。ビニール袋に入れて口を縛ってはいるが、他人に中身を見られる可能性はゼロじゃねえ。叶さんの話だと隠しているみたいだし、せっかく配慮してやってんだから大人しく着いてこいっつーの。


「……ちっ、女子校まで来て結局こうなるのかよ。いいぜ、どこへだって行ってやるよ」

「? まあいいや、じゃあ着いて来てくれ」

「……わーったよ」


 しかしこいつ、なんでこんなダルそうなんだ? アレの日か? 辛いとは聞くけど、俺に当たるのはやめて欲しい。



「おい、ここらでいいだろ」

「そうだな」


 というわけで呼び出しの定番である校舎裏―――は中庭だから電波の時みたいに誰かに付けられて居た場合、隠れる場所が多くて闇取引の現場を押さえられてしまう可能性があるし、右側面は食堂街に向かう通路に繋がってしまうので、比較的目立たないような気がする左側に移動した俺達は、南雲の合図で立ち止まった。

 校舎周辺の全てを把握したわけじゃないからこっちになんもない補償とかそれこそないけど、南雲がここでいいってんなら大丈夫なんだろう、多分。


「めんどくせーから次はナシだぜ」

「……? そりゃこっちの台詞なんだが……」


 次からは普通に宅急便とか使って欲しい。

 まあ、旅先で叶さんにバッタリ出くわして、また荷物を頼まれる確率なんてのは雷が直撃するくらい低いだろ多分。

 俺はリュックを開けて中を漁る。これがぬいぐるみで、こっちの赤い包みが南雲用の土産だったよな。食べ物とそれ以外を同じ袋に入れるのがなんとなく嫌で別けたんだけど、宝条先生のと混ざるから止めときゃよかったぜ。

 つーか今更気付いてしまったんだが、教室で渡したら目立つかなーと思って外に連れ出したんだけどこっちの方が目立ってないか?


「はっ、道具か。女一人にいい根性してるじゃねーかおまえ」


 道具……? ぬいぐるみって聞いてたけど。作中に出てくるアイテムかなんかも入ってるのか?

 うーん、女児向けアニメはよくわかんないからなあ……。つーか南雲のヤツ、さっきから微妙に話が噛み合ってない気がするんだが気のせいか?

 まあいいや、さっさと渡して学食に行こう。今日は旅の疲れと満腹感もあって、早起きして出るつもりがいい時間まで寝ちまってたから、朝飯食えてなくて死ぬほど腹減ってんだ。

 南雲のよくわかんない言葉に止まっていた手を再起動させ、取り出したぬいぐるみと土産を突きつける。


「―――来るかっ!」

「ほらこれ、叶さんから頼まれた品だ」

「―――はっ?」

「あとアレだ。叶さん学園で浮いてんじゃないかって心配してたから、あんま授業サボったりして心配かけない方がいいと思うぞ」


 なんでこいつこんな身構えてるんだろ。


「は?」



「け、喧嘩かな? 普通の雰囲気じゃなかったよね、南雲さん」

「うん。少なくとも告白……って雰囲気じゃなかったよね、倉井くんも」

「変態とか脱ぐとか言っていましたたけど、修羅場でしょうか?」


 学園唯一の男子生徒―――倉井未来によって南雲京が連れ去られた後の教室は、その話題で持ち切りだった。

 少年だけでなく、少女もまたこの学園では目立つ存在だった。服装は言わずもがな、性格もこの学園の生徒にしては珍しく不真面目なタイプで、悪く言えば粗暴に見られがち。そして、それを取り繕おうともしない所が南雲京という少女を一層浮かせている。


「桃谷さんはどう思う?」


 雑談に興じていた少女の内一人が振り返り、後ろに居た生徒に声を掛ける。


「……南雲さんのことは噂でしか存じませんから、なんとも言えませんわ。未来さんの方も、まだそれほど親しいわけではありませんが―――」


 縦ロールの少女―――桃谷桃は突然自分に話が振られたことに驚きつつも、個人的な感想ですが、と前置きをした上で渦中の少年をそう評し、幼馴染である彼女ならどう言うだろう? と、隣で眠る少女―――ルームメイトでもある笹倉真露を一瞥し、問いかけたクラスメイトに向き直った。


「……ええ、やはりそんな方だとは思えませんわ」


 ―――もしそうであれば、真露さんがあれほど懐くとは思えませんもの。

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