第30話 また俺なんかやっちゃいました?

 開き直ると言っても、教室で電波を持ち上げた時のような奇行に走ったりするわけじゃない。

 あれは緊急避難みたいなもんだったし、流石に俺も上級生の前では気を遣う。ただし舞子さんを除くだが、とにかくここは教室とは比べものにならないレベルのアウェーなのだ。寮の皆と打ち解けてもいない状況でそんなことをすれば、もういろいろとしっちゃかめっちゃかで取り返しがつかなくなるのは目に見えている。

 つまりこの場合における開き直りとは、なんとしてでも周囲の皆さんと打ち解ける、ということだ。

 まあこの学園に来てから知り合った人達とはなんだかんだでいい感じの関係を築けてると思うので、今回もなんとかなるだろう。

 そんな万能感か全能感かよくわかんない感じのなにかが俺の身体には満ちていた。今はこれが錯覚でないことを祈るばかりである。


「野上先輩でしたっけ、これ作ったの」

「う、うん。私一人で作ったわけじゃないけどね」


 まあ、そりゃそうだよな。手芸館の寮生は百人くらい居るみたいだし、これを一人で一気にとなるととんでもない手間……どころか不可能だろう。

 というか二人でも無理だと思うので、部屋ごとの当番制っていうのも何部屋かでまとめて一組なんだろうな。

 なら舞子さんが野上先輩の腕をアピールしたのは、今日の食事を担当する生徒達の中でも彼女が料理長的な立ち位置だったからってことだろう。

 その野上先輩だが、返事を返してくれたものの怯えられているのか、俺に対する態度はおどおどしたものだった。そのせいで悪いことをしている気になってきたが、苦情その他もろもろは舞子さんに叩き付けて欲しい。俺だって被害者なのだ。

 でも話題のとっかかりとしてこの料理は最適だろうから、彼女にはこのまま犠牲になってもらおう。

 今の俺に他人ひとの心情を慮る余裕はない。開き直った人間は無敵だということを見せてやろう。

 つまり、このままぐいぐい逝く。


「めちゃくちゃうまいですね」

「あ、ありがとう」

「これ、おかわりとかないんですか?」


 目の前に並ぶ料理たちは、見たことはあるけど名前は知らないものばかりなので、“これ”としか表現しようがない。


「出来る限り余剰が出ないように作るし、配膳の段階でも調整するから、たぶんないかな……?」


 なるほど。そりゃ残念だ。


「余ると勿体ないですもんね。そうか、女の子ばっかりだとそうなるんですね」

「ご、ごめんね?」

「いや、謝らないでくださいよ。先輩は悪くないじゃないですか。余るよりはずっといいですよ」

「う、うん。ありがとね。……えと、男の子は違うの?」

「え? ……あぁ、男の場合は有るだけ食うというか、我先に群がるといいますか。まあ最終的に奪い合いですよね」


 これは少し前まで通っていた学校での実体験だが、誰かが休んで給食が余った時なんてその日の朝から牽制球の投げ合いだった。ましてやそれがデザートも出る日だった場合は友情も外聞もかなぐり捨てての世紀末ウォーズである。

 それでも一応他人のトレーにまで手を伸ばさない程度のルールというかモラルは有ったが、ちなみにこれを破ると世にも恐ろしい公刑こうけいが待っている。

 公刑———『わたくしの反対はおおやけなんだしそのような無法者に裁判など不要! 死ね!』 とクラス一のアホが放った天才的一言によって男子一同可決された法案である。

 咎人とがにんはスマホ内に保存した画像フォルダの開示または詫びヌードの二択をコイントスによって迫られ、いずれにせよ社会的に死ぬこととなる恐ろしい刑罰だ。

 余談だが、言い出しっぺの彼はアナルくんという非常に不名誉なあだ名で残りの学校生活を過ごすこととなった。

 めちゃくちゃうまいってわけでもない給食であれだったんだ、このレベルの料理が出ていればあの学校何がどうなっていたかわかんねえな。


「いやほんと、毎日食べたいくらいうまいっすね」


 むしろ毎食でもいいくらいだ。……いや、昼はせっかくだし食堂街の味を堪能したいから、夕食を毎日これにして欲しい。そしてぶくぶく肥えよう。

 そんなことを考えるくらいにはうまかった。


「あれ、どうしたんすか?」

「み、未来さん、あの、ご自身の発言を、理解されていますか?」

「え? 」


 給食の余りを奪い合う話がそこまでアレだったのだろうか、場の雰囲気が妙なものになっている。個人的には三星さんあなたの物理攻撃の方がよっぽどバイオレンスだと思うんだけど。

 アナルくんは口に出してないよな?

 まあ、何が彼女達の心に引っかかってしまったのかはわからないが、とにかく釈明しておこう。


「奪い合いって言ってもアレですよ。別に殴り合ったりとかそういうんじゃなくてジャンケンだったりポッキーゲームだったり、平和的な解決法を取ってましたよ」


 いや待てよ、それ以前に奪い合うという段階でこの学園の生徒からすると抵抗があるのかもしれない。思い返してみればあの時、女子連中が俺達に向けていた眼差しは動物園の猿を見るそれのようだった気もするし。共学ですらそうなんだから、クラフトみたいな名門女子校だと余計そういうノリに馴染みというか、耐性がないのか。


「星座、こいつあ天然だぜ。なんて恐ろしい野郎だ」


 なんのこったわかんねえけど、あんたにだけは言われたくねえ。そもそも俺がこんな饒舌になっているのも、人を連れてくるだけ連れてきてほとんど喋らない舞子さんのせいだということを忘れないでほしい。


「野上先輩?」

「ストップだ未来、それ以上野上をいじめると女の敵だぜ」


 逃げ場を求めるように、さっきから俯いたままの野上先輩に再び声をかけるが、舞子さんにインターセプトされる。

 なんか知らんけど女の敵は多分言い過ぎじゃありません?

 舞子さんの言ういじめというのが何なのかわからないので、今度は助けを求めるように三星さんの方を見る。


「えっと、奪い合うという話の、その後ですよ、未来さん」

「……?」


 その後というと……なんて言ったっけ?

 確か、うまいとかそんな感じの味に対する感想だったはずだ。

 なんだっけ……毎日食べたいくらいうまい、だっけ?

 ん?

 


「三星さん」

「は、はい」

「昨日舞子さんにやったみたいに、そこの水差しで俺の頭をカチ割ってください」

「未来さんは私を何だと思っているんですか!?」


 物理攻撃だと思ってます。

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