第24話 裏切りやがったなてめえ!


「なんのことかな」

「え?」

「なんのことだと聞いている」


 これは……まさかルクルのやつ、力業でごまかすつもりなのか?

 いくら電波がアレでもそれは流石に無理じゃないか。なんかもう怪しすぎるし、なにかありましたって言ってるようなもんだぞ。そんな顔をするくらいなら最初からやるんじゃねえよ。


「顔———」

「鈴木、いや電波。そんなことよりおまえもこのオムレツを食べてみるといい。これも美味いぞ」


 ルクルが電波の言葉を遮り、露骨に話題を逸らす。

 間違いない、やる気だ。

 いいだろう……乗ってやるぜ。

 決定的瞬間は見られていないとはいえ、あまり追及されると俺も恥ずかしいからな。いや追及されなくても既に充分恥ずかしいんだが。


「そ、そう? それじゃあせっかくだし、一口いただこうかしら……」


 俺にしたのと同じように、電波に向かってオムレツを差し出すルクル。

 いや待てよ、電波に餌付けするのはいいが、おまえ、そのスプーンは俺も口を付けたやつじゃねえか。

 電波に自分で取らせろよ、貰い事故じゃねえか。くそっ、もうちょっと考えてから行動してくれ。いやそれとも考えた上であえての暴挙なのか?

 いかん。これを指摘してしまうと今はまだ意識していない電波まで間接キスを自覚してしまう恐れがある。

 それは非常にまずい。

 かといってこのまま放っておくのはもっとまずい。

 チェスや将棋でいうところの詰みという状況じゃないか?

 ダメだ俺もテンパってる。


「あむ……わぁ! たしかにこれもおいしいわね!」


 電波は躊躇なく、ルクルと、そして俺が口を付けたスプーンからオムレツを食べる。同性だとそういうのはやっぱり気にしないのか。まあ実際は俺も付けているんだが。


「おかえし……はダメね。わたしが頼んだメニュー、ぜんぶ鹿倉衣さんにもあるもの。あ、そうだ倉井くん、パン食べる? ビーフシチューにとっても合うわよ!」


 不意に矛先はこちらに向けられ、相関図はまさかのトライアングルに。

 千切られたフランスパンの断面がこちらに向けられる。

 これは……流れ的に俺もハンバーグ師匠になるべきなのか? いや落ち着けよ、なにもギブアンドテイクする義務はないはずだ。でもパンはちょっと食べたいから貰っておこう。


「んじゃ貰おうかな。ありがとな」

「電波、ハンバーグも美味いぞ。私はもう食べてしまったから未来に少し貰ってみたらどうだ」

「ひょ?」


 フレンドリーファイヤのように、思わぬ言葉が背後から俺をぐさりと刺す。

 どういう事だよ、誤魔化すんじゃなかったのか?

 正気かこいつと思ってルクルの方を見るが、これは、この目は違う。テンパってるどころの騒ぎじゃない。濁り切ってやがる。


「そう? じゃあ一口貰おうかしら……」


 餌をねだる雛のような電波の姿。

 退路は塞がれた。

 場は整えられている。

 思考停止。毒を食らわば皿まで。

 一番楽なのは空気に流される事だ。

 なにを言ってるんだ俺は?

 俺は受け取ったフランスパンをビーフシチューの皿の縁に置き、ハンバーグをスプーンで切り取ってからそれを電波に差し出した。

 そして電波がハンバーグに口を付けようとしたその時。第六感的なアレで視線を感じ、窓の外を見るとこちらを見ている七生と目が合った。


「ふっ」


 窓越しで聴こえるわきゃないのに、七生が鼻で笑いやがったのがよくわかって正気に戻る。

 俺は……俺はなにをしているんだ……!?


「あ、あああ……」

「ふはは」


 そして窓の内側、つまりすぐ近くで聴こえる同じような笑い声。

 これはルクルのものだ。

 こいつ……まさか七生の存在に気付いてやがったのか!?

 つまりこれは―――“自分より恥ずかしい思いをしているヤツを見ることによって自分の恥ずかしさを軽減させる”という禁じ手……!

 なんてことを、もう滅茶苦茶だ、ジュネーブ条約に違反してるじゃねえか。


「ん~! ハンバーグもおいしいわね!」

「左様でございますか」



 食後の一服ということで、俺達は水を飲みながらだらけていた。

 ルクルおすすめの店というだけあって、どの料理の味も非常にレベルが高く。

 途中で色々とあった気がするけど、まあ全部気のせいだろう。夢だよ夢。とにかく俺は満足していた、このまま眠ってしまいそうなほどには。


「午後一の授業って……なんだっけ?」

「たぶん英語だったと思うわ」


 英語か……体育とかじゃなくてよかったな。今激しい運動をすると、大変なことになってしまいそうだし。

 英語なら眠すぎて逆にネイティブな発音が出来そうな気がする。

 昼休みはあと二十分くらいか……そろそろ教室に向かった方がいいのかな。他の生徒の姿もぼちぼち少なくなってきたし。

 ……体育? そういや普通の学校なら男女で別れるような授業だと、俺の扱いはどうなるんだろうか。

 流石に一人じゃ体育なんて出来ないだろ。走り込みとか壁投げ、壁当て、フリースローなんか一人で出来る運動もあるけど、三年間ずっとそれをやり続けるのは賽の河原で石を積み続けるようなもんだぞ。絶対ネタにされる。

 まあ女子寮にぶち込まれるくらいなんだし、今更体育の授業程度で隔離されることはないか?

 なんにせよ、まずは会計だな。財布の中身で足りると良いが、もしダメならカードは使えるだろうか。

 伝票は……と机の上でバインダーを探す。だが見当たらない。

 そういえば店員さんが持ってきた覚えもないな……向こうで管理するタイプの店なんだろうか。

 まあ、レジで言えばいいよな。そういやレジの場所はどこだろう。レストランだとだいたい入口に設置されているが、店に入る時には見当たらなかった。


「どうした?」

「いや、伝票的なやつはどこかなと」

「学食はタダだぞ」


 その言葉に俺は手にした財布を落とした。


「俺ここに永住するわ」



 そうして迎えた五時限目は、電波の言っていた通り英語の授業だった。

 黒板の前の怪しい風貌の外国人が話す流暢な英語と胡散臭い日本語が耳を通り過ぎる。

 英語は得意でも苦手でもないが、まあこれからの時代必要になるんだろうなとは漠然と感じているので、それなりに真面目に受けるつもりだ。

 しかし外人さんだから当然だけど綺麗な発音だな、そのせいで半分くらい何言ってんのかわかんねえけど。

 ノートは持ってきていないので、そこらへんで拾った紙にペンを走らせる。このペンもルクルに借りた物だ。理由は言わなくてもわかるよな? そう、宝条先生のおかげだ。

 俺は誰に言ってるんだろう。わかんないけど、眠いせいかな。

 まあいいや、余計なことは考えず、今は授業を乗り切ろう。これと、後は六時限目を乗り切れば待ちに待った放課後だ。そうすれば思う存分惰眠を貪ることが出来るし。

 しばらくして終業の鐘が鳴る。俺は大きく腕を伸ばしながらあくびをして机に突っ伏した。それまでと同じようにルクルがやってくる。違ったのは、それに電波も付いてきたことだ。


「倉井くん、そんなに眠いの?」

「んあー……昨日眠れてなくてなあ。非常に眠い。多分電波の考える五倍は眠い」

「重症じゃない……」

「部屋にも戻ってこなかったし、昨日は一日保健室だろう? 暇すぎてよく眠れそうなものだが」


 あー……宝条先生とのことは伏せていた方が良いよな。恥ずかしいとかじゃなくて、教師が生徒を一晩中連れ回したとか、あまり良い印象を持たれないだろうし。


「えっ!? やっぱりどこか悪いの!?」

「いや、事故というかなんというか、そんな感じのアレがコレで」

「こいつは昨日、風呂を―――」

「ウェイトルクル。それ以上はいけない」


 覗きと間違えられて気絶させられたって話を続けるつもりだったなこいつ? 言わせねえよ。そんな話がクラスに広まった日には人生終了のお知らせじゃねえか。せっかく七生が物騒な条件付きとはいえ許してくれたんだから、これ以上蒸し返さないでくれ。


「風呂場で転んで頭を打ったんだよ。恥ずかしいからあまりつっこまないでくれ」

「へー。あなた、あんなにアクロバティックな動きができるのに意外とドジなのね」


 アクロバティックというと、朝にやった前方倒立回転跳びとかいうやつか。そういえば電波には転ばされそうになった恨みがあるんだよな……そのうち晴らそう。


「どんな動きなんだ?」

「前方倒立回転跳びっていって、前に走りながら飛んで、その勢いで地面に手をついてもう一回飛んで、空中で一回転してから足で着地するアクションよ。体操選手がやるやつ」

「何? 私の居ない所でそんな面白そうな……未来、ここでやってみてくれ」

「やらねえよ」

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