第28話 1ℓのパックを初めて見た時、俺の心は震えた。

 部屋の扉に手を掛けたところで、ふと、ある可能性が思い浮かんだ。

 このまま開けて大丈夫だろうか? 今まさにルクルが着替えている最中で、下着姿を晒していたり、ましてや全裸などという状況であれば洒落にならない。

 そして、最近の俺はそういった間の悪さに定評がある。さかのぼれば、この学園に存在しているということすらもそれの証明だ。

 長所の欄に思い切りの良さと書いた脳内の履歴書を破り捨て、スマホを取り出してルクルに電話を掛ける。


「ルクル。今から部屋に入って大丈夫か?」

「……? そんなことでわざわざ電話をかけてきたのか?」


 懐疑的な声色。

 しかし、そんなこと、という言い方からすると問題はなさそうだな。

 ガチャっと扉を開けて部屋に入る。下着姿のルクルの姿。

 バタン。扉を閉める。

 しばらくして扉が開く。


「……なぜ廊下で土下座なんてしているんだ」

「平に、平にご容赦ください」

「いやそこまで気にしてないが……とにかく入れ。誰かに見られでもしたら、まるで私がやらせているみたいじゃないか」


 電話をしておきながら手前勝手な推量をして、きちんとした返事を待たない詰めの甘さ。普通に死刑だと思う。

 しかしルクルは七生と違って肌を見られることにそれほど抵抗がないのか、いや、あっちは全裸でこっちは下着姿だけど、ともかく、それほど怒ってはいないようだ。


「お詫びの品ということでひとつ、こちらをお納めください」


 元から渡すつもりだったけど、袋からピルクルを一本取り出して差し出す。


「なんだこれは」

「命の水だ」

「紙パックに入っているとは変わったウイスキーだな。いや待て、当然知っているとは思うが、私は未成年なんだが」

「ごめん、例えの話で普通にジュースだよ」


 そして乳酸菌飲料星人が現れたら人類が献上する予定の秘密兵器でもある。

 しかし、この反応だと飲んだことはなさそうだな。


「そうか、ならありがたく貰っておこう。さっそく頂くとしよう」

「あ、今飲むならストローもあるぞ。ほら」


 コップを取り出そうとするルクルにストローを渡す。パックに刺してそのままどうぞ、というつもりだったが、結局ルクルはコップに注いでからそれにストローを刺し、洋食屋で見た電波のようにちゅうちゅうと吸い始めた。


「味はヤクルトに似ているが、少し薄いか? 悪くはないが、この手の飲料にしては量が多いな」

「それがいいんじゃないか」


 俺は一分もあれば空になるけど、女の子だと多いのかな。

 でも昼は結構食べていたし、時間的に夕食が控えているからか。


「しかし、これならヤクルトではいかんのか?」


 一番有名なのが最優だなんて誰が決めたのか。ピルクルにとってヤクルトは、ジャギにとってのケンシロウみたいなものだ。

 多分。


「ヤクルトも嫌いじゃないんだけどな、それでも俺はピルクル派だ」

「……む。まて、パッケージに一日65mlと書いてあるぞ。半分くらい飲んでしまったじゃないか、どうしてくれるんだ」

「大丈夫だ、65mlってのは身体に効果がある最低限の量で、別に全部飲んだって過剰摂取にはならねえよ。俺も昔どうなのかと思って販売元に問い合わせたから間違いないぜ」

「そうか、ならいいが。お腹ぴーぴーはこまるからな」


 1ℓとか一気飲みすれば話は別だけど、そんなもん水でも壊すからな。俺は壊した。

 小型ながら冷蔵庫が設置されていたので、そこに自分の分のピルクルを仕舞う。残りは夜に飲むというルクルも同じように自分の冷蔵庫へ。


「夕飯って何時からなんだ? 寮生で作るってのは三星さんから聞いたんだけど」

「七時からだ。そうか、未来は昨日一日保健室にいたから寮で摂る食事は今日が初めてか」

「そうなんだよ」

「調理を担当する人間によって当たり外れが激しいから、あまり期待はしない方がいいと言っておこう」

「怖いこと言うなよ、結構楽しみにしてんだから」


 年頃の男子にとって、女子の手料理というものはそれだけで値千金。弁当ともなれば玉手箱のようなものである。それに、普段からあんなうまい学食で飯を食ってる生徒なんだ。舌も肥えてるだろうし、作る物のレベルだって高いんじゃないか、と期待してしまうのも無理はないだろう。


「七時っつーと二時間近くあるのか……ルクル、俺もアラームはかけるけど、もしそれで起きなかったら起こしてくれないか?」

「帰ったら眠ると言っていたな。わかった」

「頼んだぜ。んじゃ、おやすみ。あ、寝てる間に悪戯なんかすんなよ」


 顔にマジックで落書きとか。フリじゃないぞ。


「それは普通、私の台詞じゃないか?」

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