第2話 たぶん、きっと、大丈夫なんじゃないかな?


 真露が少女と俺の手を取り、校舎へと歩いていく。


「お、おい、私は―――」

「サボるのはよくないんだよー?」

「いや、私はまだ―――」

「そもそも俺は学校辞―――」


 俺と少女、どちらにも言い切らせてくれない真露。

 戸惑いを浮かべる少女の顔を見て、すました顔がこんな風に歪むのは嫌いじゃないななんて呑気に思いながら、気がつけば校舎のそばまで連れてこられていた。


「あの、真露さん?」

「なにかな?」

「いえ、そろそろ手を離して欲しいなあなんて。そんながっちり掴まなくても、とりあえず逃げないし」


 というかその身体のどこにそんな馬力が詰まってるの? 胸?


「ほんと? あと変なこと考えてない?」

「ほんとほんと。つか俺はともかく、そいつ離してやらないと」


 人に引っ張られて走るのは結構しんどいんだ。見た目からして体力のなさそうなこの少女には辛いだろう。


「あ、ほんとだ。大丈夫?」

「……大丈夫じゃない」

「ご、ごめんね? でも、サボるのはよくないんだよっ」

「だからさっきから何度も説明しようとだな……」

「あー、そういえばさっきから何度もなにか言いかけてたな」


 まあ、すべて真露が封殺していたわけですが。

 俺はこいつに振り回されるのに慣れているから問題ないが、ちょっと可哀そうになったので助け舟を出す。


「そもそも私はまだ入学していない」

「入学してない? どういうこったそれ、制服着てるじゃねえか」

「あ、もしかして中等部からの子?」

「そうだ」

「んん?」


 話が見えない。中等部上がりだから何だと言うんだろう。


「それじゃあ明日からだね、学校。でも、それじゃあどうして制服まで着てあんな所に居たの?」

「この服のデザインを気に入っていて、あとはただ暇だっただけだ」

「うーん、それじゃあ悪いことしちゃったかな。こっちまで連れて来ちゃって」

「いや……寮もこっちだし別に構わないさ。言った通り理由があったわけでもないしな」

「寮生なんだ。それもそっか、じゃないと用もないのにこんなとこまで来ないよね」

「あー、よくわかんないんだけど説明プリーズ」

「えっとね、うちの学校には中等部から一貫で上がって来る子と、私達みたいに受験をして入ってくる一般入学の二種類があるの。私達は学園の説明とかで今日から始まってるけど、中等部からの人達は明日入学なんだよ」

「へえ。真露お前、物知りだな」

「これくらい、学園のパンフレットにも載ってるよ?」

「んなもんちゃんと読んでたら女子校に入学してねえよ」

「……それもそっかあ!」


 ぽん! と手を叩き納得するアホの子真露。


「そうそうそうなのよっと。で、寮ってのは?」

「なに言ってるの、みらいちゃんも今日から寮生じゃない」

「えっ、なんですのそれは」


 ……あー、いや待てよ。そういえば寮があって実家から遠いって理由で俺はこの学校受けたんだっけ。

 女子校っていう事実に上書きされて忘れてた。


「…………あれ」


 ということは、俺の部屋ってどうなるんだろうか。


「なあ真露。俺が思うに学生寮っていうのは、だいたい個室じゃなくて相部屋だよな?」

「うん、 そうだよ?」

「そんで言うと、この学園、男子俺だけだよな?」

「うん。……あ」

「……いや、でも、そんなまさかなあ」


 真露も俺の言いたいことがわかるのだろう、だよねーあははーと笑いあう。


「男子と女子が同じ部屋に割り振られるわけないよなあ」

「そうだよっ!」


 真露と二人で、ここが女子高で俺は女子だと思われていた事実から眼を逸らす。

 ……考えるのはやめておこう。なるようになるだろう。ならなければ、その時は当初の予定通り出て行けばいいし。

 学園側から追い出されるなら、流石の真露さんも納得してくれるよね?


「わたしはちょっと用事があるから先に行くけど、みらいちゃんもちゃんと教室に行ってね? いい? わかったよね?」


 ……首を縦に振らないと動きそうにないな。それに、退学届が受理されてないということは、行かなければ無断で抜けだしたことになってしまうわけだ。

 それはなんとなく嫌だし、転校するとしても内申書に響きそうだ。


「わかったわかった、もういいから用事とやらに行ってこい」

「うん、じゃあねっ」


 約束だよーっ! と走り去る真露を見送った後、何も言わずに俺の横に立っていた少女が口を開いた。


「―――なあ、あのお人形さんというのはどういう意味だ?」

「さあ?」


 おまえが人形みたいに綺麗だからじゃねえの、とは口にする気にはなれなかったので、俺は短くそう答えた。

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