煮物と警官殿

 自炊警察という文言を、最近見た気がする。なんでもこの時勢下、他人に自炊を要求してくる人のことを指すのだとか。

 それ自体はまあ、暇な人間がいるものなのだなぁと思ったのだけど。


『煮物を作り過ぎたのですが、ちょっと食べてくれませんか』


 例の警察官のお兄さんからそんな連絡が来た時には、「ああ、これこそが自炊警察だよな」と深く納得したものである。


「煮物!!!!」


 そして食べるの大好きな武士が飛んできた。食いつくな食いつくな。ソーシャルなディスタンスを保て。

 で、なんでしたっけ。煮物でしたっけ。ありがたいですが、どうしたらいいですかね。

 そうメッセージを送ると、すぐに彼から返事がきた。


『実は家が近いんで、よかったら今から行きます』


 流石におかずをいただく身でそこまで御足労いただくわけにはいかない。よって私は、警察官さんのご自宅まで伺うことにした。


「某も行く!」


 武士とタッパーを携えて。


 警察官さんの家……というかアパートは、私のアパートから歩いて五分のところにあった。いやマジで近いな。

 しげしげとアパートの外観と、彼の住所をメモしたスマートフォンを見比べる。……つーか、ここってことは、まさか……。


「大家殿の大家殿が住んでおるアパートだな!」


 そうなのである。警察官さんが住んでいたのは、私の住んでいるアパートの管理人さんが経営するアパートの一つだったのだ。

 何その偶然。


「煮物!」


 ともあれ私と武士は、警察官さんのお宅へ突撃した。最近は、あんまりアパートとかに表札も出さないよね。部屋番号を頼りに一つのドアの前に行き、呼び鈴を押す。


「はーい」


 軽やかな声と共にガチャリとドアが開く。瞬間、私は一歩後ずさった。

 出てきたのは、例の警官殿ではない。すげぇイケメンのお兄さんだったのだ。


「どちら様? うちに何か御用です?」


 イケメンのお兄さんは、へらっと整った顔を崩して笑う。警戒心を抱かせない絶妙な表情だが、部屋を間違ったらしいこちらとしては気が気ではない。あわあわとしながら、私は何度も部屋番号とメモを見比べていたのだが。


「某らは警官殿の友人である! 此度は煮物を頂戴しに参った! よろしく頼む!」


 コミュ力がぶち抜きで高い武士は、強かった。


「警官殿? あー、お話しは聞いてます。煮物の件ですよね。上がっていきます?」

「良いのか!?」

「狭いのでソーシャルな距離は取れませんが」

「ぬう、それはまずいな。ではたぱぁを預けるが故、これに煮物を分けてもらえんだろうか」

「たぱぁ? あ、タッパーのことですね。オッケーです、ちょっと待っててもらえます?」


 そう言うと、イケメンさんは武士からタッパーを受け取りドアを閉めた。

 取り残される私と武士。中からは、さっきのイケメンらしき鼻歌がうっすらと聞こえてくる。


「……警官殿は、どうしたのだろうな」


 ほんとにな。話が通じてるってことは、彼のご自宅で間違いないのだろうけど。


「お待たせしましたー」


 そして、イケメンさんが出てきた。その手には、みちみちに煮物が詰まったタッパー。それを見た武士は大喜びした。


「おお、感謝いたすぞ! これで今宵の飯は豪華なものとなる!」

「そこまで言ってもらえると、友人事ながら嬉しいですね。本人にも伝えておきます」

「しかし、肝心の警官殿はどうしたのだ? 姿が見えぬが」

「さっきあなた方を迎えに行くって出てったんですけどね。どこかですれ違っちゃったかなぁ」

「むむ、ではまた改めて礼に来るとしよう」


 なるほど、警官殿には結局御足労をかけてしまったようだ。後で詫びの電話でも入れねばならない。

 そうして、我々一行は警官殿の友人であり、突然の武士にも動じないイケメンさんに別れを告げ、煮物と共に自宅に帰ったのである。

 いやぁー、それにしてもイケメン過ぎるご友人がいたものである。警察官さんと一緒に住んでいるのだろうか。いや、そんな話はついぞ聞いたことはなかったが……。


「煮物大層うまい!」


 だがそれら疑問は、旨すぎる煮物により一瞬で掻き消えた。みんな知ってる? 旨すぎる食事は記憶無くなるぞ、マジで。

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