第37話 でへへお嬢ちゃん可愛いねえ……。
超見られてる。
四方八方、どこを向いても誰かと目が合う異常事態だ。
昨日一昨日とさんざん目立ち、今日に至っては、先生から不完全ながらも大変なことになるぞと警告を受けていたから心構えはできていたつもりだったが……。
今までの非じゃない。俺の人生でここまで注目を浴びたのとか、自分から修羅場に飛び込んだ時以外じゃ初めて立ち上がった時くらいじゃないか?
あんなのが人生のピークってのも悲しい話だが、こんな形での記録更新は嬉しくもなんともねえ。
隣を歩くルクルは、こいつ自身が的となっているわけではないが俺と一緒に視線を浴びているはずなのに、気にした様子もなく前を向いている。
見られることに慣れているのか、それとも神経が図太いのか。あるいはその両方か。
いずれにせよ肝の小さい俺からすりゃ羨ましい話だ。
「この道を行くってこたあよ、体育館ってのは昨日のドームなのか?」
「ああ、部室棟と繋がっているあれだな」
「ふーん……」
外から見た感じだと全天候型のスタジアムみたいだったけど、中はどうなっているんだろう。やっぱり観客席とかあるんだろうか。
お……あの前ゆく後ろ姿は真露だな。乳でわかる。
隣に居るのはルームメイトだろうか。
ルクルもあいつに気付いたんだろう、俺の方を向いて言う。
「話しかけに行かなくていいのか?」
「邪魔すんのも悪いだろ。せっかく友達と居るんだし」
「そうか? 気付いたのが逆なら遠慮なく来ると思うが」
「……それにゃ同感」
短い付き合いで真露という人物をよくわかってらっしゃる。
「おはよっ!」
「うぉわっ、おお、電波か……びっくりさせんなよ。おはよう」
いつの間にか隣に現れた電波が大声で挨拶をする。
びびったぜ……そういや昨日初めて会った時も突然現れたよなこいつ。気配を消すスキルでも持ってんのか?
うーむ……実際本気で忍ばれたら見つけるの大変そうだよな、小さいし。それでなくとも人混みに飲まれでもしたら自力じゃとても無理な気がする。
「鹿倉衣さんも、おはよ!」
「おはよう、朝から元気だな」
「そうかしら?」
なにが嬉しいのか、にこにこと笑う電波。
あ、こいつの大声で真露が俺達に気付いた。なにがとは言わないが振り返って揺れる。
こうなっちゃ気付かないフリも無理があんな、ばっちりと捕捉されたし。
こちらに引き返してくる真露と合流するため、俺は少し足を速めた。
「えっ、どうしたの? わたし来ない方がよかった……?」
その動きを見た電波が不安そうな顔で、またいらん勘違いをする。
「アホか」
「わっ、引っ張らないでよ」
俺は相変わらずバカなことを言う電波の手を引っ張って歩調を合わさせた。
こいつはマジで、すぐネガティブに振れるクセをどうにかした方がいいと思う。
「二人とも、おは……」
俺と手を繋いだ電波の姿を認めた真露はそこで言葉を切った。
じぃっと視線を感じた電波が、怯えたのか指先に力を込める。
「……か」
———まずい。
「可愛くてちっちゃい! すごい!」
———発作だ!
「ぐぇっ」
そう感じた時には既に遅く、飛びかかるように抱き着いた真露の胸に埋もれた電波から潰れたカエルのような声が漏れる。
真露は身体の一部を除きかなり小柄だが、電波はそれに輪をかけて小さい。これはそんなサイズ感がなんかいい感じに作用して起こった悲劇だ。
背中をタップする電波にお構いなしで、捕食する植物のように電波を抱え込む真露。あ、抵抗しなくなった。
やべえ。
「真露、ドクターストップだ」
それ以上は命に関わる。
こいつは知らないのかもしれないが、人は呼吸をしないと死んでしまうのだ。
「おまえ、ちっちゃくて可愛いものを見たらとりあえず抱きつく癖どうにかしろよ」
電波の背に回された腕を引っぺがしながら、俺は真露に窘める言葉をかける。
それで今まで散々な目に合ってきたっつーのに、懲りないやつだ。
俺が知る限りでも、強く抱きすぎた子犬に
「ふぅ……死ぬかと思ったわ……」
解放された電波が青い顔で言葉とともに安堵の息を吐く。
「えへへ、ごめんね? でも、この子がかわいすぎるのが悪いんだよ?」
「おまえそれ男が言ったら死刑にされても文句言えねえくらいヤバい台詞だからな?」
無罪になるにゃワンチャン精神鑑定に賭けるしかねえくらいだぞ。
俺の後ろに隠れた電波はすっかり怯えてしまっている。真露の距離感は舞子さんとは違った意味で厳しそうだ。
「ほら見ろよ、カラスに
「ぴよ……っ!?」
「うん……ごめんね? でもみらいちゃん、そうしてるとなんだかその子のパパみたいだね」
「パ……ッ!?」
「一々反応するなリアクション芸人」
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