二日目

第15話 わりとアレな人なんすね。

 おかしい。

 夕飯を調達しに街まで行くだけのはずが、なんだこの状況は―――



「朝日が、眩しいっすね」


 山深くに位置するコンビニ。

 標高も高く、斜面に面したその駐車場。

 俺と宝条先生はフェンスに身体を預け、缶コーヒーを啜りながら日の出を浴びていた。

 呟いた言葉は吐息とともに空に溶け、俺は白く立ち上るそれをぼんやりと眺めながら、再び喉奥に甘ったるいコーヒーもどきを流し込んだ。


「先生」


 俺の呼びかけに、彼方を見つめていた先生の瞳がこちらに向けられる。


「なんだい?」


 微笑みながら返された言葉。だが、


「……先生」

「―――なんだい?」


 再びの同じ呼び掛け、同じ返答。

 ―――だが、


「そんなアンニュイな笑顔では誤魔化されませんよ。道に迷ったんですよね」


 怒らないから正直に言ってください。



 暗闇を切り裂く一条の光のように、一台のバイクが山道を駆ける。

 ホワイトパールの車体は闇に溶ける事なく、街灯の光をその身に受け月のように輝いていた。

 減速は最小限に、車体を大きく傾ける事で目前に迫るガードレールを退け、曲線を描いた隼は直線で再び加速する。


「先生!」


 インカムを通して呼びかける声に運転手である宝条秋奈は答えず、後部座席に座る少年の次の言葉を待つ。


「先生! さっきのラーメン美味かったすね! つか乗せてもらった上にご馳走様でした! それはそうとここはどこですか!?」

「ふっ。あそこは私も気に入っていてね、仕事帰りにたまに寄るんだ。何より駐車場が設けられているのが素晴らしい」

「確かにラーメン屋で駐車場あるところってあんまりないですし、路駐することになっちゃうからバイクで行けないすもんね。でここはどこなんですか!?」

「ああ、大してうまくもないチェーン店が駐車場があるというだけの理由で繁盛する今の時代だが、ああいう個人店にはこれからも頑張ってもらいたいものだね。大丈夫、地球は丸いんだからそのうち帰れるさ」

「んんんっ?? あれぇ今不穏な言葉が聴こえた気がするんですけど眠気から来る幻聴ですよねそうですよね? そうだと言ってお願い!!」

「……」

「せめて何か言ってくださいよォ!!」


 なぜこんなことになったのか。

 少年の叫びは山中の森に吸い込まれ。空高く輝く星々は変わらず二人を照らしていた―――。


 ……。

 …………。

 ………………。


 とかいう意味不明なやりとりがあったのが五時間くらい前。

 その前後には追いかけていた走り屋と一緒にパトカーに追いかけられたり、廃墟みたいな町に迷い込んだりと紆余曲折ありましたが僕は元気です。


「実はその……私も人を乗せるのは初めてで、それが思いのほか楽しくて舞い上がってしまったというかだね……?」


 初めて。

 そうか、初めてなら仕方ない。

 俺も今回初めて人の後ろに乗って楽しかったし、テンションが上がるのも仕方ないよな。

 ……初めてぇ!?

 それでこの人あんなデンジャラスな運転をしていたのか。


「まあ、ついでにドライブしましょうよって言ったのも俺だし、こっちも楽しかったから良いんですけどね? 日本で200kmオーバーとかまず体験することないですし、謎の仮面ライダーのコスプレおじさんと白バイ相手のチェイスも映画みたいで迫力ありましたよ。槍持った変なジジイに追いかけられた時は死ぬかと思いましたが」

「はい」

「でもあんな自信満々に走ってるんだから知ってる道だと思うじゃないですか。なんすかここは学園から100キロ以上も離れてますよ」


 グーグルマップによると、帰り道は渋滞せずとも三時間はかかる。

 で現在の時刻は日の出を迎えた後なので五時過ぎだ。

 ワオ遅刻確定だね。


「……とりあえず、帰りましょう」

「う、うむ。すまなかったね、調子に乗り過ぎたよ」

「……先生」

「ど、どうした? やはり怒っているのか?」


 知れば知るほど、宝条先生は第一印象と違い過ぎて吹き出しそうになる。


「……また走りましょうね」

「……! あぁ、そうだな」



 時計塔に表示されている時間は八時五十分。全力で走ればまだ間に合うはずだ。

 激烈に眠いが、そんな泣き事を言っている余裕はない。

 爆速で学園までリターンした俺と先生は駐車場で別れ、それぞれ校舎と教員棟に向かって駆け出した。

 ちなみに手芸館の場所は、昨日は暗くてわからなかったが駐車場からだと特徴的な形の屋根がぴょこんと飛び出しているのが見えていて丸わかりだった。

 近くではあるが寄っている時間も惜しいので、俺は手ぶらのまま教室へと走る。

 幸い教科書など授業に必要な物は今日配られるので、このまま行ってもなんとかなるはずだ。

 筆記用具は先生か誰かに借りてなんとかするしかない。

 なにもかもなんとかするしかない。なんとかなれ。

 それより一刻も早く辿り着かなければ、ただでさえ目立つ存在なのに初日から遅刻なんてすれば悪目立ちしてしまう。それは避けたい。

 保健室から直行した感を全力で出そう。先生は事情を聞いているだろうし、そうすれば多少遅れても体調不良ということで大目に見てもらえるかもしれない。首の皮一枚で繋がるはずだ。致命傷じゃあない。


「ちくしょう校舎が遠い! 広い! 広すぎる!」

「同感! もっと主要施設間の距離は詰めるべきよ! それか空いたスペースにゲームセンターでも立てて!」

「気が合うじゃねえかあんた! ついでにカラオケも頼む!」

「あなたも、ねっ! 良いわね! いっそラウンドワンにしましょう!」

「あぁ、スポッチャも付けてくれよな!」


「「ん?」」


 ぱたりと同時に足を止め、俺達二人は向き合う。


「あなた誰よ?」

「あんた誰だ?」


 その瞬間、二人の遅刻は確定した。

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