第16話 すいみん不足。
カーンカーンと死を告げる無情な音が響く。
この学園におけるチャイム代わりの鐘の音だ。
釣られて発生源に目をやると、校舎屋上に併設された鐘楼で、まるで手を振るように洋鐘が揺れていた。
(終わったわ……)
心の中で呟いて、足を止める原因となった女の子に視線を戻す。そこには鮮やかな金色の髪をした、小柄ながらも勝気そうな女の子が立っていた。
俺がこの学院に来てから、といってもまだ二日目だが、見てきた女の子の中で一番ちんまい。ルクルより背が低く、真露よりも幼い印象を受ける。
小学生……ではないよな? 中等部もあるらしいし、そっちの生徒か? けど着ている制服は……。
「初日から遅刻とか終わりよ高等部でもまたぼっち確定じゃないいやこれをネタにして高等デビューワンチャンあるかしら? いっそ霞のジョーみたいにコメディリリーフ的立ち位置でそれならまずは同じ状況っぽいこの人と……」
その子はこの世の終わりみたいな表情で頭を抱えて、早口で何かをぶつぶつと呟いていた。
やべえ人だ。
率直に言って関わり合いになりたくない。
ともかく注意が逸れている今の間に立ち去ってしまうのが吉だと思うので、油断せず距離を取ろう。さながら野球のリードのように。
「……んふ」
その姿を視界に収めたままじりじりと後退していると、そいつは顔をあげてにやりと笑った。
あたかも獲物を見つけた捕食者のように、その瞳はばっちりと俺を捉えていた。
(食われる―――!)
ちくしょうこんなところで死んでたまるか俺は部屋に帰らせてもらうぜ!
なりふり構ってなどいられねえ。
「待ちなさいっ!」
「ンンッ!」
―――して、踏み出した足の間に何かが絡みついてもつれる感覚。
俺は走り出した勢いのまま足をかすめ取られ、アスファルトの地面に向かって顔面からダイブした。
迫りくる灰色。ざらざらとした質感のアスファルトが視界にぐんぐんと大きくなる。
ちくしょう昨日からこんなのばっかじゃねえかどうなってんだ大殺界か厄年か!?
ええいだがまだリカバリーは効く。こんなところで死んでたまるか……!
「ふん―――ぬッ!!」
あえて勢いを殺さず、突き出した両手で地面を突いて、そのまま体操選手のように飛んで空中を一回転し、両足で着地する。
「フゥー、はぁはぁ、っハァ―――ふぅー、ふぅー……」
切れた息が喘ぎ声のように口から漏れる。
咄嗟のことだったから何もかも必死で、やっておいてなんだけど成功するとは思わなかった。
「凄いじゃないあなた! 見事な前方倒立回転跳びだったわ! あなたならきっと立派なスーツアクターになれるはずよ! いえ、それよりもまずは―――」
何言ってんだこいつ感嘆するのは結構だがこっちはそれどころじゃねえやべえまだ心臓がバクバク言ってやがる。
「て、てめえ何しやがんだ今のは普通に死ぬ……ぞ―――」
文句を言うために振り返ると、声の主は顔をあげた時と同じ不気味な笑顔のまま目の前まで来ていた。
え、こわい。
人を殺そうとしたくせに満面の笑みとか、今流行りのサイコパスってヤツですか? とにかくこの場に不釣り合いなそれが怖すぎて、食ってかかる気力も消え去った。
もしかして俺は眠いどころかとっくに寝ていて悪夢でも見ているんじゃないか? それか起きたら宝条先生と仲良く集中治療室とかバイク事故は恐えもんな。
「ね、ねえ。あなた」
「な、なんすか……?」
女の子はニタニタした笑顔を崩さないまま口を開く。まともな人間にこんな笑い方は出来ないはずなので、ジャンルは完全にサイコホラーで間違いないと思う。
夢か現かわからないが、こういう展開の映画やゲームだと夢で起こったことが何かしらの形で現実に反映されてしまうはずなので、どちらにせよ下手に刺激しない方が良いだろう。
「わ、わたしと、お、お友達になりましょう……?」
「ンンッ!?」
さながら子供を地獄に引きずり込む悪魔のような提案に、思わず悲鳴が漏れる。
お友達? なんだよそれ人形にして私のコレクションに加えてあげるわ的な意味の暗喩か?
ありえねえだろなんだよこの状況、やっぱり夢じゃねえか? いや夢であって、夢でありますように。まああんな仮面ライダーとか槍持ったおっさんなんて現実に居るわけないし夢に決まってるよな。先生も初めて人を乗せるって言ってたし、運転をトチったんだろう。あれ時系列がおかしくないか? ダメだ思考がちゃんと回らねえ。
意味不明過ぎて今すぐ逃げ出したいが、ストレートに断って刺激すると何をされるかわからない凄みがこいつからは感じられた。眠気に塗れた思考が逆らってはいけないと、頭痛というカタチを取って警鐘を鳴らしている。
ただの錯覚で睡眠不足から来る頭痛かもしれないが、どっちだこれは答えはWEBなのか?
「どどどどどうかしら……?」
興奮しているのか顔が赤い。まるで小鬼のようだ。
「な、なな何でもしますんで命だけはどうかご勘弁を……!」
「―――! そ、そう、あなたが何を言ってるのかわからないけど、とにかくやったわこれでぼっち回避よ! あれ、ところでどうしてこの学園に男の子が居るのかしら? そう見えるだけで実は女の子とか? ……まあそんな事はどうでもいいわね! なんたって記念すべきお友達第一号なのだから! ところであなた、お名前はなんていうの?」
「お、俺の名前っすか? そんなものを知って何をなさろうと……ハッ!」
もしや契約とか呪いとか呪術的なアレに必要とかそういうヤツか? ブードゥー教の秘術とかに使われて魂抜かれちゃったりするのか? 写真は魂が抜けるっていうもんな。
「せっかくできたお友達だもの、当然名前は知っておきたいわ!」
お友達? それはやっぱりチャッキー的な意味で?
かなり答えたくないが、黙っているのもまずそうだ。
「く、倉井未来だ……」
いっそ偽名でも名乗ろうかと思ったが、バレた時がマズそうなので、ここは素直に本名を名乗っておこう。
「倉井未来……そう、良い名前ね! 特に下の名前が良いわ! 明日に向かっていく感じがヒーローっぽくて素敵よ!」
ダメだ、言ってる事の意味はなんとなくわかるが、これっぽっちも理解出来ねえ。やはり常人とは脳の造りからして違うのか。
というか苗字と合わせて考えると進む未来は暗いものになってしまうが、それは大丈夫なのか?
「わたしは
「は?」
鈴木……何だって? もしやサイコホラーではなくホラーコメディなのか?
「禍を転じて福と為す、というやつね! 遅刻は確定だけどさっそく友達が出来たから結果オーライよ! さぁ、さやく行きましょう!」
「い、行く? どこへでしょうか?」
地獄かエルム街か?
ソドムとゴモラなのか?
「どこって、校舎に決まってるじゃない。あなたも高等部の一年生でしょ?」
「そ、そうだけど。えっ、つーことは貴方様も高等部の生徒なんでございますか? フレディー的な存在じゃなく?」
「そうよ、制服でわかるでしょ? フレディはごめんなさい、なんのことかわからないわ……」
なぜかしょんぼりと申し訳なさそうな顔をする鈴木フレディじゃなかった電波。電波ってすげえ名前だな。いや俺の名前も通して読むと結構アレだから、人のことをとやかく言えないんだが。
つまりこいつは魑魅魍魎の類ではなく、ただの情緒不安定な女の子ということか?
「どうしたの? 難しい顔しちゃって、おなか痛いの?」
「いや……睡眠は大事だなって」
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