第27話 その場合は店長じゃなくて顧問の先生になるんだろうか。

「未来じゃない。なにあんた、ナンパからストーカーにジョブチェンジでもしたの?」

「やめてくれ縁起でもねえ」


 誰かに聞かれたらどうしてくれるんだ。女子校こんなところでその手の誤解を受けたら一貫の終わりだぞ。

 しかし、やけに急いで帰るなと思ったらバイトのシフトが入ってたのか。なら避けられていたわけじゃないんだな、それならよかったぜ。

 そう一安心したところで、改めて七生の制服姿を観察する。おおまかなデザインは俺が知るファミマのままだが、胸元の屋号が学園の名前と校章に変わっていた。

 あと、名札に入っている顔写真の眼付きがすげえ悪い。なぜこれで撮り直さなかったのか不思議なレベルで。


「なに人の胸じろじろ見てんのよ」

「制服見てただけだから、ほんと、そういうの勘弁してください」

「いやそんなマジにならんでも……」


 必死過ぎたのか、怪訝そうな顔を向けられる。

 女にしかわからない世界があるように、男にしかわからないものだってある。だから七生にとっては軽い冗談だとしても、心臓に悪いんだよ。


「つーかこんなところでバイトしてたんだな」


 こんなお嬢様学校の生徒でもバイトなんてするんだな、というのと、七生とコンビニ店員という組み合わせが二重の意味で意外だった。


「まーね。バイトじゃないけど」

「おう?」

「部活よ、コンビニ部」

「そりゃあれか。文字通りコンビニで働く部活なのか?」


 またわけわかんねえ部活が出た来たな。ひよこ鑑定部の時にも思ったけど、この学園って実はキッザニアか職業訓練校の類だったりしないよな?


「そうよ」

「すまん。バカにしたいわけじゃないんだが参考までに教えてくれ。それのどこらへんが楽しいんだ?」

「別に楽しかないわよ。どこかに入るのは強制だし、部活といってもちゃんとお給料は出るしね」

「ふーん。……あ、高等部の説明会やる前からシフトに入ってるってことは、もしかして中等部の頃からやってんのか?」

「まあね」


 労働基準法はどうなってるんだろう。あくまで部活のていなら問題ないのか? それとも、この学園は治外法権かなにかなんだろうか。

 そんなことを考えていると、よっぽどわかりやすい顔をしていたんだろうな、俺の表情から疑問を読み取った七生が先回りしてそれに答えてくれた。


「なに考えてるかはだいたいかるけど、貰えるのはこの学園独自の通貨で日本円じゃないから大丈夫よ」


 地下労働施設みたいなことやってんのな。なにが大丈夫なのかはわからないけど。


「まー、日本円に換金出来るけどね」


 アウトじゃない?

 セーフだとしても、パチンコと同じで限りなくグレーじゃないのかそれは。仮にも教育機関が法の穴をつくようなマネをして、それこそ大丈夫なのか。


「レートは?」

「円と等価。あんたも働く? 男手は有って困らないだろうし、歓迎するわよ。あ、ちなみに時給は1200ね」


 働くって言いきりやがったぜ。せめてもう少しつくろえよ。

 というか、部活とはいえ一応店員なんだから面接とかあるんじゃないのか? 入るとは言っていないけど、一店員の七生が独断で採用していいのかよ。

 でも時給1200円か……深夜でもないコンビニでそれは普通に魅力的だな。母体が教育機関だからブラックでもないだろうし、通勤時間もほとんどかからない。学園の敷地内だから酔っ払いややからとか変な客が来ることもないだろうから、バイトするとなればかなり好待遇だ。


「明日の紹介で入りたいのがなかったら考えとくよ」

「そ」


 本気の勧誘ではなかったんだろう、そっけなく返事を返した七生は、慣れた手つきでレジを打つ。俺は支払いを終え、二本のピルクルが入った袋を受け取ってコンビニを出た。今更だけど部屋に冷蔵庫って有ったっけ?



 寮に帰ると、ロビーのソファーでくつろいでいた女子達の一人が俺に気付き、それに釣られて彼女らの視線が一斉にこちらに向けられた。

 やばい、目が合った。どうしよう。とりあえず手でも振ってみるか?

 たぶん引き攣ってるだろうけど、空いている方の手を軽く振りながら笑顔を浮かべてみる。すると四人組の内一人は笑い返してくれたけど、残りの三人はどうしたものか、という表情を浮かべて顔を見合わせていた。

 長居して邪魔をするのも悪いから早く部屋に戻ろうと思うものの、階段は彼女達が座るソファーのすぐ隣で。だからそっちに向かうけど、ちょっかいかけるつもりはないから気にしないでくれよ、と祈りながら俺は上履きに履き替えて彼女達の居る方へ歩き出した。

 空気空気。俺は空気。


「あのっ!」


 横を抜け、階段に足を掛けようかというところで呼び止められた。

 身体がびくっとしてしまうくらいには大きい声だったので、気付かないフリをするには無理があり、無視して行くほどの度胸もない。なので大人しく足を止めて振り返る。

 声をかけてきたのは、さきほど笑い返してくれた女の子だ。他の三人(+俺)は、“えっ、あんた何してんの?” みたいな表情でその子を見ていた。


「倉井センパイですよね!? 外から来られた!」

「まあ、はい、一応は」


 一応って何だよ、おまえが倉井未来じゃなかったら何者なんだ。そんな意味不明な返しをしてしまったが、しかし彼女は特に疑問に思わなかったのか、続く言葉はまくしたてるように吐き出された。


「やっぱり! さっき高等部の先輩方から男の人が入学したって聞いたんですけど、本当だったんですねっ! あっ、責めてるわけじゃなくてですね、女子校なのになんでなのかな、とか、どうやって入ったのかな、とか、純粋に不思議に思って!」

「はあ」


 他の三人もそれは気になっているのか、いつのまにかその場の視線は俺に集中していた。

 高等部の先輩という言い方からすると、この子は中等部の生徒なのだろう。なぜ高等部の寮に中等部の生徒が居るのかという疑問は置いておくとして、さて、どう答えたものか。

 俺の方こそ“なんでなんでしょうね?” と聞きたいくらいだが、強いて言うならいくつもの偶然が重なった結果としか。


「もー、なんですかその気の抜けた返事は! それはそうと、立ち話もなんですしどうぞこちらに!」

「えっ? お、おう?」


 押しが強い。圧も凄い。

 俺は有無を言わせない感じでソファーに座らされた。


「倉井センパイでいいですか?」

「え? ……あ、呼び方か。好きにしてくれ」

「じゃあ決まりですね! 私はにのまえ ゆう、中等部の三年生です!」


 予想通り、中等部らしい。

 座ったまま、がばっと頭を下げるニノマエ。


「ああ、こりゃあご丁寧にどうも、高等部一年の倉井未来です」


 とりあえず、同じように自己紹介をしてみる。


「わたしゃ時々、あんたが恐ろしいよ」

「え? どうしたんですか北嶋センパイ」

「あー、うん。まあそういう所だよねえ、きーちゃんが言いたいのは」

「中野センパイまで!? もしやこの流れは……」


 ニノマエは助けを求めるように、残る一人に視線を向ける。


「こういう子なんですよ。ちょっと空気が読めないというか、強引な所はありますけど、悪い子じゃないんです」

「やっぱり中村センパイもだ! しかも何か一番心に来る! まさかの孤立無援ですか!?」


 ご都合主義のような流れで全員の名前を知ってしまった。

 四角形のテーブルを囲むよう一辺に一つずつ設置された大型のソファーに、俺から見て右側のソファーに座っているのが北嶋さんと中野さん、正面が中村さんとニノマエだ。


「で倉井センパイ、どうしてですか?」


 立ち直るのが早すぎる、ダルマかよ。

 俺は昨朝ルクルにやったの同じ言葉を返す。


「運命のイタズラとアホくせえすれ違いとささやかな悪意の結果だ」


 四人の頭上には一様にはてなが浮かんでいる。詳しく説明しようとすると俺も頭を抱えたくなるが、ここで終えると意味不明だろうから続きを補足する。


「つまりだ、悪意の塊を胸部に付けたヤツが俺にクラフトが女子高だと教えてくれなくて、前の学校の教師は俺の願書をちゃんと確認せずに受け取った。そんでクラフトの教師共とは受験の時とか、タイミングが悪かったんだろうな、一度も正面から顔を合せなかったんだよ」


 口に出して確認すると、やっぱり意味がわからない。


「なるほど。よくわかりませんが、つまり倉井センパイはとってもラッキーということですね!」

「話聞いてたよな? アンラッキーだよ」

「え? でも周りは女の子ばっかりですよ? 男の人はそういうのが嬉しいんじゃないんですか?」

「そんなのはアニメや漫画で間に合ってるし、そもそも俺にハーレム願望はない」

「えー、もったいない」

「そうは言うけどな、もし俺にそんな願望があればニノマエだって、ごめんお三方、たとえばの話だから引かないで」


ちくしょう気を付けるって何度も思っていたはずなのに、迂闊な発言をしてしまった。


「ともかく、あれだ、変な気はないから安心してくれ。……と言ってもすぐには無理だろうけど。そこはこれからの俺の行動に期待ということでひとつ」

「そう自戒出来るなら大丈夫じゃないかな。うん、話してみて悪い人じゃなさそうで安心したよ。わざわざ女子高に入ってくるような男だから、どんな女たらしかよこしまな人物かと戦々恐々としていたところなんだ」

「どうも。北嶋……さん、でしたよね」


 彼女の言葉には当然社交辞令も含まれているんだろうけど、そう言ってもらえるとありがたい。


北嶋きたじま愛好あいすだ。学年は一つ上だからあまり絡む機会もないだろうけど、まあよろしく頼む」

「同じく二年、中野なかの玲奈れなだよー。よろしくね、未来くん」

「同じく二年生、中村なかむら乙姫おとめです。倉井さん、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」


 全員二年生か。

 眼鏡をかけているのが北嶋先輩で、ボブなのが中野先輩。ロングなのが中村先輩。多分覚えた。

 それからしばらく談笑を交していると、ホールクロックが音を鳴らした。

 では、そろそろ部屋に戻ります。と立ち上がる。


「ああそうだ、私らはもう気にしてないけど、まだ受け入れられていない子もいるから、そこのところ気を付けてあげてくれ」

「そりゃそうですよね。わかりました」



「何点?」

「ちょっと愛好、そういうのはよくないわよ。7点」

「私は6点くらいかな。そう言うきーちゃんは?」

「期待も込めて、8点ということにしておこう」



 頼むからそういうのは俺が完全に消えてからやってください。あと十点満点であってくれ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る