ムカデ

 梅雨に入りました。

 例年に比べるとかなり早いそうですね。これには流石の武士もびっくりなようで、「じとじとする」とか言いながらカタツムリを指でつついてツノを縮こまらせていました。


 で、今朝。いつも通り私が出社しようと、玄関の戸を開けて傘を手に取った時(うちの部屋はアパートの隅にある為、なんかいい感じに外に傘を置けるのだ)。


 ぽとり、と。


 傘から、何かが落ちた。


 地面をよく見る。




 ――ムカデが、這いずり回っていた。




「何事っ!?」


 風呂覗かれたしずかちゃんみてぇな私の悲鳴に反応した武士が、竹刀片手に飛び出てきた。が、弾みでムカデを踏みそうになり、それを見た私はまた「きゃーっ!」と叫んだ。

 悲鳴を上げるいい歳したリーマンと、竹刀持ったちょんまげ、そしてコンクリの床をそそくさと這うムカデである。朝からカオスの極みだ。ここが世紀末か。


「ただのムカデではないか」


 そして全ての真相にたどり着いた武士が、呆れたように私に言った。うるせぇ、ムカデが嫌いで何が悪いよ。


「悪くはないが、大家殿は田舎の生まれなのだろう? ならば多少なりとも虫には慣れておらんといかんではないか」


 それさ、杉の名産地に生まれ育って花粉症になった人に同じこと言える? 言えないだろ? 私だって同じだ、虫見過ぎて逆にアレルギーになってんだよ。


「だがムカデぐらいなら共に生きていかんと。虫を嫌う為に、木々を残らず伐採するわけにはいかぬのだから」


 言われなくても知ってるよ。私だって、泥棒が嫌いだから全人類滅ぼそうとは言わない。

 でも、嫌う。ただただ嫌う。蛇蝎より嫌う。それだけ。


「むむう……これでは到底、大家殿と虫の溝は埋まりそうにないな」


 それでもいい。虫は森で、私はタタラ場で暮らそう。


「ともに生きよう」


 バカやめろバカ。アシタカさんのセリフそこまではいらねぇんだよバカ。


 で、ムカデはそんなやりとりをしている内にいなくなってました。無事森に帰ってくれてることを祈りますが、しばらくはドア開けるたびビビるんだろうな、私。もういや。

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