第4話 女子寮に男とかどう考えても親が許さねえだろ、漫画かよ。


 その後、俺は学生寮―――手芸館と言うらしい―――の近くへと来ていた。


「案内だともうここら辺だけど、あの角を曲がったあたりか」


 先生と話していて言われたのだが、今から部屋割を変更することはできないらしい。

 そしてこの学園から実家までの距離は約300キロ。バイクでどう飛ばしても片道一日はかかる。

 実家からの通学は不可能だし、そもそも俺は寮があるからとここを受験したんだ。

 校則で原則バイトも禁止されてるから、部屋を借りようにも家賃を稼ぐ手段はなく。仕送りなんて貰うつもりもないから、つまり選択肢は残されていないわけで。

 覚悟を決めて寮に向かう。


「うお……」


 寮門を前にして、開口一番そんな言葉が口をついて出た。


「えぇ……たかが学生の寮にここまでするか普通……」


 校舎と同じく、中世の館みたいに左右対象で均等のとれたデザイン、築からそんなに経ってなさそうな白く綺麗な壁。素人目にも丁寧に手入れされているとわかるガーデンと、ちゃんと浄水されているんだろう透き通った池。


「学生の待遇じゃねえよ。経営陣はなに考えてるんだ」


 まるで高級リゾートホテルみたいだけど、その実これはただの学生寮で。

 学生のほとんどが超がつくようなお嬢様みたいだし、社交場の役割も兼ねてるんだろうけどさ。

 それでも、まるで異世界に来たような違和感が拭えない。

 唯一の男ということを除いても浮いてると思う。

 俺、今日からここに住むんだよなあ……。

 本来であれば女の子限定の秘密の園。それも掛け値なしのお嬢様が住まう場所だ。


「今更だけど、知らず知らずとはいえ大変なところに入学しちまったな、でも」


 ぱしぱしと両手で頬を叩いて気合を入れる。


「うだうだ言ってても仕方ないし、いくか」


 思い切りの良さは履歴書にも書ける俺の長所のはずだ。

 寮長が出迎えてくれるらしいから、待たせるのも忍びないしな。


「たのもーっす」


 扉を片手ですーっと押し開く。

 見た目通り建て付けのいい扉は、音もなくスムーズに開いた。


「……うは」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。

 外装と同じく白や黒、シックな色合いの調度品で揃えられた玄関ホール。外見はともかく、内装は学生寮らしい作りだろうとタカをくくっていた分、その衝撃は大きかった。

 マジで何処の国のホテルだよと突っ込みを入れたくなるくらい豪華な造りだ。

 壁に絵画がかかってたり壺が置かれていたり、学生寮とはとても思えない。


「お……靴箱か。ますますホテルみたいじゃねえか……俺のもあるな」


 倉井未来と書かれたネームプレートを見つけ出し、そこに用意されていたスリッパに履き替える。

 靴箱に鍵がないってことは、よほど生徒を信頼しているのだろうか。

 まぁ良いか、画鋲なんざ今更怖くもねぇし。


「あなたが倉井さんですか?」


 スリッパに履き替え、ホールで絵画を眺めていると、ショートカットの女性が階段から降りながら声をかけてきた。


「あー、倉井未来です。貴女は?」

「はい。手芸館の寮長を務めている、三星みつほし 星座せいざです」

「寮長さんですか、どうも。これからお世話になります」

「はい、よろしくおねがいします。……ふふっ、大変ですね」


 三星と名乗った女性は、俺の顔を見てにっこりと笑った。

 本人からすれば笑いごとじゃないけどな。


「私がこの寮に来てから初めて……いえ、この学園始まって以来のことでしょうけど、寮の子達にもいい刺激になると思っていますよ、ここの子達は私も含めて同年代の男性と関わる事が少ないので。……あ、まずはお部屋に案内しますね。ルームメイトの子は了承済みなので安心してください」


 女の園に一人異物が混じるんだし、もっと排斥されるかと思ったけど、三星さんの反応だとあまり拒否はされてないのかな。

 というかマジか。同室の子男と相部屋でオッケーしたのか。

 いや部屋割りを変更できないって言ってたし、泣く泣くとかだと洒落になんないぞ。

 ……うん。せめてあまり干渉しないように気は使おう。

 最悪寝に帰る場所として使えれば問題ない。


「ありがとうございます」


 ともかく礼を言い、三星寮長の後に続く。


「一階は共有スペースになっていますので、荷物を置いた後に案内しますね」


 階段を上がって二階、長い廊下を突き当たりまでの半分ほど歩いたところで、三星さんが立ち止まったのでそれに倣う。


「ここが倉井さんの部屋です」


 『倉井未来』、それに『鹿倉衣ルクル』と書かれた名札が掛けられている。


 鹿倉衣ルクル……変わった名前だな。


 でも、よく見れば同じ『クライ』だと親近感。どんな人だろうか?

 まあ間違いなく運はないよな。


「こんにちは、ルクルさん?」


 こんこんこん、と三星さんが扉をノックし、部屋の中へと声をかける。

 ……反応はなし。


「居ないみたいですね」


 困った風な三星さん。


「勝手に入っちゃ不味いですよね?」


 いくら同じ部屋に住む事になるとはいえ、相手が女の子なら尚の事、最初はその子の居る時に入るべきだろう。

 荷物……と言っても鞄一つだけど、置きたかったけど仕方ないな。


「うーん……それでは、よろしければルクルさんが帰ってくるまで私の部屋に来ませんか?」

「……俺は良いですけど、先輩の方こそ大丈夫なんですか? 初対面の男を部屋にあげても」


 警戒心の薄い人だな……。

 俺がとんでもねえゲス野郎だったらどうするつもりなんだ?

 三星さんはさっき、ここの生徒は同年代の男と接する機会が少ないと言っていたが、それにしても無防備すぎるんじゃないか。

 思春期の男とか九割狼だぞ。


「ふふ。そういうことを気にされる人が悪い方だとは思えませんので。それに部屋にあげるというならば、この寮に住まわれる時点で変わりありません」


 と笑う。


「なるほど、それもそうですね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る