ちょんまげ危機一髪

【武士 ちょんまげ 結える 美容師】


 そんな不本意な検索履歴が出来上がることとなった理由は、昨晩に遡る。







「のわぁぁーーーー!!」


 武士の雄叫びが夜の風呂場から聞こえてきた。

 またシャワーの温水と冷水を間違えたのだろうか。いい加減にしろよお前。


 心の中で悪態をつきつつ無視していたのだが、叫びはそれだけで終わらなかった。


「止まらぬ! 泡が止まらぬ! 大家殿ーーーーっ!!」


 え、泡?

 なんで泡?


 心配より圧倒的に勝る好奇心で風呂場の戸を開けると、頭部を泡まみれにした武士の姿があった。


 何してんの?


「その……この、 “ しゃんぶぅ ” とやらをな、使うてみようと思って……」


 シャンプーが目に入って痛いのだろう。目をつぶったまま、武士は私の方を向いて弁明した。


「するとな……泡が止まらんのだ。そういえば某、どれほどの量を使うのか分からず、できるだけ頭を覆うよう液を足した。すると、もう、湯を浴びても浴びても泡が止まらず……そればかりか増えるばかりで……!」


 シュールな光景に反して武士は涙声である。本当に途方に暮れているのだろう。



 クソッ……コイツときたら……!



 なんでこんな夜更けに面白い事をしやがるんだ……!!



「大家殿ーーーーっ!!」


 仕方ないので、泡が消えるまでひたすらお湯で流してやることにした。




 そうしたら、髷がボロボロになった。




「……大家殿」


 いや、私は結えない。結えるわけないだろ。一般現代日本人だぞ私は。

 そんな雨に濡れた子犬のような目で見るんじゃない!





 そうして、上記の検索に戻る。


 なんというか、昨日から武士の元気が無い気がする。ちょんまげにテンションセンサーでも付いていたのだろうか。

 ともかく、こっちのも調子も狂うので早くなんとかしてやりたい。


 そんなガラにも無い事を思っていた時だった。


「……枕」


 あ? 枕?


「某は、初めてこの枕というものを使った」


 ぼそりと呟いた武士の一言に、その真意を考える。


 ……そういや今までは、髷が邪魔するからってバスタオル巻いたものを枕にしてたもんな。


 うん。


 それがどうした。


「……顔を埋めたら、どこまでも沈んでいくのだ。まるで頭を雲に乗せたような……」


 うん。


「夕べは髷が乱れて悲しかったのに、とてもよく眠れた」


 うん。


「……髷を結ったら、またこの枕は使えなくなるのか……?」


 うん。


 その枕は使えないな。


 そう言うと武士はとても葛藤する様子を見せたが、私は構わず続けた。


 ――だがね、大丈夫だよ、武士。

 そんなお前に渡したい物がある。


 そして、押入れに隠していた穴あきクッションを差し出したのだ。


「……!? 大家殿、これは……!?」


 これなら穴の所にちょんまげ入れりゃ、普通の枕として使えるだろ。


 そう言うと、武士はしばらくぽかんと口を開けて私を見ていた。

 が、すぐに座り直すと、私に深く頭を垂れる。


「大家殿! 其方の優しき有り様、なんとかたじけなきことよ! 某に宿や食をくれただけでなく、かようなものまで授けてくれるとは……!」


 大袈裟だねぇ、お前は。

 ただのクッションじゃないの。


「いや、其は、其の寝方を慮ってくれる大家殿の優しさに心を打たれたのだ。くっしょんのみ嬉しいのではござらん」


 そういうもんかね。

 まあ、喜んでくれたなら何よりである。


 では、髪結い床に行こうじゃないか。一人、「なんとかちょっと頑張ってみます」と言ってくれた人を見つけたんだ。



 それを聞いた武士はなんだか泣きそうな情けない顔をしていたが、それでもすぐに立ち直ると、いつもの癖なのかニット帽をかぶって準備したのであった。

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