第13話 シュレデンガーのパンツ

「はいチーズ」

「いぇい」


 舞子さんの死体の横でピースをするルクル。

 無表情なのもあってシリアルキラー感が出ているが、こんな写真を撮ってどうするつもりなんだろうか。

 俺はそんなことを思いながらも、渡されたスマホでぱしゃぱしゃと写真を撮る。

 そういえば、三星さんは二人の相性が良くないと言っていたっけ。舞子さんもルクルのことを“あんなの”とか“邪悪”なんて言っていたし、犬猿の仲というやつだろうか。

 でも舞子さんがわけもなく人を嫌うのってあまり想像出来ないから、原因は十中八九ルクルの方にある気がする。

 いや、けど本気で仲が悪いならこんな風に弄る事はしないか?

 だが七生はともかく、三星さんすら今の状況を止めないのは意外だった。

 

「なあ星座」

「はい?」

「やはり投稿するなら、視聴者に向けたサービスカットも必要だと思うんだが、パンツくらいは見せておいた方が良いだろうか?」


 そう言って舞子さんのスカートに手をかけるルクル。

 悪ふざけにしてはやりすぎだと思うが、投稿した暁にはURLを教えて欲しい。


「えぇと……それは流石にかわいそうなので、やめてあげてくださいね……?」

「そうか。まあこいつの色気のない下着なんて―――」


 そう言って俺達からは見えない角度で中身を確認したルクルは、そのままの姿勢で固まった。


「七生。ちょっと」

「ん、何よ」


 手招きされるがまま、ルクルの元に向かう七生。


「うわ何これ、この人こんなの履いてんだ」


 ドン引きする七生の声。

 だがルクルと七生の身体が陰になっていて、話題になっているブツは俺からは見えない。


 見えないが 故に気になる 人の性


「二人とも、未来さんも居るんですからあまりそういう話は……」

「いやでも、星座先輩もこれ見てくださいよ」

「もぉ……」


 やれやれとため息を付きながらも二人の側に向かった三星さんは、同じようにしゃがみ込んで舞子さんのスカートの中を確認する。


「えっ、なんですかこれは」


 いや、なにこの状況は。


「カエルの解剖みたいだね~みらいちゃん」

「いや、あれは死刑だ」



 舞子さん弄りに飽きたルクルは、最後に顔の上にティッシュを被せて元の椅子に座った。七生と三星さんはとっくに戻ってきている。

 こいつからは怪我人を休ませようとする気が微塵も感じられないが、そのせいかなんだかドッと疲れた気がする。

 いや、星座さんと、かろうじて真露と七生なんかはそのつもりもあるだろうが、誰とは言わないけど今名前をあげなかった二人は間違いなく面白がって来ただけだと思う。

 まあ、実際退屈せずに済んでいるのはありがたいんだけどな。

 一人病室のベッドの上、ってのは退屈の極みみたいなシチュエーションだし。


 それからしばらく談笑して、夕飯の準備があるという三星さんの言葉をきっかけに解散する運びとなった。

 寮生が交代で作るって言ってたもんな。


「それでは未来さん。あと一時間もすれば保険医の先生も帰って来ると思うので、それまでは安静にしていてくださいね」

「達者でな」

「わかりました。みんなありがとうな」

「ま、やったのあたしだしね」

「じゃーな未来。また夜に寮で会おうぜ」


 ちなみに舞子さんはいつの間にか目を覚ましていた。

 部屋の時と違ってリスポーンまで時間がかかっていたけど、今回はどんな一撃だったんだろう?

 パンツもだけど、そのシーンの方が見たかったな。


「みらいちゃん、また明日学校でね~」


 そうか、言われてみれば真露だけ寮が違うのか。

 寂しく……はならないな。

 他のメンツで充分賑やかそうだ。


「真露」

「なーに?」

「お前のことは忘れない。遠くに逝っても元気でな」

「みらいちゃん……うん。みらいちゃんも元気でね……? ……って違うよねなんで今生の別れみたいになってるのっ!?」

「俺も一度くらいボケておいた方がいいかなぁって」

「みらいちゃんが何を言ってるのかわかんないよ!?」



 みんな帰っちゃったし、暇になったな……。

 三星さんはしばらくすれば保健の先生が帰って来るって言ってたけど、それまではスマホでも弄って時間を潰しておくか。

 俺はポケットからスマホを取り出して、特に目的があるわけでもないが電子の海を回遊する。

 おもしろそうなニュースも見当たらないし、真露にスタンプ爆撃でもするかと思ってSNSアプリを開いたタイミングで、メッセージ受信のポップアップが表示された。

 送信者名は【†大天使アキラ様†】という痛々しいハンドルネーム。

 この人は昔やっていたネットゲームで出来た知り合いで、かれこれ三年くらいの付き合いになる。

 向こうの引退を機にメールアドレスを交換し、以後はそちらで連絡を取り合っている友達だ。

 通話もしたことないし、向こうのリアルは男性ということ以外なにもわからないが、それが逆にいい感じの距離感を作ってくれて、俺にしては珍しく長い間関係が続いている。

 あ、でもRMTとかしまくってたから多分社会人。

 まあそのせいで炎上して引退するハメになったんだが。


「この時間にメッセ飛ばしてくるってことはまた仕事サボってやがんな、不良リーマンめ」


 あの人が送って来るメッセージは大抵意味のない内容なので、こちらも適当に返信する。

 今回は『おっぱい』とだけ送られてきたので『いっぱい』と返したら、三秒後くらいに『夢いっぱい』と帰ってきた。

 早い。


『仕事してください』

『移動時間中なうやぞ』

『そう……(無関心)』

『当たり強ない?』

『怪我して入院してるからしんどいんすよ』

『は? 大丈夫なん?』

『 』

『 』

『 』

 ―――……


 返信するのが遅れていると、空白メッセで爆撃されていた。

 お察しの通り、この人はかまってちゃんで結構めんどくさい人だ。


『嘘ですよ』

『ハゲ』

『ちょっと事故って怪我したのはマジです』

『マジかよ、おっぱい揉む?』

『彼女の揉むんで間に合ってます』

『は? 俺とのことは遊びだったのか?』

『きっしょ』

『きもくない。きもちいいよ』

『おっさんのおっぱいとか触ったら指先が腐ります』

『美少女やぞ』

『嘘乙』


 それからしばらく、かしこさのステータスが下がりそうなやり取りをして、


『あ、そろそろ仕事だから消えるわ。ほな、また……』


 アキラさんが最後にそう残して、会話は終わった。

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