第25話 鹿だけに。

「なぜだ!」

「普通に怖い」

「けちんぼめ」

「なんでそこまで言われなきゃなんねえんだよ」


 俺が悪いのか? いやどう考えてもこっちに非は一切ないだろ。

 ペンの貸しだとか言われたらなんかもうどうしようもないけど、流石にそこまで暴虐じゃないよな。

 帝王並みの高利貸しじゃねえか。

 というかそんなに見たいものか? 前方倒立回転跳び。

 ……いや見たいかもしれない。


「つーか電波は何ニヤついてんだ? キモいぞ」

「きもっ……ひどい!」


 あー……普段男友達を相手にしていたのと同じノリで言ってしまったが、女の子相手だとやめといた方がいいか。

 あんまり続くとデリカシーがないやつだと思われそうだよな、もう手遅れもしれないけど。

 そこらへんの匙加減は早く慣れないと、いつかとんでもないことをしでかしそうだ。

 いや……でも電波意外にキモいなんて言う自分が想像出来ないぞ?

 やっぱ心のどこかで、こいつには言っていいか、みたいな感じで男友達と同列に考えてるよな、俺。


「そうだぞ。だが詫び前方倒立回転跳びをすれば許してやろう」

「なんでルクルに詫びる必要があるんだよ。まだ電波に土下座でもした方がマシだ」

「えっ、そこまでは気にしてないわよ……?」

「冗談だよ」


 しかし、昨日の朝はどう辞めるかを考えていたっていうのに、今はもうどうやって馴染むかで悩むようになっているなんて、我ながら調子のいい話だな。

 まあ……前途は多難だろうけど、知り合った連中に今のところ悪いやつはいないしな。クセは強いけど。

 あと地味に学食の存在がデカい。あれは油断すると卒業までの三年間で10キロとか余裕で太ると思う。


「あ、そうだ。二人とも携帯の番号とメアド交換しないか?」

「する!」

「お、おう。えらく食い気味だな……ルクルは?」

「減るものでもないからな、構わんぞ」

「わたしは減ってもいいわよ!」


 昨日保健室から出た時は宝条先生のおかげで何とかなったけど、次に似たような状況になった時、誰かと連絡が取れないと大変だしな。

 あんなの踵落としは二度と御免だけど、俺がそう思っていても女子高なんだからラッキースケベが起こらない保証はない。七生や三星さんみたいにバイオレンスな女子がそうそう居るとは思いたくないけど、いつ、誰に、どんな理由で連絡する必要が出てくるかもわからないし。

 とりあえず俺が二人の電話番号とメアドを打ち込み、空メールとワンギリでお互いの登録を完了する。

 ついでに七生の……はそろそろ休み時間も終わりそうだし、放課後になってから聞きに行くとしよう。

 とくれば三星さんと、ついでに舞子さんの連絡先も寮に帰ったら教えてもおうか。三星さんは寮長だし、これから何かとお世話になる機会もあるだろうから連絡手段は有った方がいいだろう。

 すげえな、今日一日で連絡帳の女子の数が六倍に増えるぜ。


「何をニヤついているんだ、キモいぞ」

「うぐっ」


 顔に出ていたらしく、目ざとくもルクルがそれを指摘する。

 しかし自分が電波に言ってしまったものと同じ言葉だから反論出来ない。

 でも悔しいからあとで登録名をうんこ……は万が一みられた時俺がヤバイいやルクルがかわいそうだから、“せんとくん”に変更する刑に処してやる。


「そういえば二人とも、放課後はなにか予定あるかしら?」

「帰って寝る」

「夜に眠れなくなるぞ?」

「朝まで眠るから問題ねえよ」

「問題しかないと思うが」


 むしろ今意識があることを褒めて欲しいくらいなんだが。


「まあ俺のことはいいじゃないか。そう言う電波の方こそ何かあるのか?」

「何もないわ!」

「そう……」


 しかし放課後か。街に出るとしても歩いて行くには距離が遠いし、バイクがない今だと結構な手間だな。

 陸の孤島とまでは言わないけど、なんせこの学園が建っているのは山の中だ。

 いっそ学園の敷地内に娯楽施設があればいいんだけど、あったとしても流石に図書室くらいだよな。

 それしか出来ないのと、それを選んでやるのとでは大きな違いが有る、と俺は思うわけで。読書は嫌いじゃないけど、そればっかりってのはな。

 週末に整備が終わって引き取りに行くまでは色々と我慢か。

 

「あ、二人は部活とかどうするの?」

「私はまだ決めていない」

「部活か……」


 友達に頼まれて幽霊部員として籍を置いていた部活はいくつかあるけど、まともに活動したことはないな。そのせいで放課後には部活をするという選択肢がすぐに思い浮かばなかった。

 女子高の部活というと、共学のそれとは違うものなのだろうか。

 お嬢様っぽい部活……ぱっと思いつくものだと茶道や華道……乗馬とかだな。後は……能? は違うか。けど俺の貧相な発想力だと、道と付くのがそれっぽい感じがする。あーでも、剣道は代わりにフェンシングとかやってそう。

 当たり前だがどの部活に入ったとしても男は俺一人になるわけで、肩身の狭い思いをするのは避けられないだろうな。

 前の学校で吹奏楽部に入っていた同級生は、他に男子部員が一人も居ないせいでストレスを抱えて十円ハゲとか作ってたし、そうするとこの学園では帰宅部が安定か。

 何より相手の方も俺の扱いに困るやつだろうし、うん。


「俺は帰宅部かな」

「帰宅部……とはどんな部活なんだ?」

「えっ」


 何の部活にも入らず直帰する連中の比喩だが、ルクルのやつ帰宅部がわからないのか。

 びっくりして電波みたいな声が漏れたぞ。


「あーっと……帰宅部っていうのは部活じゃなくてだな、放課後を自由気ままにに過ごすって意味だ」


 口に出すとすげえ情けない感じがするが。


「要はどこの部活にも所属しないということか」

「そうだな」

「んー……でも中等部と同じなら、高等部もどこかの部活か委員会に入らないといけないわよ?」

「マジかよ。参考までに聞いときたいんだが、二人は中等部だとどんな部活に入ってたんだ?」

「私は文芸部だったな。月に一冊適当な本を読んで感想文を書くだけで良いから楽だったぞ」


 文芸部か……金もかからないだろうし候補としては有りだな。

 ルクルは読書している姿が似合いそうだが、どんな本を読むんだろうか。

 見た目のイメージだと純文学……翻訳小説なんかも読みそうだよな。逆にラノベやなろう系は想像できない。

 そして漫画ばっか読んでそうな電波は何に入ってたんだろう。


「ひよこ鑑定部」

「ひよこ……なんだって?」

「ひよこ鑑定部」

「……何をする部活なんだ?」

「ひよこ鑑定部なんだからひよこの鑑定するに決まってるじゃない」


 それは……楽しいのだろうか。いや、そもそも部活なのか? ちょっと特殊な職業訓練じゃないのか。

 アニマルセラピー的な効果は期待できそうだが……いかん、悲しくなってきた。


「でも、わたしが高等部に上がったから廃部になっちゃったわ……」

「電波の他に部員が居なかったのか?」

「興味を持って見に来てくれた人は結構いたんだけどね、みんな十分くらいで帰っちゃうのよ。ぴよぴよしててすごくかわいいのに」


 何で深く聞くんだよ俺、流せよ。自分のことだけど言ってから秒で後悔したわ。

 でもその人達の気持ちはすげえわかるな。俺も自分が通ってる学校にひよこ鑑定部なんて有ったら興味本位でとりあえず見に行くわ。で、思ってた通りの部活すぎて一瞬で帰ると思う。地味だし、多分面白くもなんともない。

 ここが共学なら電波に釣られて入部する男は居そうだけど、女子高だもんな。部活でもぼっちだったのは涙を誘うけど、変な男に引っかからなくて良かったと考えよう。

 ……そういや雌のひよこは鶏になるまで育ててから卵を産まされるとして、雄のひよこはどうなるんだろう? やっぱり食われるんだろうか。

 いや、そもそもひよこって食えたか? 見た感じだと可食部は少なそうだけど。

 卵も産めず、食用にもならないとか彼等はどうなるんだろう……。


「少し早いけど六時限目を始めるぞー。今日は初日だから、明日の部活&委員会紹介の事前説明だー」


 そんなことを考え始めた時、かなりタイムリーな話題を引っ提げて先生が教室に入ってきた。

 なくなったひよこ鑑定部のことなんてこれ以上考えていても時間の無駄だよな。俺に出来るのは、これから卵と鶏肉を食べる時今以上に感謝することくらいだ。

 よし、頭を切り替えよう。

 電波の話によると必ずどこかに入らないといけないみたいだし、幽霊部員するには、俺はこの学園で目立ちすぎる。これは自意識過剰ではないはずだ。

 だから真面目に聞かないと。


「あ、倉井は明日大変なことになると思うから今から覚悟しておくように」

「はい。……はい?」


 なんですって?


「よし。それじゃあまずは明日の集合場所だけど、教室じゃなくて―――」


 あれ、俺の話は終わり?

 先生ちょっと、どういう事なんですか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る