風邪?

 今日は、朝から曇り空だった。

 ベランダから人通りを確認した武士は、嬉々として早朝ランニングへと出かけていく。

 私が止めるのも聞かずに。


 そして、その数十分後。


 ――突然のどしゃ降りに全身をずぶ濡れにした武士が、玄関に立っていた。


「……」


 ……うん。

 おかえり。


「……雨は昼からと言っておったではないか、大家殿ぉ……」


 知らんがな……。

 恨むなら私じゃなくてお天気お兄さんを恨みなさい。ほれ、タオル。


「ぬぅ」


 タオルで体を拭き、そのまま風呂へと向かう。

 

 しっかり温まったはずなのに、シャワーを浴びた武士は季節外れの毛布にくるまって、プルプルと震えていた。


「寒い」


 おやおやー。


「風邪をひいたかもしれん」


 潜伏期間短ぇな。まあ私は会社に行くよ。昼飯は冷蔵庫に入ってっから、適当にチンして食べなさい。


「玉子酒ぇ」


 企業戦士に甘えんじゃねぇ。いや、甘えてんの? お前それ甘えてんの? 色鉛筆で私をつつくな。

 とにかく、風邪っぽいなら今日はゆっくり寝て過ごしなさい。絶対外に出るなよ。


「大家殿……」


 何。


「……タコ助とどんぐり殿とにぼし殿を取ってくれ……」


 ああ……心細いのか。

 うん、いいよ。ほれ。


「……」


 武士のご家族を渡すと、ヤツはそっと布団から手を出して受け取った。

 いそいそと自分の隣に並べ、満足げに頷く。


「うむ」


 ……お前が幸せなら、もうそれでいいよ。


 かくして私は、ごくごく普通に出社したのである。




 そして結論から言うと、武士は風邪じゃなかった。一時的に体が冷えてしまっただけだったらしい。

 武士は、運動した後にぐっすり眠ったお陰でバリバリ元気になった。


「よくぞ戻ったな大家殿! 今日はすこぶる体の調子が良いので今から某が飯を作ってや……ぬわあああああ!! 米櫃が!! ひっくり返った!!」


 コイツは、少しぐらい体調が悪い方がいいのかもしれない。

 散らかりきった米粒を見て、私はドアを閉めたのである。

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