第2話 同僚、から母親へ
ここでの仕事は大きくフロアーとキッチンに分かれている。特にフロアーの仕事内容は、飲み物等のオーダー提供から相席の案内まで接客全般を行う仕事のため、もっともハードでもっとも店にとって重要な仕事だった。彼女もその業務から始まった。必然とキッチンでの仕事をしている人とも関わる。例外なく、僕もその一人だった。
「あのグループ上手くいっていなさそうですね」
「確かに。どちらかお手洗いにでも立った時に様子聞いてみて」
もともと何度か飲食店での勤務経験もあるからか、周りがよく見えている人だ。一方で仕事が終われば、プライベートなこともオブラートに包むことなく、よく喋る人だった。
「その金髪、派手ですね。似合ってていいと思います。」
「最近できたあそこのキャバクラめっちゃ楽しいらしいですよ、行きました?」
「いやー昨日は夜泣きが酷くて寝不足です。しょーがないんですけどね。」
「実家でまだみてもらえるからいいんですけど、今が一番大変ですね。休みの日はかかりっきりです。」
深くは聞かなかったが、同僚が気になって聞いたらしい。聞いてもいないのに話題にしてきた。子どもがいるようだ。歳いくつだっけ。そんなことをぼーっと考えながらピーチウーロンを3つ作って忙しくもないから自分で持っていく。
「今日もいらっしゃいませ。いい男いました?」
接客をしている時は余計なことを考えないで済む。この人たちはもう何度も来てくれていて顔なじみだ。
「いないよー。今日もしばらくいるから話し相手つきあってよ。てかさ、あの新人の子、かわいいよね。こんなとこで働いてて彼氏いないのかな。それか訳アリとか。」
「僕はあんまり話していないのでわからないですね。直接聞いてみたらいいと思いますよ。結構話すタイプみたいなんで。また、来ます」
女の人ってどうしてこんなに勘が鋭いのか、そして話題にするタイミングもなぜ今なのか、不思議でしょうがない。
居酒屋ではないため大したメニューはないが、まかないは一応あった。最近新メニューとして店頭に並ぶタコライスをお客様に提供するよりは簡潔に手早く作り、今日もその人の目の前に出す。
「わー、いつもありがと。意外と料理上手いよね。若いのにすごいじゃん。あ、今日はウーロン茶ちょうだい。」
無邪気な子どもみたいな、くしゃっと笑う顔が好きだ。それを見るとちょっとだけ元気になる。男って単純だ。グラスに氷を入れて少しだけマメにマドラーで回して冷やして、ウーロン茶を注ぐ。それを一口飲んでタコライスを頬張った後、話しかけてきた。
「ここに来る人達ってみんな相手がいないから来てるのかな。話しかけられすぎてキャバクラとかスナックみたいで、何の仕事してるかわからなくなる。」
「さあ、何の仕事なんですかね。でもかわいいから話しかけてくるんだと思いますよ。」
「じゃあさー、君は彼女いるの」
何のじゃあ、なんだ。その前の会話なんて全く関係ないじゃないか。ちょっと前に別れたことを伝えると意外そうに、
「じゃあさー、連絡先教えてよ。」
今となっては主流になった緑のアイコンのアプリで、初めての振って交換した。連絡先くらい誰にでも教えられる。アイコンが生まれたばかりの子どもの写真だった。この時、同僚として見ていた人が、普通の女性に、それも母親になった。
ほんの少し、気持ち程度に、悪いことをしている気分になった。同時にやはりちょっとだけ、期待をしている自分がいた。
大人になりたかっただけなのに @Aile28
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