第1話 ―――あるいは、出会いの季節。

「じゃあな」


 別れを口に出し、校門をくぐり敷地を抜ける。


「―――いや、待て。おまえはどこに行くつもりだ?」


 もう二度と敷居を跨ぐこともないだろうな……とセンチな気分に浸っている俺に、背後から声がかけられた。

 立ち止まり、声のする方に顔を向ける。

 そこには、校門の柱に背中を預け流し目でこちらを見る少女が立って居た。

 歳の頃は俺より少し幼いくらいか。あどけなさが残るものの、顔立ちは文句なしに美少女の部類に入るだろう。

 桜を散らす風が、それと一緒に少女のウェーブがかった長い髪も揺らしている。

 その西洋の人形を思わせる上品な造形に、思わず目を奪われた。


「―――」


 きらびやかな衣装に身を包むその姿が、この場の空気と合間って、まるで絵画から抜け出した貴族のようだと錯覚してしまいそうになり、思わず息をのむ。

 ギリギリで踏み止まれたのは、あれはドレスでもなんでもなくこの学園の制服だということを俺は知っているからだ。


「入学早々にサボりか?」

「……まあな」


 少女の容姿に圧倒されている自分を表に出さないように勤め、返事を返す。


「倉井未来……か」

「なんだ、あんた俺の名前知ってんのか」

「ここでお前は有名人だからな」


 何処か含んだような笑い声をあげる少女。


「入学してまだ一日目だぞ」

「……生憎と俺はこんな状況に適応できるほど狂ってねえからな」

「こんなところに入ろうとした時点で十分イかれてると思うが?」

「運命のイタズラとアホくせえすれ違いとささやかな悪意の結果だよ」

「ふぅん? まぁ、止めはしないが……それに、私が止めるまでもなく、なにか来たようだしな」

「?」


 なにかってなんだよ? と少女の顔を眺めていると、校舎の方からだっだっだっと音が聴こえてきた。音のする方へ目をやると、二つの球体がぼよんぼよんと揺れながらこちらに向かって来ている。

 呆れるしかないサイズのそれは、痛くねぇのそれ?と言いたくなる勢いで揺れていて。けれど本人はまったく意に介していないのか構わず走って来る。


「みらいちゃ~~んっ!」


 すわ、突っ込んでくるか! と思ったところで、球体の主は直前に踵でブレーキをかけて立ち止まる。無理にブレーキをかけたせいか、球体が一際大きくぷるんと震えた。

 よほど全力で走ってきたんだろう。息を切らし、なにか言いたそうに肩を上下させ、そしてその度に、メロンじみたそれも揺れていた。それはもう盛大に。


「みらいちゃ、ひど、ひどい、よっ……!わたし、に、な、なにも言わないでやめちゃう、なん、てっ……!」


 とぎれとぎれに言い切ったおっぱい。


 なにかを訴えかけるようなくりくりとした大きな瞳に上目遣い、小動物的な保護欲を掻き立てる幼気なルックス、しかして胸部に取り付けられたパーツはそれらに不釣合いなサイズの特大メロン。並の男ならノックアウトされるであろうそれを前に、しかして俺は。


「オレ、オマエ、キライ」


 と、冷静に言い切ったのであった。


「え、えぇ~~~~!?」

「だっておまえ、俺がここ受けるっつった時女子校ってこと教えてくれなかっただろ」

「だ、だって、いつもの冗談だと思ったんだもんっ!」

「あほう、まるで俺がいつも冗談ばっか言ってるキャラみたいじゃないか、人に誤解されるだろうが」

「ううぅ~~!だってぇ~~!」


 このおっぱいこそが、さっき言った『ささやかな悪意』その人である。

 同じ所を受験するというのに、俺にこの学園―――【聖・クラフト学園】が女子校であることを隠していた張本人、笹倉さくら真露まつゆだ。


「隠してないよぅ! それに、それを言うなら先生達にも問題があったじゃないっ!」


 そうだ。

 うちの学校の教師共は俺の志望校に何の疑問も抱かず願書を提出させ、クラフトの教師共はそれを何の疑いもなく受理したのだ。

 これが運命のイタズラ。


 そして入試の日。

 試験官の教師が俺の方を向いた時に限って、俺が答案のため俯いていたせいで一度も合わせなかった。

 これがアホらしいすれ違い。


 ある? そんな事ある? 仮にも名門女子校の入試がそんなにザルで許されるの?

 あと真露、人の心の声を読むんじゃないぞ。

 ……まあ、信じらない話ではあるが現実として俺はここに立っているわけで。しかし女子校に男が紛れていて平気なわけがなく、初日の顔合わせの時にひっかかりましたとさというのが事の顛末。

 そもそも女子と一緒に並ばされた時点でなんかおかしいと思ったんだ。いや、それ以前に選べる制服がスカートとズボンタイプがあるとは言えど、妙に女物っぽいデザインしか選択肢にない時に気づくべきだった。

 そういう校風なんだな、とか思っていたあの頃の自分を力の限り殴ってやりたい。


「どんな面白い男かと少しは期待していたが、期待外れだな」

「あん?」


 なんだ? と詰め寄ろうとしたその時、チャイム代わりの鐘の音が鳴り響く。


「ほ、ほら、もうすぐホームルームが始まっちゃうよ? 退学届けは先生に言って、ひとまず保留してもらえるようにお願いしてきたから、戻ろう? ね?」

「は? 戻らねえよ。俺は今から編入先を選別せにゃならんのだ」

「―――ね?」


 ああ有無を言わさぬ幼なじみスマイル。怒ってる。それはもう怒っている。マジ怖い。そしてなにより逆らえない我が身が怖い。アレは相当にキてる時の顔だ。

 張り付いた能面のような笑顔、ついでに眼のハイライトが消えている。怒られる謂れはないはずで、どちらかというと俺も被害者のはずなのに、そんなことは関係無いと言わんばかりに圧力をかけてくる。

 そんな幼なじみは、ずっと壁にもたれかかりながら冷ややかにこちらを眺めている少女に気付いたのだろう、あろうことかそこで余計な一言。


「お人形さんも、次の時間が始まっちゃうよ?」


 と、声をかけた。

 そうして始めてお人形さん しょうじょは表情らしい表情を浮かべてこちらを見た。

 その顔を一言で現すなら、そう


「―――は?」


 そうそう、まさしくこんな感じだった。

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