第14話 男の子だもん、テンション上がるのも仕方ないよね。

 プライベートで破天荒な人ほど公の場では逆にまともだったり、堅い立場なこともあるらしいし、アキラさんの正体も意外と真面目なサラリーマンって可能性もあるのかな。

 移動中、って言ってたから営業とかかもしれない。

 まあ、なんにせよリアルのことには触れないのがエチケットだろうし、長く付き合っていくためのコツでもあると思う。


 さて―――そろそろ三十分くらいは経っただろうか?

 アキラさんのおかげでだいぶ時間は潰せたと思うが。

 さっさと保健の先生から大丈夫のお墨付きを貰って帰りたいものだ。

 寮の部屋も自分のものと言えるほど馴染んではいないが、こうして白一辺倒に囲まれていると、自分が重病人な気がしてきて余計に滅入るので、ここよりはましなはずだ。


「失礼するよ」


 そんなことを考えている時、白衣の裾をたなびかせながら部屋に入ってきたのは、長身・長髪の理知的な雰囲気を持つ女性だった。

 見るからに医者といった感じで、第一印象は美人だけど男前。そのせいか少し威圧感のようなものすら感じる。


「この学園で医師を務める宝条ほうじょう秋奈あきなです。初めまして、倉井未来くん」

「初めまして。よろしくお願いします、宝条先生」


 どうやら外見から受けた印象通り、堅い人らしい。

 そう思わせる第一声。


「調子はどうかな? 頭を打ったと聞いているが」

「あー……腫れてはいるみたいですけど、変に触らない限りは痛みもあんまないです」

「なるほど……だけど頭部の怪我は怖いから、一応診させてもらうよ」

「お願いします」



「うん、特に問題はなさそうだ。骨にも異常はないし、脳も出血していない」

「そりゃ良かったです」

「今日は帰っていいけど、もし痛みが激しくなったりなにか違和感があれば些細なことでも報告するように。なにもなくとも数日したら一応もう一度来なさい。経過を見よう」

「わかりました。ありがとうございます」


 せいぜい触診くらいかと思えば、なんとMRIまで受けさせられた俺が解放されたのは、それから更に一時間ほど経ってのことだった。

 なんで学校の保健室にそんなものまであるのさ。


 宝条先生にお礼を言ってから、俺は保健室を出る。

 もう八時前か……思ってたよりも遅くなっちまったな。

 そういえば今日一日なにも食べていないんだよな。身体は現金なもので、時間を意識したら一気に空腹が襲ってきた。

 夕飯は寮で摂るらしいけど、流石にもう残ってないよな。

 購買的な場所はないんだろうか? この学園なら敷地内にコンビニやスーパーなんかが有っても驚かないが。


 つーかここは何処だ?


 廊下の窓から見える風景に見覚えはない。

 まあ、今日の朝初めて学園に来たばかりな上、施設の案内もエスカレーター組が合流する明日以降、とおあずけにされているので、学園内の地理には明るくない。だからむしろ知っている場所の方が少ないんだが。

 なんもかんも広すぎるこの学園が悪い。

 敷地内だからグーグルマップ先生なんてアテになんないし、さて手芸館はどっちだろう。

 真露……は違う寮だしアテになんねぇ。くそっ、さっき三星さんやルクルと番号交換しておくべきだった。


「ん……きみ、まだ居たのか」

「あ、先生。帰り道ががわかんないんすけど、手芸館ってどっちですか?」

「手芸館か。あれなら帰り道だから、もう少し待ってくれれば途中まで送っていくよ」

「んじゃお願いします」


 案内してくれるというので、お言葉に甘えて宝条先生の帰り支度が終わるまでしばらく待つ。

 もう帰るということは、もしかしてこの人俺を診るためだけに来てくれたんだろうか? こんな時間にわざわざ悪い気がするな……。

 やがて現れた先生は黒いレザースーツに身を包んでいた。

 この服装はもしや……と思いながらその後をついて歩く。


「宝条先生。途中にコンビニとかってないんですか?」

「……きみは、ここをなんだと思っているんだい?」


 もっともなお言葉だが、普通の学校にMRIなんてモノはない。

 けどその言い方だと流石にないのかな。


「もうすぐ営業も終わる頃合いだ。なにか買いたいものがあるのなら外に行くしかないが、歩いて街まで行くにしても、知っての通りここは山の中だからね。正門が閉まるまでに帰って来るのは無理だと思うよ」


 いや在るには在るのか。でも今の時間でもうすぐ閉まるって事は、八時閉店って事かな。


「なんも食べてないから腹減ったんすよね。弁当でも買えればと思ったんですけど」

「寮の夕食……はもう片付けられているか。ふぅむ……よし、今日は私も暇だから、街まで連れて行ってあげようか?」

「え、良いんすか?」

「ああ、いつもこの時間に連絡を取る友人が怪我で入院してしまってね。どうせ帰っても本を読むくらいしかないんだ。きみはバイクの後ろは平気かな?」

「タンデムっすか。普段前ばっかで後ろは乗った事ないですけど、多分大丈夫ですよ」

「ほう……いける口のようだね、きみは」

「先生こそ、その服装は乗ってる人のものだと思いましたよ。趣味が合いそうですね」

「そのようだね、ふふ……」

「ふふふ……」


 夜道に薄く笑い合う二人組は、はたから見ればだいぶ不気味だったと思う。


 ◇


「先生なに乗ってんすか? まあその服装だと予想は出来ますけど」

「見てのお楽しみというヤツだ」

「うわ、その言い方絶対いいバイクじゃないですか」


 正門近くに位置する教職員用の駐車場、その一角。二輪用に設けられたスペースにはバイクが一台だけ停められていた。

 暗闇にぽつんと浮かび上がるシルエットは、車種まではわからないが、やはりSSスーパースポーツのものだ。

 近付くに連れ、月明りと電灯に照らされたそれの細部が明らかになってくる。

 あの丸みを帯びた特徴的な形、そして何よりカウルにペイントされた“隼”の一文字……!

 バイク好きなら思わず正式名称まで覚えてしまう、スズキが産み落とした歴史に名を遺す名車……!


「GSX1300R……通称、隼……!」


 日本の公道の何処でそんなスペック発揮するんですか? と煽らずにはいられないメガスポーツの代表とも言える一台じゃないか!


「良いっすねえ! 俺も中型だけどスポーツ乗ってんすよ!」


 やべえ今日一きょういちテンション上がる。裸とかパンツとかもうどうでもいい。

 だって、今はまだ大型の免許がないから無理だけど俺のいつかは乗ってみたいバイクベスト10に入る代物だぜ? 上がるなって方が無理あんだろ。

 ……敷地内だけで良いから乗らせてくれないかな、いやいくらなんでも先生が生徒にそれは無理か。

 それにフルカウルのバイクはエンジンガードで守られているアメリカンなんかと違って、ないとは思うけどもしコカしたらヤバいし。

 俺も中型とはいえSSに乗っているからよくわかる。

 それならせめて先っぽだけいや跨るだけでもお願いしてみようかしら。

 近寄りがたい感じの人かと思っていたけど、なんか一気に距離が近づいた気がする。

 そう思って宝条先生の方を見ると、先生もちょっと嬉しそうな顔をしているような気がする。

 いや、気のせいじゃないはずだ。

 バイク乗りという人種は自分のバイクについて共感が得られた時、死ぬほど嬉しいものなのだ。俺にも経験があるからわかる。


「予備のヘルメットを取って来るから、少し待っていてくれ」


 物置のような所に消えていく宝条先生。

 それを待つ間、しゃがみ込んで隼を眺める。


「やっぱ隼は白だよなあ。それにしてもこの文字のなんと渋い事……すき……」

「お待たせ」


 はい、と差し出されるヘルメットを受け取る。

 インカム付きじゃないか。便利だけど高いんだよなこれ……。

 エンジンを暖気させている間、俺と先生はバイク談義に花を咲かせる。


「きみは何に乗ってるんだい?」

「赤黒ツートンのNinja250っす」

「カワサキか。あれは良いバイクだ」

「CBRとZZRとどれにするか迷ったんですけどね、具合の良い中古が近くの店にあったんで決めました」

「なるほど。距離は重要だからね、良い判断だと思うよ」

「先生はこいつにずっと乗ってるんですか?」

「大型を取ってからはそうだね。他にも何台か持っているが、今はこいつがお気に入りだ」


 そう言ってタンクを撫でる宝条先生。

 スーツも似合ってるし、凄く絵になる光景だ。そのまま雑誌の表紙にしたって違和感がない。


「学園には乗って来ていないのかい?」

「ちょうど地元でメンテ中なんすよね。本当は入学に合わせて終わるように出来たら良かったんですけど、馴染みの店で整備の予約が取れるのが今だけだったんで。でも、週末に取りに行く予定です」


 めちゃくちゃ遠いから、高速に乗った上で土日を丸々使うことになるだろうけど。

 陸運という手もあるが、あれも地味に高いからな。

 それならせっかくだし、小旅行もかねて自分の足で行くのも有りかなと。

 

「乗って帰ってきたらツーリング行きましょうよ。いやあこっちでバイク友達が出来るなんて……あ、すんません、先生に失礼ですよね」


 テンションが上がり過ぎた。


「いや、ぜひ行こう。趣味に年齢は関係ないさ。それにこの学園は女子ばかりで、話の合う子も居なくて寂しかったところでね」

「あー……確かに乗らなさそうですもんね。あ、他に乗ってる先生とか居ないんですか?」

「未来くん」

「はい」

「この学園の教師連中は女性ばかりでね。男性も居るには居るが、枯れたような爺様連中ばかりなんだ」

「そりゃ無理っすね」


 通勤用にスクーターに乗る人は居るんだけどね……と呟く宝条先生の声は、少し寂しそうだった。


「さて、そろそろ良いだろう」


 ヘルメットを被りバイクに跨る先生。

 俺もインカムの電源を入れてからヘルメットを被る。


「正門抜けてから乗った方が良いですか?」

「自動だからもう乗ってくれて構わないよ」

「了解」


 教習所を出て以来、他人ひとの後ろに乗ったことはないが、自分が前に乗っている時後ろの人にどうして欲しいかを考えてれいれば大丈夫だろう。


 乗り降りのタイミングは運転手の指示で。

 変に体を動かさず置物に徹する。

 信号待ちでスマホを弄らない。


 この三つを抑えておけば良いはずだ。

 先生の後ろに跨り、手信号でミラー越しにオッケーですと合図を出す。

 それを認めた先生は、ゆっくりとクラッチを繋げて動き出した。



 学院から街へと繋がる山道。

 街灯も少なく、ほぼ学院関係者専用の道路みたいなものなので交通量は自分達以外に0だ。


「すげえ今更なんですけど、頭打った後にバイク乗ってもいいんですか?」


 俺はインカム越しに先生へ話しかけた。

 ぴゅうぴゅうと風を切る音と排気音に乗って返事が返って来る。


「問題ないよ。意識も明瞭だし、MRIなどの検査にも異常はなかった。私が運転をトチるかトラックでも突っ込んでこない限りは大丈夫だ」

「なるほど、じゃあ良いです」


 先生の運転は上手いし、何より安全運転だ。

 バンク角の取り方は見事なものだし、ギアの繋ぎも後ろの人間にほとんど意識させないくらいスムーズで。

 貰い事故はどうしようもないし気にするだけ損だろう。

 今はこの風を切る感覚と、初めて人の後ろに乗っている状況を楽しもう。


「まあ、その時は死なばもろとも、というやつだよ」

「そりゃあ、最高っすね!」


 意外とノリが良い宝条先生。

 こんな出会いがあるなら、怪我してよかったかもしんない。

 真露、なんか俺この学園でやっていけそうな気がするよ!









 ―――という俺の思いは、後日別件で打ち砕かれる事になるのだが。

 




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