第17話 この悪魔!
「?? 当然よ、ちゃんと寝ないと体に悪いし、そのうち倒れちゃうわ! でも体調が悪いわけではないのね、よかったわ! さ、それじゃあ行きましょう!」
いまさら睡眠の大切さを再確認したところで、すべては後の祭りだ。遅刻が確定したことに変わりはない。
……なので、俺としてはもう開き直ってのんびりと行きたかったりするんだが。この様子だとそんな話は通用しそうにないな。
それにしてもテンション高いよなこいつ。
鈴木電波……名前の通り電波なヤツってことか?
いや、それは流石に失礼か。なにより俺にもかなり威力の高いブーメランが帰って来てしまう。
「ところであなたは何組なの? ちなみにわたしはE組よ! 」
「奇遇だな、俺もE組だよ」
「まあ! それは素敵な偶然ねっ!」
なにがそこまで嬉しいのか、大げさにはしゃぐ電波。
俺は答えてから、そんな彼女の容姿を改めて観察する。
俺の身長も同世代の平均と比べてそれほど大きいわけでもないが、それでもかなり見下ろす形になる。頭一つ……いや二つ分くらいは違うか? 140もないよな、多分。
内面・外見ともにこれほど強烈なキャラをしているヤツが居たなら忘れるわけがないし、昨日見た覚えがないって事は中等部からのエスカレーター組か。
「? どうしたのかしら? やだ、わたしの顔に何か付いてる?」
自らの頬っぺたをぐいぐいと確認する電波は、体格どころかその仕草までもが子供っぽい。
こんな少女の何がそんなに恐ろしかったのか、眠気というのは本当に恐ろしい。
「そこは寝ぐせとか、じゃないのかよ。まぁ目と口くらいじゃないか」
「誰がクリリンよ! 」
「っ、その返答は卑怯だぞ藤木」
「鈴木よ! タマネギじゃないわ!」
擬音を付けるなら、まさにぷんすかといった感じで怒る電波。
ダメだ、なんていじりがいのあるヤツなんだ。
昨日からずっとボケ担当のヤツとばっかり遭遇していたからすげえ新鮮。
「くっ、ははは、いやっ、すまんすまん、面白いヤツだな鈴木は。けどタマネギは燃えた方だぞ」
「むむっ、どっちでもいいわよそんなの! それより女の子にその評価はどうかと思うわよ! まあ、褒められて悪い気はしないけどね!」
ふんすと無い胸を張る電波。
こうしていると、まるで親戚の子供を相手にしているみたいな気分になってくる。確かにこれは、色々な意味で初めて出会うタイプの相手だ。
「いやー、マジでこの学園に来てから一番笑ったわ」
「そうなの? って一日しか経ってないじゃない!!」
「うはははははははは!!」
やべえ、眠すぎて完全にゲラになっているのもあるが、けれを差し引いても退屈しないヤツだ。今ならこいつが箸を転がすだけでも爆笑出来そうな気がする。
「むむ……まあ良いわ! これがお友達同士の“いじり”というやつなのね?」
「んっ? あー、そうなんじゃないか?」
少なくとも悪意はないよな。
初対面でここまでいじりがいのあるヤツに今までお目にかかったことはないけど、まあ本気で嫌がっている様子もないし、むしろノリノリだし。やめて欲しければ嫌だとはっきり言うタイプの人間だと思うから、いじりの範疇でいいだろう。
なんて感じでバカ話をしながら歩いていた俺達は、しばらくして校舎までたどり着いた。
入り口をくぐり校舎の中へと入る。
「ここが下駄箱よ!」
「見りゃわかんだろ」
「……そ、そうね! ま、まあ、学園のことで何かわからないことがあったらなんでも聞いてちょうだいね? あなた受験組の子でしょう? 」
「そうだけど。そういやさっきもだけど、なんでわかったんだ?」
学園に来てから一番笑った、という俺の言葉に対して、こいつは即座に“まだ一日しか経ってないじゃない”と適格なツッコミを入れてきた。
そう言い切れた理由はなんだろう。女子高なんだし、普通に考えれば中等部で見覚えがなく、男という理由だけで充分なのかもしれないが、なぜだかそれだけじゃない気がしている。
ただの勘だと言われればそれまでだが……。
「だって、わたしとお友達になってくれたんだもの!」
「はは、なんだそりゃ———は?」
なんでもないわ! とはぐらかす電波にそれ以上を聞けず、俺達は気まずい空気の中で上履きに履き替え、教室に向かうことになった。
◇
「遅れました、すみません」
九時二十分。
朝のホームルームが九時からなので、かなりの遅刻だ。
最初は全力で来た感を出そう、とか考えていたけど、途中からそんな雰囲気でもなくなってしまったので、俺は精一杯の申し訳なさを演出して扉を開けた。
電波も俺に続いて教室に入り、覚悟していた事だが注目度は抜群だ。
俺は唯一の男というのもあって目立つのを覚悟していたから大丈夫だが、電波の方はかなり気圧されたみたいで俺の後ろに隠れている。
さっきまでのノリと勢いは見る影もない。
「おはよう倉井さん、鈴木さん。ちょうどいいから、そのままこっちで自己紹介といきましょうか」
「わかりました」
教卓の横に並び立ち、教室中を見渡しながら心の中で深呼吸。
俺と電波、それに先生を除いた十八人。計三十六の瞳が向けられる。
見知った顔は……二人居るな。
表情の読めない七生と、また余計なことを考えていそうな視線をよこすルクルが居た。
ルクルのそれが自分に向けられたものだと思ったのだろうか、視界の隅では電波が硬い表情をしている。
まあ、遅刻してきた我が身にあんな視線が向けられたらと思うと、そうなるのも無理ないよな。
俺は出会って一日とはいえ、一緒に過ごして仕草や言葉ほど悪いヤツじゃないと知っているから大丈夫だが。
……ん? それならこいつら二人とも中等部だったんだし、俺よりもお互いを知っているんじゃないか?
何よりこんな面白いヤツをルクルが見逃すとは思えない。
でも、この様子だとそんな感じじゃないよな。
まあ、俺だってついこの間まで三年間同じ学校に通っていたけど、顔と名前を知らない連中なんて結構居たし、そうとは限らないのか。
考えても仕方ないし、さて、それじゃあ気を取り直して自己紹介だ。
「倉井未来です。小倉餡の倉に井の中の蛙の井、未来は変換で一番最初に出るヤツです。よろしくお願いします。あー、あと昨日は居なかった中等部の方は初めまして。見ての通り男ですが、なんやかんやあって入学する事になりました。皆さん仲良くしてやってください」
そこまで言って、軽く頭を下げる。
……さて、これ以上は何を話せばいいんだろうか。
趣味か、それとも女子高だと思って入学したであろう方々に謝罪でもした方がいいのか。
趣味らしい趣味といえばバイクくらいだが、水冷と空冷の違いでも説明してウケを狙うか? それとも水冷水平対向6気筒の美しさでも熱弁するか?
いや何を考えているんだ俺は。正気か? 工業校や男子校ならともかく、女子高でそんなもん白けるだけだろうが。せめてドラムブレーキとディスクブレーキの違い程度にしておけよバカ。違うそうじゃない、それのどこが自己紹介なんだ、やべえ―――自分で思っている以上に話の引き出しが少ねえ、なんてつまんない男なんだこいつは。
「質問でーす」
呼び掛ける声に思考を中断する。
何でもいい、そっちから話題を振ってくれるならありがたい―――と思ってその声の方に目を向けると、にやけ面をしたルクルとばっちり視線があった。
悪魔め。
「倉井さんは彼女とか居るんですかー?」
何だよその質問は、キラーパスじゃねえか。居る居ないどちらを答えても微妙な空気になるだろうが。こいつは俺の学園生活を詰ませたいのか?
いや実際居ないが、正直にそう答えたら女子高に女探しに入学したとんでもないヤツのレッテルとか貼られないだろうな? はい王手。
回避する方法は、よし、これしかないな。ちょうどさっきまでそれについて考えていたせいで、思考が引っ張られているだけな気もするが、多分これでいいはず。
俺の導き出した完璧な回答を見せてやろう、覚悟しろルクル。恐れおののけ。
「バイクが恋人です」
―――あ、完全にスベったわ。
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