第12話 ボケないといけない校則でもあるのか。
真露がメロンなのはわかってんだよ。
そんな超絶空気の読めない舞子さんは置いといて、桐生さんにかける言葉を考える。
あの時と違って、今の俺は冷静だから大丈夫なはずだ。
『なあ触っていいか?』
『ダメに決まってるでしょ舞子』
「元気?」
「あー……まあ、多分。怪我は大したことないみたいっす」
俺がどう声をかけようか考えてあぐねていると、桐生さんの方が先に声を掛けてきた。椅子の数が足りていなくて彼女だけが立ったままなので、ちょっと気まずい。
『えーでも、オレよりデカいヤツなんて滅多にお目にかかれねえんだぜ?』
『やめてくださいぃ~~!』
「こっちも気が動転してたから。悪かったわね」
「いえ、原因は俺ですし、こっちの方こそすみませんでした」
座ったままではあるが頭を下げる。
事故とはいえ謝って許されることじゃないのかもしれないが、こういうのは誠意が肝心だ。
見た感じそれほど怒ってはいなさそうだけれど……実際どうなんだろう。
わからないが、それを決めるのは俺ではなく、被害者である桐生さんである。
『よいではないか、よいではないか』
『ひぇぇ~!』
「まあ星座先輩から事情は聞いてるから。本当に覗きだったら死んだ方がマシな目にあってもらうところだけど」
怖え。
この学園はヤベえヤツしか居ないのか。
しかし俺が落ちている間に弁護士三星さんはちゃんと弁解してくれたみたいだな、ありがてえ。
「貸し五つくらい、って事でこの話は終わりましょう。良い?」
「桐生さんがそれで良いなら。 ……ん?」
……いやちょっと待って。この子今五つって言った? 一つじゃなくて?
どう考えても嫌な予感しかしないんだが。このデカい借りはなにに使われてしまうんだ。
『みらいちゃん助けて~~!』
『げへへ、あいつは別の女とちちくりおうとるから助けなんて来ないズェ……』
「じゃ決まりね。ってゆーかあんた一年でしょ? あたしも一年だから名前でいいし、敬語もいいわよ」
「わかった……七生」
真露も目の前で経緯を見ていることだし、七生の名前を呼び捨てにしてもぎゃあぎゃあ言わないだろう。そもそも怒られる意味がわからないって話だが。
「ん。そういやあんた、あたしの名前を知ってるみたいだけど星座先輩から聞いたの?」
「おう。さっき目が覚めた時に教えてもらったんだ。七生の名前と、ついでに俺がなんで気絶したのかもな」
言いながら俺は後頭部を指でとんとんと突く。うん止めときゃよかったね。
目覚めた時よりはましだが、触るとまだ結構痛い。
声が出る程ではないが、思わず真顔になるくらいには。
「そう。ま、気絶で済んで良かったじゃない。下手すりゃ死んでたわよあんた」
「やった当人がそれを言うかねえ、んな他人事みたいに……」
七生はそう言って不敵な笑みを浮かべる。マジで何か裏がありそうだから、この顔はその表現で間違ってはいないと思う。
まあいいんだけどな、あれでこいつの留飲が少しでも下がったのなら。
そういやタイルの修理代って後から請求されたりするんだろうか。
そう思って三星さんの方をちらりと見るが……ダメだ、あの人もポンコツ時空に落ちてしまったようだ。
視線を切り、再び七生の方に戻すと、そのタイミングで三星さんの底冷えするような声が聴こえてきた。
『―――舞子』
「ぐふふふふ。んー何だぁ星座ぁ。ぐふぶッ!!……ン゛ン゛!! ア゛ッ゛ア゛ッ゛』
『たすっ、助かった……? ……し、死んでる……』
『ふぅ。やっと大人しくなりましたね』
「君ら頼むから帰って、お願い」
◇
ひっくり返った蝉のようになっている舞子さんを、真露以外の誰も気に留める事なく。
いやその真露もドン引きしてるだけなんだが、ともかく。
さも当然といった感じで空いた椅子に腰を下ろした七生は、真露と俺を交互に見た後に小指を立てながら爆弾を放り込んだ。
「彼女?」
「ん゛ん゛っ゛、げほっ……っ……」
咳き込む三星さん。固まる真露。
「違いますよ」
「否定早っ」
「そりゃこのメンツだぞ、早めに誤解は解いておかないと。二人はともかくそこで死んだふりしてる舞子さんとか絶対言いふらすでしょ」
なおも起き上がらぬ舞子さんだが、唯一俺の角度からは指先がぴくりと動いたのが見えていたのだ。
多分、とっくに息を吹き返している。
もしかしたら痙攣しているだけかもしれないけど。
そしてなぜ三星さんが残念そうなのか。
「幼馴染で恋人って、素敵な話だと思うのですけど……」
素敵なんですかね。
この人もなんていうか、結構独特な世界観で生きているよな。
や、悪い人じゃないんだけど。
「そーいえばみらいちゃんって彼女出来たことないよね」
「うるせえお前もだろうが」
「ふーん、お似合いだと思うんだけど」
「わ~! みらいちゃんお似合いだって! やったね~」
「どう考えても面白がってるだけじゃねえか。七生もあんまりからかうのはやめてやってくれ、こいつは
「いや、あんたの扱いの方がひどいでしょ」
◇
こんこんと飛び込んでくるノックの音。
七生が夫婦漫才みたいだ、などととんでもないことを言いだして、この空気マジどうすんだろうなぁ……と考えていたところに救いの手が現れた。
誰かはわからないが。いやこの際どなたでも構わねえ、第三者が居る空間なら少しはマシになるはずだと救世主に感謝する。
「おい、居るか?」
この声はルクルか。
訂正。多分なーんも救われない。
「おー、いっぱい居るぞー。好きなヤツを持って帰ってくれ」
いろいろと諦めた俺は、投げやりに返事をする。
心配して来てくれるのはありがたいが、誰一人俺が呼んだわけじゃないのに知り合い大集合だな。
「おまえはなにを言っているんだ……」
言いながら入ってきたルクルの手には林檎が入った籠が。
お見舞いらしいお見舞いって初めてじゃないか?
「悪いな。わざわざそんな物まで……」
と言い切る前に、ルクルはその籠を俺に差し出して、
「剥いてくれ」
「なんでやねん」
◇
林檎は結局、三星さんが剥いてくれた。
俺達四人は言葉数も少なく、しゃりしゃりとそれを齧りる。
それにしてもうまい。
俺が普段スーパーで買っていた、甘いのか酸っぱいのかもよくわからない林檎とは違って、まるでトッポのように中まで蜜が詰まっている。
「七生も居るとは驚いた。もう
「まあね。あたしはあんたとこいつが知り合いって事に驚いたわ」
「知り合いというか、ルームメイトだしな」
「ふうん……は?」
「ところで、舞子はなぜ床で寝ているんだ?」
「いや、ちょっと待ちなさいよ。どういうことよそれ」
「どういうことも何も、言葉通りの意味だ。部屋割りが二人一組なんだから、誰かがこいつと相部屋になるのは当然だろう。それがたまたま私だっただけのことだ」
「だけのことって……はあ、まああんたが良いならそれで良いけど」
「で、舞子は?」
「趣味なんじゃないか」
「……んふっ。あんたずっと黙ってたのに突然入って来るのやめなさいよ」
「悪い」
そんな会話をしていても、舞子さんはぴくりとも動かない。
指先もあれ以来動いてない気がするし、マジで気絶してんのか?
「何してんだ? ルクル」
林檎を食べ終わり、立ち上がったルクルは地に伏す舞子さんに近づいていって、しゃがみこんでなにかをしている。
「……こうして、ここをこうして囲ってと……よし、出来た」
殺人現場じゃねえか。なんでこいつチョークなんて持ち歩いてるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます