第35話 あーもう滅茶苦茶だよ。

 そう来ます?

 これはもしや藪蛇というやつでは。

 こいつ、打たれ弱いくせになかなかしたたかだな。

 油断しているところに思わぬカウンターを貰ってしまったが、あれが演技なら大した女優だぜ。文屋なんかより演劇部とかの方が向いてるんじゃねえか?

 ……さて、それはともかく次はどう切り抜けりゃいいんだ。いや、まずはこれ以上変なことを言わないよう気を付けるのが先か?

 隕石でも落っこちてうやむやになんねーかなと空を仰いだところで、表の方から足音が聞こえてきた。誰か来たらしい。

 しかしこの流れ、なんか昨日も似たようなのがあった気がするな……。


「誰だ?」


 学園の敷地内だ、まさか不審者ということはないだろうが……と思ったけど、むしろこんな人目に付かない場所で脅迫したりされたり、跪いたり跪かれたりの俺達の方こそ不審者だよな。


「私だ」

「……って、なんだルクルか。驚かさないでくれ。どうした? ベンチで待ってるんじゃなかったのか?」


 俺の上着を、コートの更に上から羽織るという頓珍漢な着こなしを披露したルクルが闇の中から現れる。

 別にどう使ってくれてもいいけどさ、脚とか露出したままだから結局寒そうだし、意味あんのか? それ。


「悲鳴が聴こえたからな。話が拗れて実力行使にでも出たのかと思ってな」


 悲鳴というと、ゼクスの素顔を見た時のあれか。

 結構でかい声だったし、夜の学園は山中に在るのも相まって気味が悪いほど静かだからな、よく響くんだろう。しかし遮蔽物がほとんどないとはいえ結構な距離があったはずだが、まさか建物をぐるりと回った先のルクルまで届くとは。


「あのな、脅迫されたくらいで女の子を殴るわけないだろ」

「そいつが犯人か?」


 俺の答えを無視し、隣まで来たルクルは同じようにゼクスを見下ろしながら言った。ゼクスの肩がぴくりと動く。


「ああ……まあそうなんだけどさ」

「先に仕掛けてきたのはこいつだろうが、やりすぎるのはどうかと思うぞ」

「とりあえずルクルはそれから離れてくれ。実力行使どころかマジで何もしてないからね?」


 仮面が外れたのだって、こいつが崩れ落ちた衝撃で勝手に取れただけだし。

 その原因になった脅迫返しだって、こいつの自業自得だし。

 あれ? やっぱ俺なにも悪くないよな? 100%被害者じゃない?


「ならこいつはどうしたんだ? まさかなにもせずに悲鳴をあげるなんてことはあるまい」

「あー……それは海よりも深く山よりも高いなんたらというかだな。ゼクス、とりあえずそろそろ立ってくれよ」


 今回は事情を知っているルクルだったからいいものを、他の誰かに見られたらヤバい状況なんだよ。

 

「ゼクス……というと、ドイツ人か?」

「そうなのか?」

「どの数かまでは覚えていないが、ゼクスというのは元々ドイツ語の数字だ」

「へえ」


 外国語は英語と簡単な中国語くらいしかわかんねえわ。

 ゼクスというのも仮面がそうだから勝手に呼んでいるだけだが、瞳の色からして外人っぽいし、本当にドイツ人の可能性もあるのかな。

 まあ、今それはどうでもいいや。


「倉井くん、誰にも言わないでくださいって言ったじゃないですか……」


 ルクルがここにいることに文句を言いたいのだろう。蹲ったまま抗議の声をあげるゼクス。だがその声は弱々しく、まだ出会った時の調子とは程遠い。

 確かにあの手紙には“このことを誰かに知らせた場合どうなっても知んねえぞ”と脅迫文の常套句のような言葉も書かれていたが。


「言ってないぞ、紙を見られただけだ」

「私が言うのもなんだが、それは詭弁暴論の類だと思うぞ」


 知ってる。


「うう……」

「それはそうと、この様子では解決したわけではなさそうだな」

「微妙なところだな。……ゼクス、おまえが俺を新聞部に欲しいのはわかったけどよ、どうして脅迫なんてしたんだ? そこまでしなきゃなんねえ理由があるなら話してみろよ」

「それは……」


 言い淀むゼクス。

 脅迫こんなことまでされておいてなんだが、どうも俺にはこいつが根っからの悪人とは思えなかった。甘い話だが、なにかそこまでしなければならない理由があるんだろう。

 その理由の一つが詰めの甘さだ。こいつがド畜生で、本気で俺をハメるつもりなら他にもっと確実な手があったはずだ。

 例えば舞子さんの言うように色仕掛けとか。あんな証拠になるような文章で脅迫なんてせずに別の方法で俺を呼び出して、二人になったところで抱き着いたり、服を脱いだりしてそのシーンをカメラに収めでもした方が手っ取り早い。

 えっやべえ、こいつがそこまでやるようなやつじゃなくてマジでよかった。でもこれからは絶対知らない人と二人にならないようにしよう。

 ……まあ、とにかくだ。知ったところで新聞部に入るかどうかは話が別だが、ここまできたら最後まで聞いておきたいのが人情よ。


「先に言っとくけど、言えば入ってくれますか? なんてふざけたことを言うんじゃねえぞ」

「うっ……わかりました、お話しします」


 うってなんだよ。マジで言うつもりだったのかこいつ。

 ようやく立ち上がったゼクスは俺たちに向き直り、大きく息を吐いた。それと同時にルクルが俺の横っ腹を肘でつつき、身を寄せて耳打ちする。


「未来、こいつはなぜ仮面など被っているんだ?」

「ばか、せっかく話す気になったんだから水を差すなよ」

「話していいですか……?」

「あ、どうぞ」


 ようやく黙ったルクルと俺は、今度こそゼクスの話に耳を傾けた。


「では。……倉井くんたち一年生が入学してきたということは、三年生の先輩方が卒業していくということです。そうすると当然部活も引退することになりますよね? 新聞部はですね、私以外の部員が皆さん三年生だったんですよ。そこで問題になるのがこの学園の規定で、部が正式に存続するためには四月中に最低で三人の部員が必要になってくるんです」


 なるほど……卒業に伴う部員減少による廃部の危機。それでなりふり構っていられなかったというわけか。ドラマとかでたまに見るけど、現実でもそんな話があるんだな。


「私以外、ってことは今はおまえしか居ないんだろ? 俺一人入ったところで廃部になるのは変わらないんじゃないのか?」

「そこはほら……唯一の男子生徒が居る部活ということで、入れ食い状態と言いますか。ね?」


 ね? と同意を求められても困るが、要は客寄せパンダみたいな扱いだな。


「新入部員を釣るための餌ってことか」

「身もふたもない言い方をしてしまえばそうですね。でも、いい記者になるって言ったのも嘘じゃないですよ?」


 言いたいことは語り終えたんだろう。仮面越しに俺の顔をじぃと見つめるゼクス。

 表情は読めないが、俺がどう出るのかを待っているんだろう。


「そうか。よし、わかった」

「それじゃあ———」

「———では、これにて解散ということで」

「えっ、今のは流れ的に同情して入ってくれるんじゃないんですか!?」

「話を聞くとは言ったが、それで入るとは一言も言ってないからな? まあ廃部になるのはかわいそうだと思うけど、俺には俺の都合ってもんがあるんだ」

「そんな! 入ってくださいよお! 今なら女の子だけしかいないハーレム状態ですよ!」

「どの部に入ったってそうじゃねえか」


 縋りついてくるゼクス。話しているうちに落ち着いたんだろう、突然元気になったな。……冷静になった結果テンションが上がるってのもわけわかんねえ話だが。

 振りほどこうにも結構がっちりと掴まれていて、無理に払おうとすれば突き飛ばすようになりそうで恐い。


「ええい! むしろなんでそこまで嫌がるんですか!? 新聞に親でも殺されたんですか!?」


 今になって始まったことじゃないが、ゼクスの言うことは滅茶苦茶だ。


「もう入ってやればいいんじゃないか?」


 面倒そうにルクルが言う。


「バカ! そういうことを言うんじゃねえ! こいつが調子づくだろうが!」

「そうですよ! 新聞部は楽しいですよ!? 」


 ほら早速これだよ。ちくしょうルクルの野郎、他人事だからって適当なことを言いやがって。


「ほら! 彼女さんもこう言っていることですし、ね? なんならお二人でどうですか!?」

「待て、誰が彼女だ」


 あーもう滅茶苦茶だよ。

 ルクルの言葉に調子づいたゼクスは、俺の身体を掴んだまま前後にぐいぐいと揺する。


「え? 違ったんですか? こんな時間にお二人で来られたから、てっきりそうなのかなーって」

「違う。ただ寮の部屋が同じなだけだ」

「同室ぅ!? 学園の倫理観はどうなってるんですか!?」


 今のは初めてこいつの言葉に同意できた。


「おい、おまえも他人事みたいな顔をしていないでなにか言え」


 そうは言われても、現在進行形で揺すられているから喋ると舌を噛みそうで恐いんだよ。

 徐々にその力を強めていくゼクス。ダメだ気持ち悪くなってきた、首も痛い。もうほとんど全力で揺さぶってるんじゃないか?


「ふぅ疲れた……倉井くん、そろそろ入る気になりましたか?」


 しばらくすると動きが止まったので、俺はようやく口を開く。


「今のに入りたくなる要素あったか?」

「私の必死さに心を打たれたりとか……」

「確かに、必死さは伝わったけど」


 それとこれとは話が別だ。


「むむ……手強いですね……」


 俺は手強いのはおまえじゃいという言葉を飲み込んだ。口にするとそこからまた切り口を変えて勧誘されそうだからだ。

 ここまでポジティブなやつは初めて見たし、それに加えて人の話を聞かないときたもんだ。どうすれば諦めてくれるんだろう。


「あ! じゃあ妥協案ということで、明日の紹介で倉井くんに入りたいところが見つからなければ新聞部に入るというのはどうですか!?」

「え? それならまあ……いいのか?」


 何が妥協案なのかもわからないけど、確かにこれ以上話していても埒が明かなさそうだし、落としどころとしてはそれもあり……なのか? よくわかんなくなってきたな……問題を先送りしているだけでなんの解決にもなっていない気もするが……。


「でもおまえ、それで本当に諦めるか?」

「……じゃあ決まりですね!」

「おい、今の間はなんだ?」


 仮面越しでも、眼を逸らしたのがわかる。


「それじゃあ、また明日ですね! おやすみなさいっ!」


 決定事項のように言ったゼクスは、俺を掴んでいた手を離すと返事も待たずに素早く去っていった。残された俺とルクルは顔を見合わせる。


「変なやつだったな」

「この学園に来てからそんなやつばっかだよ」


 明日の紹介が余計不安になってきた。かといって新聞部に入らないために興味もない部活に入るのは本末転倒というやつだし、どこかよさそうな部活が見つかればそれが一番なんだが……。


「私達も帰るか」

「……そうだな」


 ともかく、今日はもう帰ろう。ここでうだうだ考えていたってどうにもならない。

 しばらく歩き、上着を渡したベンチの近くまで出たところで思い出したように足を止めたルクルが言う。


「……ん? おい待て。もしやその中に私も入ってないだろうな?」

「……」

「おい、なんだその沈黙は」


 入ってるに決まってるじゃないか。

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