第27話 米農家の多忙な秋がやってきた!

 暑さが落ち着き、ぐんと湿度も下がったことで、冷房器具を使わなくても快適に過ごすことが出来る秋がやってきた。

 少しずつ葉の色が変わり、紅葉シーズンももう間もなくやってくる。まだ緑色の葉を付ける木々が多いが、頬をなでる風が秋らしさを感じさせる。

 緑色だった稲の色も変わり、今では辺り一面を黄金色に染めていた。その稲の先にはたくさんの穂をつけており、重さで頭を下げている。赤いトンボがどこからともなく飛んできては、穂の上に止まっていた。

 夏の終わりの台風による雨風で倒れてしまった稲も、他と変わらずたくさんの穂を実らせており、まだかまだかと収穫を待ちわびているようにも見えた。

 何も秋の訪れを知らせるのは、自然だけではない。

 近所の幼稚園や小学校、それに地域の人達が参加する地区の運動会が次々と開かれていた。

 自分の子供が頑張る姿を見ようと、また大人たちが運動会に参加しようとして、朝早くから場所取りやお弁当作り、運動会の準備に精を出す。

 いつもは様々な虫の声が聞こえるほど静かな田舎に、毎週運動会の定番曲である天国と地獄が大きな音で響き渡っていた。

 その音を打ち消す勢いで音を立てているものがある。

 それは、一面黄金色の稲を刈るコンバインの音であった。

 米農家が忙しくなる秋。

 あちこちの田んぼで、コンバインが活躍している。それを操作する人たちは、運動会に目をくれることなく、目の前の作業に集中していた。

 美奈子もそのうちの一人で、耳がおかしくなりそうなほど、大きな音をたてるコンバインで稲を刈り取る。

 全長四メートル、高さ二メートルほどのコンバイン。それを美奈子の家で所有しているが、かなり古いタイプのものであった。運転席にガラスはなく、砂埃や日光と闘いながら操作する。ところどころ、コンバインの塗装がはげていたり、色があせてきているが、動作には何一つ問題がない。

 天気予報を見ながら、いつ稲刈りをするかを決め、田んぼの水を抜く。大雨が降ると、地面がぐちゃぐちゃになってしまい、コンバインが田んぼに入れなくなるのだが、ここしばらくは晴れていた。水気がなくなった土の上ならば、コンバインは走ることができる。ここしばらくは雨が降っていない。今日の稲刈りも、一週間前から予定されていたものである。

 一通りの操作を賢治から教えてもらい、順調に稲を刈り取っていく。

 コンバインの先にある刃によって、地面からから約五センチメートルほど上の位置から刈り取る。そしてそのままコンバインの中で脱穀だっこく――刈り取った稲の穂先からもみを分離してくれる。籾はそのままコンバインの中のタンクへ送り溜めておく。籾を取って、不要となった葉や茎を含むわらは細かく刻まれて、コンバイン後部から排出される。この藁が肥料となり、次年度に植える米の栄養源にもなる。

 鎌で刈り取ってから千歯扱せんばこきを使ったり、足踏あしぶみ脱穀機だっこくきで人力で脱穀するような時代が大昔にあった。今では刈り取りから脱穀までを機械でまとめて出切るようになっている。

 おかげで稲刈り自体は楽になってきているが、時間がかかる。

 トラクターと同様に、早くても時速七キロほどの速度でしか進まない。

 目の前の稲が刈り取られるのを見ながら、コンバインを操ることに飽きがきていた。


「おい! 一旦止めろ!」


「ええっ!? なになに? 聞こえない!」


 コンバインの音は、運動会の曲も、会話さえも聞こえないほどである。ましてや、それを運転している美奈子にとって、耳に入るのは自ら操作するコンバインの音のみ。

 軽トラックを運転してきた賢治が、美奈子へ声を出すも、聞き取ることが出来ない。美奈子の方を向いて、口が動いているので、何かを言っていることしか分からない。

 賢治が手を頭の上でクロスさせて、バツを表すと、かろうじて言いたいことが分かった美奈子は、コンバインを停止させて、コンバインから降りると田んぼの端にいる賢治の元まで向かった。


「コンバインの使い方、分かったか?」


「うん。問題ないと思う、多分」


「じゃあ俺はちょっと用があるから、しばらく離れるぞ。籾がいっぱいになりそうだったら、母さんに電話しろ。後のことは母さんに任せてあるから」


 コンバインの操作を教えて貰い、刈り取った籾をコンバインから排出させる方法も教わっている。

 この場は美奈子一人でもやることができると判断した賢治は、何をするのか。ただでさえ米農家が稲刈りで忙しい時期に、他にやることがあったのかと思い、聞いてみる。


「ん? お父さんは何するの?」


「ちょっと出てくる」


「は?」


 賢治は美奈子の問いから逃げるようにして、軽トラックに乗り込むと、そのまま走り去ってしまった。

 いつもなら自分が何をするのかを言うのに対し、今日はあいまいな回答しかしなかった。それに違和感を感じ、詳しく聞きたいが、まだまだ始めたばかりの稲刈りをしなければならない。

 後で詳しく聞くことにし、ひとまず稲刈りを再開した。


「おっと……そろそろ籾出さなきゃ」


 しばらく一人で稲刈りを続けていたが、晴美に電話をかけ、コンバインの中の籾がいっぱいになってきたことを伝える。

 するとすぐに晴美は、軽トラックでその場にやってきて、細い田んぼ道に車を止めた。


「お、ま、た、せー! 操作はわかる?」


「わかるから平気。それじゃいっきまーす」


 軽い足取りで軽トラックから降りた晴美は、美奈子にやり方を説明しようとしたようだった。だが、賢治からやり方は全て聞いているので、思い出しながらコンバインから伸びる筒状のアンローダを動かす。動かした先にあるのは、いつも荷物を載せる荷台ぴったりの大きさの箱。軽トラックで籾を運ぶためだけのコンテナである。


「ここでオッケー?」


「ええ。いいわよ」


「それじゃ、ポチッと」


 アンローダの位置を晴美に確認し、美奈子が最後の操作をする。すると、アンローダの先から勢いよく籾が排出され始めた。


「上出来ね」


「でしょでしょ。自分でもそう思う」


 タンク内の籾を全て排出するのには、少し時間が必要である。

 なので、このタイミングで、先ほどの賢治のことを晴美に聞いてみた。


「お父さんは何してるの?」


「あら? 聞いてないの?」


「なーんにも。ちょっと用があるって言って、どっか行っちゃったもん」


「あらぁ……」


 晴美はどうしようかなと言いながら、頭を悩ませている。

 晴美はどうやら賢治が何をしているのかを知っているようであった。


「秘密にしないで、教えてくれてもいいじゃん」


「うーん、そうねぇ……」


 晴美の歯切れが悪い。

 ここまで秘密にされると、余計に気になるのが人間である。


「ねぇねぇ、知りたいー」


「そうよね、変に悩ませるよりいいかもしれないし。あのね、お父さんは……」


 籾が排出される音の中、晴美から聞いた話は、一瞬、美奈子の血の気を引かせ、心臓を止めるほどの驚きの内容だった。

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