大人になりたかっただけなのに

@Aile28

第1話 誰か、から同僚へ

「おはようございま~す、今日も一日よろしく~。」


 その日もやけに豪華な店内には不釣り合いな、気怠そうな店長の挨拶から始まった。寝癖のついた茶髪が昨日もここで寝ていたのを物語っている。それでも流行りの相席屋という形態の飲み屋の店長なのだからか、働いている姿はそれなりに格好がいいのだから不思議だ。

 この店でアルバイトを始めて半年ちょっと。新規開店というタイミングで入ったからか、はたまた週5でシフトに多く入っていたからか、或いは性格的に向いていたのか、いずれにしても中心的メンバーとして切り盛りしていた。お金も稼げるし、見た目も下手な居酒屋よりはマシ。たったそれだけの理由で始めたバイトだった。社会人の初任給より遥かに高い給料を受け取っていた。先端を走る営業形態、そこで就業経験、お金を持った年上の人を相手にする接客。本業とも、見えない未来にやりたい仕事かもわからないながらに、それなりにやりがいを感じていた。

 ある日、新人のスタッフが入ってくることを聞いた。

 「え、女だって。やべー、可愛かったらどうする?」

 歳は上だが、気さくで女好きの同僚からグラスを下げながら、そして笑いながら聞かれたが、こっちも笑って流した。つい最近までいた相手とは時間が合わなくて別れたばかりだ。まだ好きだったけれど盛大に振られているからか、次に行こうと思えていなかった。


 よく笑う、背の小さな女性だと思った。一方ではっきりと物を言う姿は、一人で生き抜いてきた強さを感じた。

 「今日からよろしくお願いします。」

 どうでもよい形式の挨拶だけれど、見た目や声を知って、この人と働くのかと思うとちょっとだけ緊張した。これまで会ったことがない綺麗な女性だった。

 考えたこともない、それまでの20数年の中でただの一度も。笑えるくらい突拍子もなくて、不明確な将来を大胆に決めて、小さな愛憎に振り回される、そんな日が来るなんて想像していなかった。

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