第9話 テンパってたんだよ言わせんな恥ずかしい。
がらがらがら、と。
「あら?」
最後だという倉庫に向かうため、三星さんが脱衣所へと繋がる扉を開けようとした、まさにその時。
「……あ?」
反対側から扉が開かれた。
いや、開かれてしまった。
「は?」
しまった―――24時間営業ということは、今まさに誰が入ってきてもおかしくないということ……!
それはまさに
対面する女の子はほうけたような声を出し、扉へと手を伸ばしていた三星さんはそのままの姿勢で固まった。
オーケー落ち着け状況は非常にマズイ。
さてどう弁解しよう三星さんは完全に処理落ちしているので役に立ちそうにないぞ。
いやそもそもどうにかできる状況なのか弁解の余地はあるのか下手な言い訳は自分の首を絞めるだけじゃないのか。
(考えろ、いやなによりまずは謝るべきじゃないか、でもどうやって、女子風呂だぞなにを言っても言い訳みたいになるだけじゃねえか、いやそれでも謝罪だ謝罪、だめだ喉が渇いて声がでねえ、時間が経つほどやべえぞ考えてる場合じゃねえ、動け俺の身体、誠意を見せろ行動に移せ、いや動けってどう動きゃいいんだよそれがわかってりゃこんな狼狽えてねえ、なんでもいい誰でもいいからなんか知恵を貸してくれねえか助けて真露仮面ああクソ、現実逃避してる場合じゃねえよな、よし)
「―――誠に申し訳ありませんでしたァ!!」
ジャンピング土下座だこれしかねえ。
タイル張りの床に額を叩き付け謝罪の言葉を叫ぶ。間違っても様子を伺おうと頭をあげんじゃねえぞ俺、角度的にやべえ。
いやでも反応ねえのが逆に怖えわ既に立ち去ってて今まさに通報されてるパターンとかワンチャンあるんじゃねえかなにがチャンスだアホか俺
「―――ふんっ!!」
「ンマッ!!」
その間実に三秒。
ああだこうだと考えているその時、その先にあるタイルを踏み抜かん勢いで俺の頭に振り下ろされた鉄槌は、後から三星さんに聞いた話によると、それはそれは見事な踵落としだったらしい。
◇
「先輩、これは?」
浴室に現れた少女は、未来の頭をぐっぐっと、今度は打撃ではなく抑え込むように踏みつける。
屈辱的な姿勢だが、今の未来には“これ”呼ばわりに反論する権利も意識もなかった。
「―――はっ」
そこで、それまで空気と化していた三星がようやく再起動した。
「これは、その、いえ、とにかく足をどけてください
「覗きに恩情かける必要なんてありますか? いや、浴室まで入って来るなんて覗き魔じゃなくて
七生と呼ばれた少女は、足の力を緩めることなく未来を見下ろす。
「未来さんは暴漢ではなく、寮の案内なんです!」
起動はしたものの、完全に立ち上がってはいないのだろう。
三星はそんな意味不明な弁護をし、七生と呼ばれた少女は当然納得するはずもなく。
「先輩、その説明では1ミリもわからないのでとりあえず落ち着いて。はい吸って、吐いて。いいですよその調子。ほら吸って、吸って、吸って」
「すー、すー、すー……けほっ」
古典的なフリに疑問を抱くことすら出来ず三星は苦しそうに咳き込んだが、しかし効果はあったのか落ち着きを取り戻した。
「っていうかこれ思いっきり振り落としたけど大丈夫か。 ……まぁいいか。で先輩、落ち着きました?」
「は、はい……あの、未来さんは……」
「大丈夫、死んではいません」
「ほっ……いえ、安心して良いのでしょうか……?」
「先輩。あたし先輩のそういう優しいとこ好きですよ」
「あ、ありがとうございます?」
「まあ、警察に突き出すまでは生きていてもらわないと困りますからね」
「け、警察!? だ、ダメですよ事故なんですから!」
「先輩」
「な、なんでしょう?」
「交通事故だって警察に連絡するでしょう? そういうことですよ」
「なるほど……ではありませんっ! あの、裸を見られてしまったのは本当に申し訳ありません、ですが未来さんをここに連れて来たのは私なんです、責めるのならどうか私を……」
「……ということは、こいつが噂の」
「はい、ですから、その、そろそろ足を……」
七生は腕を組みながら足元の未来と三星を交互に見やって思案し、
「……ま、良いでしょう。過剰防衛で引っ張られるのも面倒ですからね。使い道もありそうですし、こいつ」
黒い笑みを浮かべ、最後にもう一度ぐっぐっと力を込めてから、七生は足を退け、それとほぼ同時に未来の身体から力が抜けて突き上げられていた尻が崩れ落ちた。
その後、風呂場には三星による【浴室 タイル破損につき足元注意】の札がかけられることとなった。
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