第18話 茶番? 悪いかよ。

 この空気―――

 まるでシーンと擬音が聴こえて来るような白け切った空間。お茶の間でラブシーンが流れたかのような気まずさ。

 やっちまったと思ったのと同時に、七生が失笑したのが見えた。

 いいぞ笑ってくれ、まだ笑い者になった方がいくらかマシだ。その他の皆さんの無反応の方がよっぽど堪える。

 あとルクル、自分で振っておいてなんだその興味なさそうな顔は?

 言っておくけどおまえが男だったら殴り合いだからな?


「うんうん。気持ちはわかるよー、先生も愛車の日産マーチくんが恋人のようなものだからなー。お前たちも油断してるとそのうち笑いごとじゃなくなるんだからな? ———だから笑うなよ?」

「先生―――!!」


 助かった……!?

 いや助かったけど、独身の闇を見た気がする。目がちょー怖い。


「は、ははは……まあ、バイクが趣味なんで、もし興味がある人が居たら話しかけてもらえると。それ以外でもよろしくお願いします」

「よーし。次は鈴木、この冷えた空気をなんとかしろー? あと先生に男を紹介しろー」


 ダメだこの人、自分の発言でダメージを受けて教師としての自我を失っている。

 教師としてどうなんですかその発言、と軽薄にツッコむには顔もマジすぎる。


「ひゃ、はい」


 電波は電波で噛みまくりだし、先生の言葉もほとんど耳に入ってなさそうだ。

 それにしても緊張しすぎじゃないか?

 ただでさえ小さな身体を縮こまらせた電波は、まるで怯えているようで。借りて来た猫という表現がぴったりだ。

 まあ前座で空気をヒエッヒエにしてしまった張本人の俺が言うのもなんだが、本当に申し訳ない。


「す、鈴木電波、です。……よろしくお願いします……」


 出だしに少し詰まりながら、電波の自己紹介は始まった。最後なんてほとんど消え入りそうだったけど、こんなんで大丈夫なのか。

 心配だけど、俺が口をはさむようなことじゃないよな。見守っておこう。


 ……。

 …………。

 ………………?


 え、今ので終わり? 

 クラスの連中も俺と同じことを思ったのだろう、次の言葉を待つように電波の方を注視したままだ。


 ―――くすっ。


 ……なんだ、今の。

 笑い声……か?

 誰の声だ、と思って眼だけでクラスを見やると、ルクルと七生以外の、今日初めて見る中等部上がりの連中のうち何人かのニヤけ面が目に入った。


「…………ぅ」


 電波の耳にも入ったのだろう。それに反応して隣でか細い音が漏れる。

 なんだよその泣きそうなツラは。

 ここに来るまでの、さっきまでの威勢はどうした。

 やべえ―――なんか知らないが、すげえムカつく。

 だからって何をしようとしているんだ? 俺は。

 遅刻してバカみたいな自己紹介で場を白けさせて、その上まだ目立とうっていうのか? 欲張りさんかよ。


 ……。


 面白いじゃねえか。

 少なくとも、このままこいつのこんな顔を見ているよりは百倍マシだ。

 考えるまでもねえ。

 そうと決まればだ。


「———藤木ィ!」

「わひゃあっ」


 腋の下に手を差し込んで電波をひょいと持ち上げる。

 うわすっげえ軽い。飯食ってんのか? こいつ。


「わあっ、ちょっ、ちょっと、なにするのよ、降ろしてえ!」

「そうじゃねえだろ。さっきみたいにツッコんで来いよ。じゃないと一生降ろしてやんないぞ」

「さ、さっき? ……ぁ……ぁう……でも……」


 いつまでもそんな不安そうな声出してるんじゃねえよ。

 その目を俺にまで向けるんじゃねえ。

 中等部の連中と過去に何があったのかは知らないが、そんなこと知り合ったばっかりの俺には関係ねえだろ。


「ほれほれ」


 赤ちゃんをあやす高い高いのように、電波を持ち上げたまま上下に揺する。

 観念しろ電波。じゃないといつまでも終わらないぞ。

 腕の限界で降ろすなんてかっこ悪い事はさせないでくれよ。


「……藤木じゃなくて、鈴木、よ……?」

「声は小せえけど出来るじゃねえか! おまえから勢いと明るさを抜いたら遅刻しか残らねえだろ。なーにを緊張してるのか知らねえけど、そんなつまんねえ顔してたら友達なんて出来るわきゃねえ。もう一度やってみろよ」


 ここまで言ってダメなら、もう俺にはどうにも出来ん。

 俺は電波を地面に降ろし、言葉を待つ。

 教卓の横で繰り広げられた茶番劇に、注目度はさっきの比ではない。主に唐突な凶行に走った俺に対してだが、まあこれで電波に対する変な注目も払拭されたはずだ。


「……うん」


 伏し目がちだった電波の瞳が、真っすぐに前へと向けられる。

 ……大丈夫そうかな。


「……鈴木電波です! よろしくお願いします!」


 聴こえるくらいに大きく深呼吸して、言い切って。

 そして、深々と頭を下げた。

 ―――ああそうか。

 こいつは小さい頃の真露に似てるんだ、だから放っとけねえ。


「……同じ挨拶だったけど、いいのか?」


 なんて、聞くまでもないよな。

 今度はすげえ良い顔してるし、こいつ。


「んっ! これで良いのよ!」


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