第31話 うわあああああああああああ!!

 ―――貴方の作る料理を毎日食べたい。

 女性に向けて放つそれは、誰がどう聞いたって古典的なプロポーズの文句である。耳にした100人中100人……は言い過ぎかもしれないが、80人くらいはそう思うに違いない。

 何かやっちゃいましたか? じゃねえよ、沈黙の原因は十中八九これだ。


「あの、マジで他意はないんで、それくらいうまいと思ったのは本当なんですけど、すみません」


 これは確かに、舞子さんの言う通り女の敵だ。この男はどの口で北嶋先輩達にこれからの俺に期待なんて言ったんだ?


「う、うん。大丈夫だよ」


 そう言ってくれた野上先輩だが、その顔は俺と同じく赤らんでいる。

 あークソ、これまで散々恥ずかしいことはあったはずなのに、今回のが一番クる。純粋に、ストレートに恥ずかしい。

 火照った頬の熱を覚ますため、俺はコップに残った水をぐいっと喉に流し込んだ。気休めにもなりやしねえ。

 ルクルや七生が近くに居なくてよかった、見られていたら絶対に弄られる。違え一年の席に居ればこんな事件は起きてねえんだよ。


「でも、未来くんのお口に合ったみたいで良かったよ」


 野上さんは薄く笑う。桜色に染まった頬が印象的な笑顔だった。


「お、野上が笑いやがった。珍しいな」


 この人はほんと余計なことを言う……何か俺に恨みでもあるんだろうか。

 しかし野上先輩はあまり笑わない人なのか。確かに話していても物静かというか、あまり感情を表に出さない印象だったが。

 笑うといえば正面の悪魔くらいだよな、口を開けてガハハって感じで豪快に笑うの。ルクルと七生はニヤって感じだし、真露や電波はニカって笑う。なんてことを思いながら舞子さ……じゃなかった悪魔の顔を見据える。俺にはだんだんとこの人がクッパに見えてきた。


「お? おおう? どうしたよオレの顔なんてまじまじ見やがって……まさかオレまで……!?」


 後で連絡先の名前変えておこう……と思いながら、俺は返事を返す。


「いや、それはないです」


 即答すると三星さんが咳き込んだ。



 その後、なんとか落ち着きを取り戻した俺達は食事を再開した。


「そうだ。さっき舞子さんには聞いたんですけど、三星さんも連絡先教えてもらえませんか?」

「いいですよ。夕食の後でよろしいでしょうか?」

「はい、もちろん」


 食事中にスマホは行儀が悪いもんな。私語厳禁とまではいかないみたいだけど、そこらへんのマナーはやっぱり厳しいみたいだ。

 顔をあげた野上先輩がこっちを見ている。頬の赤さは取れていて、彼女も持ち直したようだ。


「あ、せっかくだし野上先輩も交換しませんか?」


 この流れで野上先輩にだけ聞かないというのも不自然な気がしたので、ついでと言うと聞こえが悪いが、野上先輩にも声を掛ける。


「う、うん。あとで、おねがいします」


 これであとはルクルから七生のを教えてもらって、すっかり忘れていたけど、明日保健室に行った時に宝条先生にも聞いて。それで全員かな? 先生は社交辞令で言ってくれたのかもしれないけど、もしかしたら本当にツーリングに行くことがあるかもしれないし。はぐれた時の連絡はメットのインカムじゃ距離的に無理だしな。


「なあ星座、やっぱり未来ってよう」

「もう舞子ったら。まだそんなこと……」


 ……言いたいことはわかるけど。でも、四人で会話していて一人にだけ聞かないってのは、なんかそっちの方が嫌なんだよなあ。

 俺はまた変になりかけた空気を戻すためにも、違う話題を振った。


「そういえば明日部活と委員会の説明会らしいですけど、舞子さん達はどんなのに入ってるんです? 野上先輩は料理研究部って言ってましたよね」

「んあー生徒会」


 いち早く食事を終えた舞子さんは既にダラけきっている。隣の三星さんが何も言わないということは、いつものことなんだろう。

 生徒会?

 え、これが?

 ダイニングチェアに浅く腰掛けて足を組んでるせいでパンツ見えそうになってるお行儀もクソもないこの人が?


「はは、面白い冗談ですね」

「本当ですよ、未来さん」

「え? またまた三星さんまで。そんな話で俺を担いだって何も出ませんよ」

「これでも一応、舞子は生徒会長なんです」

「おい、ちょっと待て星座。これでもって何だよ」

「うん。そうは見えないかもしれないけど、これでもちゃんとやってるんだよ?」

「野上? 野上まで言うのか? おまえらの中でオレの扱いはどうなってるんだ?」

「へぇ……そりゃほんと、学園に来てから一番意外な話ですね」

「そろそろ泣いてもいいか?」

「舞子さんが生徒会長なのは、まあ、百歩譲って納得するとしますけど。三星さんは?」


 これに生徒会長が務まるのなら、星座さんは総理大臣でもおかしくないぞ。


「私は寮長なので、それが委員会の代わりですね」

「あー……なるほど。納得です」


 そう頻繁にあることじゃないだろうけど、昨日の俺にしてくれたみたいに寮のことで対応する必要が出てきた時、一々部活や委員会から抜け出すのも大変だろうからな。頭が下がるぜ。


「そうだ。その部活やらのことで、先生に明日大変なことになるぞって脅されたんですけど。何か心当たりとかってないですかね?」

「大変なこと、ですか?」

「なんか、俺に限定した話みたいなんですけど」

「未来さんに……なんでしょうか? すみません、わからないです……」

「私もわからないかな、ごめんね?」

「え、嘘だろおまえら。マジでわかんねえのか?」


 三星さんと野上先輩はわからないみたいだけど、どうやら舞子さんには心当たりがあるらしい。

 俺達三人の視線が舞子さんに集中する。


「どうすっかなー。さっきの扱い酷かったしなー」


 完全にふてくされてやがるこの人。すねているのが露骨に態度にも出ていて、座りが浅くなり過ぎてほとんど椅子からずり落ちそうになっている。なんてめんどくさいんだ。


「う……そんな眼で見るなよ。アレだろ、学園に一人しか居ない男子部員を獲得しようと思ってどこの部も躍起になってるっつー話だろ? それしかねえよ」

「……なるほど」


 確かに、言われてみればそれしかないと納得できる話だ。

 ……うん。七生も言っていた、と。


「だからオレとしては、変な揉め事になんねえよう生徒会で囲うってのを提案しようと思ってたんだけどな」


 おお……舞子さんが初めて先輩らしく見えたぞ。間違いない、この人こそ生徒会長の器だ。


「でもなあ……」


 でも……? 話が不穏になってきたな。

 俺がどういうことかと不安そうな目で見ているのがわかったのか、言いにくそうにしながらも舞子さんは言葉を続けた。


「もう結構な数の部活がやる気になってんだよ。今更んなこと言ったらバッシングが凄えことになんぜ。せめて入学する前に男が入って来るってわかってりゃ話は別だったけどよう」

「未来くんが男の人だってわかったの、昨日だもんね」


 ちくしょうそれを言われちまうと何も言えねえよ。当事者である俺が女子校だって知ったのも昨日だからな。

 いや、大変なことの中身がわかっただけでも良しとするべきなのか? 何も解決していないが、少なくとも覚悟はできるし。


「まあ大丈夫だろ。流石に暴力とかはないと思うぜ、やってもせいぜい色仕掛けくらいじゃねえか?」

「暴力の方がマシなんですが」


 ハニートラップはヤバい。度合いにも依るけど、七生の時みたいなのを故意に仕掛けられたら一撃で従うしかなくなる。もういっそのことあの時の借りでコンビニ部に拉致してくれないかな、コンビニでその話をしていた時の七生は冗談めいていたから望み薄だろうけど。


「寮の方ではあまり過激なことをしないよう周知しておきますね。どこまで効果があるかはわかりませんが……」

「もし行き場がなかったら、料理研究部は未来くんを歓迎するからね?」

「ありがとうございます。気持ちだけでも嬉しいです」



 野上さんの料理研究部はともかく、寮内での安全が確保されるのならありがたい話だ。そうなるとさしあたっての問題は明日の説明会が終わった直後だが、せめて俺の自由意志が残されていればいいんだけど。真露も俺と同じ部活に入ると言っていたし、あんまり変な部活はちょっとな。

 うーん……これは、なんとかなる……んだろうか?

 いつも通り楽観的にいきたいところだが、不安は拭えない。


「まあ、そんな不安そうな顔すんなよ。もし目に余るレベルの問題が起きたらオレに言え。その時は先輩らしく頼りになる所を見せてやるぜ」


 やだ……普通にかっこいい……。

 ぐでたまのように溶けかけた姿さえ、強者の余裕に思えちゃう……。



 食後。三星さんと野上さんと連絡先を交換した俺は、ついでに昨日の朝考えていた風呂の問題を提案した。


「三星さん、風呂なんですけど、一日のどこか十分だけでもいいんで男湯の時間作れないですか?」


 昨日のような悲劇を生まないためにも。


「あ……そうですね。すみません、そこまで気が周りませんでした……希望の時間帯はありますか? 利用者が多い時間帯はちょっと厳しいかもしれませんが……」

「誰も入らないような時間でいいですよ。なんなら深夜とかでも」

「うーん……それでは、明日入浴時間のアンケートを取ってみますので、それを見てから決めましょう。結果が出るまでは申し訳ありませんが、部屋のシャワーで我慢して頂く事になりますが……」

「わかりました。それでオッケーです」


 むしろ部屋にシャワーなんてあったのか。知っていればこんな手間を取らせてしまう提案はしなかったが、もう遅いよな。せっかくやってくれるっていうんだし、甘えてしまおう。

 俺は改めて礼を言ってから、部屋に戻った。



 風呂上りのルクルと俺がピルクルを飲みながら一服している時のことだ。

 玄関の方で音がしたので見に行ってみると、扉の下から何か紙のような物が挿し込まれていた。抜き取って手に取るとそれは封筒だった。くるりと表裏を回してみると、俺の名前が書かれている。


「ふむ……」


 なんかわかんねえけど、すげえ怪しい。

 開ける前に少し推理してみよう。

 まず第一に、差出人の名前が書かれておらず直接渡さないということは、相手は今の段階で正体を知られたくないということだ。

 そして第二に、封筒に入れているということは俺に配慮してか差出人の都合かはわからないが、他人に見られるとマズい代物の可能性大。

 第三。切手も貼られておらず、宛先が名前だけということは手芸館内部の人間の犯行である可能性が非常に高い。

 警戒の度合いを引き上げる。

 次に、とりあえず振ってみる。

 大した音はせず、中身は数枚の紙のみの様子。


「ルクル、ハサミあるか?」

「ん」


念のため開け口のカッターを警戒し、糊付けされている頭ではなく底を切って開ける。中身を一緒に切ってしまわないように慎重に……っと。


「……」

「なんだ? それは」


【スクープ! 噂の男子生徒はプレイボーイ!

 写真は渦中の人物、倉井未来氏が我らが生徒会長・六車舞子氏と、手芸館の寮長・三星星座氏。そして手芸館の台所事情の女神である野上蒼歌氏を口説くシーンである。氏は年上の女性の扱いに慣れているらしく、天然を装い三人を赤面させ―――氏は既に三人の連絡先まで入手しており。その他にも―――】


「……」


 ……は?

 え?

 新聞?

 what?


「……な」

「どうしたんだ?」

「…………なんじゃこりゃあああああ!!」


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