おでかけ編4
青い空。白い雲。打ち寄せる波。待ち受ける砂浜。
そう、ここは──。
「海ぞ!!」
海である。
「おお! 海! 海!」
そして案の定大喜びの武士である。早々に靴と靴下を脱ぎ捨て、海に向かって走り出した。
「熱い! 砂浜まっこと熱い!」
ポップコーンが弾けるみたいに、ピョンピョン跳ねている。10月上旬にして最高気温30度を叩き出す予定の本日。さもありなんだろう。
それでも果敢に海に挑む武士を、私は奴の靴と靴下を拾いつつ眺めていた。
「波! ざぶんと! 来ておる波!」
早速足を波打ち際に浸してご満悦である。波を蹴り、波を追いかけ、波に追われ、砂に足を取られ、
「ぶぬぉっ!!」
唐突にすっ転んだ。
「塩気が多い!!」
少ねぇはずねぇだろ。海だぞここ。
「カニおらんか、カニ」
だが一度転んだら色々どうでも良くなったようで、四つん這いのままカニを探し始めた。それが少し面白かったので、私も武士の所まで歩いて行く。
10月でもカニはいるんだろうか。イソガニだったら、素揚げにして食べられるけれど。あれは酒のツマミにいいだろなぁ。
「食べるとか残酷なことを言うな。カニ蔵は家で飼う」
取ってもねぇのにもう名前つけてやがる。さっきまで魚頬張ってたくせに。
「カニ蔵ー」
クラゲのがまだいるんじゃないだろうか。
まだまだ武士はカニを探すつもりのようだったので、よっこいしょと上体を起こす。青と青の間にある水平線はくっきりとしていて、キラキラと輝いている。目を凝らすと、遠くに船があるのが見えた。
……この景色も、武士の知る海とは違うのだろうか。そんなことを、ふと考えた。
「カニおらぬ」
足元では武士が残念そうに言う。くれぐれも、カニを取りにここに来たわけではない。
「ぶわっくしょん!!」
だがでっかいクシャミが聞こえては放置もできなかったので、しゃーなしにタオルを渡してやった。
まあ大丈夫だよ。こんなこともあろうかと、ちゃんと替えのジャージは持ってきてるから。
「ふんどしも濡れたのだが」
ふんどしは持ってきてねぇな……。
「ぬ。ではそのタオルを貸してくれ。どうにか巻いてみる」
それはなんかやめろお前。
少々言い合ったものの、一旦武士を海に残し私が車でパンツを買ってくることで手打ちとなった。重ねて言うが、こんなことの為に海に来たわけではない。
だが、適当な店で一番安いパンツを買って、私が海へと戻ってきた時──。
武士の姿は、どこにもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます