第10話 誰の見舞いだと思ってんだ?
「―――ハッ!」
……ここはどこだ?
俺は確か風呂場に……
「三星さんに案内して貰ってる時に誰かが入ってきて、それで」
その誰かの裸を見てしまって、すげえテンパって。そんでわけわかんねえこと考えて土下座して、そこからどうなったんだっけ。
それ以降を思い出そうとするとなぜか頭が痛むが、ジャンピング土下座までの記憶はちゃんとある。
「見た感じだと保健室……か? いやなんでだよ。場面飛びすぎじゃねえか」
まさか何事もなく普通に歩いて帰ったなんてことはないよな、それだと
状況から鑑みるに、あの“誰か”に遭遇した後すぐに気絶したってことなんだろうけど、問題はそれが何故かだ。
裸を見た興奮で倒れるとかそこまで純情じゃねえぞ童貞かよ、童貞だけど。
「つーかマジ頭痛え……なんだこれ」
痛みに後頭部を押さえると、かなり腫れているらしく触れただけで激痛が走った。
物理的ななにかが原因なのは間違いないはずだと、強烈な主張をする後頭部のそれらが物語っている。
最後の記憶が風呂場だろ、で気絶と。
タイルで滑って転んで頭打って落ちたとか、そんなギャグみたいな話はないよな流石に。ないよね?
「ダメだ……考えてもわかんねえ」
意識と記憶を失うくらいの衝撃ってなんだよ怖えな。
しかしこの保健室らしき部屋はどこなんだろう。
案内してくれていた三星さんは次の倉庫で最後だと言っていたから、寮内にこんな部屋があるのならそれまでに案内されていたはずだ。
だから手芸館の中ではない……と思う。風呂場以外の記憶が飛んでいなければ、だけど。
ということは学院内にある別の建物のどれかなんだろうけど、三星さんが運んでくれたんだろうか。
一人では無理だろうし、先生でも呼んでくれたのかな。
……あんまり大勢の人に見られたくない姿だったけど、なんていうのは贅沢な話か
「思い出せない記憶も気になるけど、一番はあの女の子か」
土下座から後の記憶はないから許してもらえたのかどうかわからないが、あの裸体はばっちりと瞼の裏に焼き付いてしまっている。
仕方ねえよな男の子なんだもん。
寮の風呂に入ってきたということは寮生で間違いないだろうし、回復したら三星さんに部屋を教えてもらってもう一度謝りにいくべきか、それとも蒸し返さない方が良いのか。
もういっそ今日一日の全てが夢でここは地元の病院とかそういうオチでも良いけど、そんな都合のいい話はないよな。
だって今気づいたけど、椅子に座った三星さんがベッドに頭乗せて寝てるんだもの。
なんでこうなってるのかも聞きたいし、と三星さんを起こそうと手を伸ばしたその時、バタンッ! ドンッ! と乱暴な音をたてて誰かが保健室に入ってきた。
「みらいちゃん、大丈夫!?」
「わきゃっ!?」
真露の大声に飛び起きた三星さんが驚いた声をあげる。
そんな三星さんの姿を認めた真露は、
「ふ、不順異性交遊だよみらいちゃん!」
と入ってきた時よりも大きい声で言い放った。
ちなみに俺も結構びっくりした。
◇
「みらいちゃんが大けがしたって聞いて飛んできたのに、女の子といちゃいちゃしてるんだもん、びっくりしちゃうよね!」
「イチャイチャはしてねえだろ、どう見たって患者とその付き添いじゃねえか。三星さんは心配して付いててくれただけだよ。つーか誰から聞いたんだ?」
「ん~? 朝校門でみらいちゃんと居たのを覚えててくれたみたいで、さっきルクルちゃんがすれ違った時に教えてくれたんだよ~」
なるほど。
ルクルのやつも知ってるのか……大方三星さんが同室だからって教えたんだろうけど、後で絶対弄られるヤツじゃねえか。
というかルクルちゃんって、朝は人形さんだったのにいつの間に名前で呼ぶ仲になったんだ。相変わらず真露の対人スキルはバケモノだな……。
「未来さん、この方は?」
「あっ、初めまして。わたしはみらいちゃんの幼馴染で、一年生の笹倉真露です!」
「まあ、幼馴染。なるほど、それは素晴らしいですね」
胸元で手を合わせてそんな感想を漏らす三星さん。
なにが素晴らしいんだ?
「真露、この人は三星さんって言って、俺が入る寮の寮長さんだ」
「わわっ、すごい。三星さん、うちのみらいちゃんがお世話になります」
深々と頭を下げる真露。
おまえは俺のオカンか。
「いえいえ、こちらこそ。手芸館の寮長を任されています、三年の三星星座です。よろしくお願いしますね」
「わっ、先輩だ。みらいちゃん、ちゃんとお見舞い用意してから来た方がよかったかな?」
なにを言ってるんだこいつは。
俺の見舞いだぞ。
「あっ、それでみらいちゃん怪我は大丈夫なの? ってゆーかなにがあったの?」
「いやそれが俺にもわかんねえんだよな。むしろ真露はなんて聞いてるんだ?」
ルクルのことだから脚色してそうな気がするけど、一応聞いておくか。
「わたしはお風呂に忍び込んだら石鹸を踏んで転んで頭を打ったって聞い……あっ、そうだよみらいちゃん! 覗きは犯罪なんだよっ!」
ちくしょう間違ってないからなにも言い返せねえが、事故なので情状酌量の余地をくれ。
「あ……そのことなんですけど、未来さんはなにも覚えていないんですか?」
「風呂場案内して貰ってる時に誰かが入って来たところまでは覚えてるんですけど……」
そっか。あの場に居た三星さんなら当然全部知ってるんだよな。
聞くのが怖い気もするけど、そうも言ってられないか。
できれば真露が居ない時に聞きたかったが……せっかく見舞いに来てくれたのに帰すのもアレだしな。
いや、この際覗きが故意でなかったことを三星さんの口から真露にも説明して貰った方がいいか、他人の口から聞いた方が誤解も解けるだろうし。
「なにがあったか教えてもらってもいいですか?」
「はい、あの後―――」
三星さんの説明によると、あの時遭遇した女の子の名前は
土下座した俺の後頭部目掛け彼女が振り落とした踵は、ものの見事に一撃で俺の意識を刈り取ったらしい。
「許してくださった……かは微妙なところですが、七生さんも納得はしていたみたいなので。とりあえずこの件はもう大丈夫かと思います」
マジか……まだシャバの空気を吸っていられるのか……。
「いえっ、それよりも頭の怪我は大丈夫なんですか?」
「そんなに凄い踵落としだったんですか?」
「は、はい。その先のタイルが砕けるくらいには……」
それ殺す気で振り抜いたんじゃねえか? いや責められる立場にないけどよ。
「んー……怪我の方は痛みと腫れくらいですし、問題ないです多分。それより桐生さんでしたっけ、やっぱり後でちゃんと謝りに行った方が良いですよね?」
「そう……ですね。それでは未来さんが寮に戻った時にでも場を設けますね。それで大丈夫ですか?」
「そうしてもらえるなら、ぜひ。一人で行くのはちょっとハードルが高いというか」
「ふふっ、でしたらそのように。……あ、舞子とルクルさんにも未来さんが目を覚ましたと連絡を入れてくるので、少し待っていてくださいね」
そう言って三星さんは部屋から出て行った。
残された俺と真露は三星さんを待つ間、校門で別れてから今までにあった出来事を話し合った。
寮の大きさや内装にびっくりしたことや、同室になった相手のことなどだ。
ちなみに真露のクラスはほとんどがエスカレーター組らしく、今日は他に数人しか居なかったらしい。
「未来さん、舞子がちょうど近くに居るらしいので、これからお見舞いに来ると言っているんですが、大丈夫でしょうか?」
顔を覗かせた三星さんがスマホをこちらに向けてそう尋ねてくる。
舞子さんか……わざわざ来てもらうほどの怪我でもないと思うんだけど、近くに居るなら断るのも悪いかな。
「大丈夫っすよ。ありがとございます」
「ではそのように。……えっ? 舞子ちょっと、あっ―――切れた……」
電話の向こうで何かあったのか、三星さんは少し慌てているようだった。
「どうしました? なにか用事ができたなら俺は―――」
「い、いえ、そういうわけではないのですが……」
返事の歯切れは悪い。まあ、問題があったわけじゃないなら無理に聞くこともないか?
電話を終えベッドの近くまで戻ってきた三星さんは、元座っていた椅子に腰を下ろした。
「ねえねえみらいちゃん、舞子さんってゆーのはどんな人なの?」
そう問われたので、俺は三星さんの方をちらりと見てから
「おっさん」
と短く答えた。
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