第8話 ツッコミてえ事は山ほどありますけどね。

「未来さん、いらっしゃいますか?」


 そんなことを考えていると、ドアの向こうからノックの音と三星さんの声が聞こえてきた。

 別れてから十分と経たずにやってきたけど、なにかあったんだろうか。


「はい、すぐ出ます」


 ともかくルクルとの会話を断りを入れて中断し、三星さんの待つ玄関口へと向かう。

 扉を開けると、三星さんは困った……いや、しゅんとした顔で立っていた。


「どうかしましたか?」

「寮あてに未来さんの荷物が届きました。寮内は学園関係者以外の立ち入りが制限されていますので、ひとまず倉庫に置いてあります。私がお届けしようかとも思ったのですが、私にはちょっと重くて……」


 なるほど……それで元気がないように見えたのか。

 他人の荷物でそんなことを気にやむ必要ないのに、律儀な人だな。

 だけど持ち上げようとしたけど重くて動かせない三星さんの姿を想像してみると、不謹慎だが可愛らしい。

 年上の女性に抱く感想としては失礼かもしれないけど。


「ありがとうございます、すぐ取りに行きますね。けど場所わかんないんで案内お願いしてもいいですか?」

「はい、もちろんです」


 ……おっと、忘れていた。

 扉を閉じようと手を掛けたところで、俺はそれに気が付いた。


「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「ああ、行ってこい」


 さらばの挨拶を残し、俺は今度こそ扉を閉めた。



 荷物が置いてあるという倉庫に向かうため、三星さんと並んで廊下を歩く。


「わざわざ呼びに来て貰って、すみません」

「いえいえ、こちらこそお役に立てないで……」

「あの荷物は女の子には重いですからね」


 気にしないでください、という意思も込めてはははと笑う。


「先輩らしいところをお見せしようと思ったんですけど……」

「いえいえ、もう充分お世話になってますよ」

「そうでしょうか……?」

「はい、ですからほんと気にしないでください」

「……そうですね。……よしっ、では気を取り直して案内させて頂きます」

「お願いします」

「先ほども申しました通り、荷物は他の寮生の邪魔にならないよう倉庫に仮置きしています。それと倉庫のついでに共有部の案内も一緒にしてしまおうかと思うのですが……お時間は大丈夫でしょうか?」

「大丈夫です」


 説明してもらう側として贅沢を言う気はないし、三星さんの部屋は三階だから何度も行ったり来たりするのは面倒だろうしな。

 一緒に済ませられるものは済ませた方が良いだろう。

 しかし何から何まで頼りっぱなしだな……三星さんには寮長という立場があるんだろうけど、それにしても良い人だと思う。

 いや、こういう人だからこそ任せられているんだろうな。


「それでは、まずこちらから」


 階段を下りた俺は、三星さんに案内され玄関から向かって左の扉に向かう。


「こちらが食堂ですね。基本的に朝食と昼食は学校側で用意して頂けますが、夕食に関しては休日以外だと寮生が交代で作ることになっていて、同じく寮内の掃除も交代で行うことになっています。しばらくは上級生と組むことになりますが、慣れてきたら基本的には同室の子と組んで行動してもらうことになっています」

「なるほど」


 実に面倒ですね、と心の中で付け加える。口に出したら困らせてしまうだろうから思うに留めるが。

 というかあのルクルと二人で料理したり掃除している俺の姿がてんで想像出来ない。


「食材に関してですが、調理場の冷蔵庫に有る物で足りない場合は、当日の授業開始時間までに必要な材料を申請すると学校側で用意して頂けます。食堂にあるタブレットからアクセス出来る専用フォームからオーダーすることになりますが、操作は当番になった時にお教えしますね。あ、もし申請を忘れてしまった場合は自分達で買いに行くか、余り物で作ることになりますので注意してくださいね」


「はい」


 玄関ホールに戻り、次は反対側に歩いて行く。


「掃除道具はこの用具室に入っています。こちらも詳しい話は実際に当番になった時に説明しますね」


 階段の下にある扉が用具室と。


「そして、こちらが浴場になります」


 風呂に続く扉はなぜかそこだけが和風なデザインで、それまでの両開きと違い引き戸になっていた。更には、“ゆ”の暖簾まで掛けられていて、今までに案内された寮内の全てが洋風だったことも相まって違和感がすげえ。

 三星さんはそれについて触れることもなく、脱衣所の中に入る。

 これもその内慣れるんだろうな。


 暖簾をくぐった先には数十のロッカーとそれに近い数の洗面台、そしてその全てにドライヤーが設置されていた。

 しかし風呂か。女子寮に男一人、お約束な展開だと入浴中にばったり鉢合わせして修羅場になるやつだな。

 だがラッキースケベが許されるのは空想の世界だけであって、現実でんなことをやっちまえば覗き間のレッテルを張られて即ゲームオーバー、真露に半殺しにされた後豚箱行きだろう。

 ……三星さんと舞子さんはなんだかんだ許してくれそうだけど、なんて俺の中の悪魔が囁いた気がする。


 そこを抜けて案内されたのは、玄関ホールと同じくらいの広さがありそうな風呂場だった。

 予想はしていたけど、こりゃまたとんでもないサイズだ。

 シャワーとかパッと見10セット以上あるし、浴槽のサイズも十畳くらいは有りそうだ。

 しかも驚くことなかれ、なんとそれが1つではなく2つ。

 そんな浴槽に面した最奥の壁は全面がガラス張りで、寮を囲う庭が景観になっていた。セキュリティが堅い女子高だからこそ出来る芸当だな……。


 つーかこの寮設計したヤツ絶対なんの建物かわかってなかっただろ。


「あ、お掃除なんですけど、例外としてお風呂場は、日中授業の間に業者の方がしてくださることになっています」


 なるほど。

 確かに風呂場の掃除って結構大変だからな。こんな銭湯と言われても通じるようなサイズだと尚更だ。

 というか待って、もしかしてこれ毎日お湯抜いてたりすんのか?

 ……するんだろうなあ、金有りそうだしこの学院。

 昨今のエコ思考に真っ向から対立してやがるぜ。


「入浴って何時までいけるんですか?」

「平日は夕方五時から朝七時までですね。休日や祝日は特に何かがない限りは二十四時間です」


 掃除中以外はいつでもってことか。

 そんじゃ日付が変わったあたりの時間帯に入るようにするか。そうすりゃ鉢合わせする可能性も低いだろう。

 ここをミスると一発でアウトだから細心の注意を以て行動しよう。

 なんだったら外の池で行水しても構わんけど悪目立ちしそうだしな。

 ……いや、それならいっそ十分だけでも良いから男子用の時間を作ってもらえるように、後で三星さんに相談しようか。


「次が最後で、外部から運ばれた荷物などを一時的に保管する倉庫です。これまででなにかわからないことや気になったことはありますか?」


 ツッコミどころは山とありますが、強いて言うのなら。


「いえ、ただこれはなにかのギャグなのかなと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る