おでかけ編5
最初は、ただ自分が場所を間違えただけかと思った。でもそうじゃない。ちゃんとここで合っている。
武士を呼ぶ。しかし犬みたいなノリでやってくるだろうとの予想は外れ、私の声は広大な海の彼方へ飲み込まれるだけだった。
いや詩的な表現してる場合じゃないな。武士ーっ! 武士どこーっ!? パンツ買ってきたぞー!!
捜索を続ける。片手には武士用のパンツを引っ提げ、歩きにくい砂浜をえっちらおっちら。しかし、歩けど歩けど奴の姿はとんと見当たらない。
だんだんと焦ってくる。……まさか、濡れたふんどしが気持ち悪くて脱いだところを通報されてないだろな。突然の高波にさらわれてないだろうな。誰かが掘った落とし穴にハマってないだろうな。
江戸に帰ったんじゃないだろうな。
最後のは望むところだ。ニンテンドースイッチ持って帰れなくて残念だったな。あと増築を重ねられ、今やちょっとした邸宅になってるシルバニアちゃん達。エレキテルの数々。
……事前に言ってくれりゃ、菓子折りぐらいは持たせてやったのに。
……。
立ち止まって、海を見る。捜索を諦めたというよりは、シンプルに足が疲れてきたのだ。
海は穏やかなもので、相変わらずキラキラと太陽の光を反射させている。だが出身地の影響だろうか。私は昔から海が怖かった。
好きは好きなのだ。けれど一方で底知れない怖さがあって、いわゆるオーシャンビューな土地にはとても住めないなぁと常々思っていた。
……武士は、海が好きそうだったな。そういや見たことはあったんだろうか。少し気になるから、聞いておけばよかった。
さて、立ちっぱなしも案外疲れるものだ。結構探してやったし、そろそろ帰るのもいいかもしれない。まあ武士の情けとやらで、道中警察署に寄ってやるぐらいはしてやっても……。
「ぬうううううーっ! 某、じゅうしょとか言われても分からんのだーっ!」
……。
「でもちゃんと家には住んでおるぞ! 大家殿の家だ! ……場所の名前? 名前は分からん! すまぬな!」
……。
武士が、いた。
多分、あそこで警察服を着た二人に詰め寄られているのが武士だろう。そんな気がする。
……。
「ぬおっ! 大家殿! おーおーやーどーのーっ! ちょうど良い所に来た! 彼らに某のことを説明してやってくれ!」
クソッ、見つかった。こっそり帰ろうかと思ってたのに。
相手が武士だけなら全力で走って帰ったろかと思ったが、警察がいたのではそれもできない。渋々武士の元へと向かった。
すいません、コイツと一緒に暮らしている者です。なんかあったんですか?
「いえ、したというほどのことではないのですが。泥まみれのちょんまげさんが浜辺を歩きながら時々股間を覗き込んでいたので、少し不審に思い職務質問をしたのです。すると、住所が分からないと言うものですから、少々お話を……」
ああ……。
「否! 某ちゃんと言ったのだぞ!? 下から三番目、一番隅っこの家だと! あと近くには木があって……!」
そういうの住所って言わねぇんだわ……。いや、伝えてなかった私も悪いんだけど。
すいませんね、ご迷惑おかけして。泥まみれなのは海ですっ転んだからで、股間を覗き込んでたのはふんどしまで濡れたからです。私の住所で良ければお教えしますが。
「ありがとうございます。……ああー! あなた、あの武士の保護者の方ですか!」
あの武士の保護者??? 何、有名なの???
聞けば、彼は例の煮物の警官さんの後輩だそうだ。時々ご飯に行く際に、私と武士のことが話題に上がることもあったらしい。
そして、もし会うことがあれば色々大目に見てやってほしいとも言われたのだとか。
「勿論犯罪行為は見逃せませんけどね。ですが、一人こそこそと濡れたズボンを気にするぐらいなら目をつぶります」
ほんとすいません……。
「ぬ、大家殿、なんと地味な下履きを買ってきたのだ。某、もっとぎんぎらなのが良かったぞ」
お前は口縫い合わせて一生「ぬーぬー」しか喋れなくしてやろうか。
ということで、無事武士を回収することができたのである。車内でパンツを替えて、武士もホッと一安心だ。
さて、今日はもう疲れたし、あとはまっすぐ家に帰るだけ……。
「銭湯寄りたい!!」
それは大賛成ー。
プチ旅行、もうちょっとだけ続くんじゃ。
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