第11話 土作りと休日
米の種を蒔くための土作り。土を細かく砕いたら、第二ステップへと進む。
今度は土と肥料を混ぜるための混合機を使用する。混合機はドラム式になっており、回転することで自動で中身を混ぜるものである。
適量の土と肥料を入れ、扉を閉めてスイッチを押す。そうすると一分ほど自動で混ぜてくれる。混ぜ終えると混合機が止まるので、今度は、土を入れた場所の反対側にある排出口から土を出す。一度に混ぜることが出来る土の量に限界があるので、土を砕く作業と同様に、何度も何度も繰り返す必要があるのだ。
美奈子がスコップで土をバケツに入れ、賢治がそれと正確に計った肥料を混合機へ入れる。混ぜている間にバケツへ土を補充したり、次の肥料を計っておく。排出された土は晴美が
一人の作業が遅れれば、全員の作業が滞ってしまう。中休みとして与えられたたった一日の休日では治ることがなかった体の痛みに耐えながら、美奈子はスコップを握った。
低い音をたてて混合機は回る。そして混ぜ終えると、ビーッと危険を知らせるような大きなアラート音で終了を告げる。その音がなる度に、美奈子はビクッとしていた。
作業をしていくうちに美奈子はスコップに慣れたのか、土を砕く作業のときよりも楽に感じていた。
「あと少しだ。全身を使ってスコップを使うんだ。そうしないと、また腰痛めるぞ」
「うーい」
美奈子は「こんなに体が痛いのだから、もっと甘やかしてくれてもいいんじゃないか」と思い、ムスッとした顔をした。初めての作業にしては頑張った方である。だが、どれだけやっても誰にも褒められることはなかった。
この土と肥料の混合を朝から始めていたが一日では終わらず、丸二日かけてやっとやり終えた。
肥料を混ぜる前と比べて、わずかに色が濃くなったかなと思うほどの違いしかない土。高く山になったその土を見ると、これだけやったのかと達成感があった。それと一緒に感じたのは、これしかやっていないのに体がフラフラとしていて、自分の情けなさだった。すぐにバテてしまう自分が、この先農家を継いでいけるのだろうかと不安になる。
「これでしばらく土は置いておく。その間に田んぼを見てくる」
美奈子の気持ちを知らない賢治は、混合機を片付けながら、次の予定を言う。肥料を混ぜ終えた土の山を見て考え込んでいた美奈子は我に返り、賢治にどういうことなのかと詳しく聞く。
「田んぼを見てどうするの?」
「前に作った
「え、そんなことあるの?」
「しょっちゅうある」
「それ、不法投棄じゃない? 罰金じゃなかったっけ?」
「犯人が見つかればな。あんなところにカメラを設置するだけコストもかかって仕方ない。見つけたら拾うしかできない。人だけじななくて、風で飛んでくることもあるし」
「なるほど……」
「それより
「うんうん」
「筋肉痛で痛いんだろ? お前はそのたるんだ体を休めておけ。次の作業は三日後だ」
「えー、一緒に行こうと思ったのに」
「筋肉痛で来られても役に立たないから、来なくていい」
「うっ、確かに」
「おいおい田んぼを見るときのポイントは教える。次の作業のときに動けないんじゃ意味がないからな。休んどけ。次は三日後だ。それまでに筋肉痛治せよ」
農作業に慣れている賢治はそう言うと、自転車に乗って田んぼの見回りへと行ってしまった。
それを見送り美奈子は家の中へ入る。土ぼこりで汚れてしまった作業着から、ゆるっとした部屋着に着替えて、大の字にベッドへと身を投げる。
賢治に言われた「役に立たない」という言葉が、美奈子の胸に突き刺さっていた。自分自身でもわかっているが、人に言われると心が痛い。美奈子にいつか役に立つ人になってやると意気込むことが出来るほどの精神力はない。些細な言葉で傷つく自分も、すぐに筋肉痛で動けなくなる自分も、情けない自分も全てが嫌になった。
賢治から与えられた三日間の休み。体を休めて体力回復させるのが最もよい選択ではあるが、ダラダラと過ごすだけではこの暗い気持ちが変わることはない。三日間何もせずに過ごして、さらに自分を嫌いになる可能性の方が大きい。そこでふと、休み中にリフレッシュを兼ねてどこかへ行こうと思いついた。
しかし、田舎にある娯楽施設はたかがしれている。高齢者向けの施設が出来つつあるが、若い人向けの施設はない。服を売る店があっても、購買層は主に高齢者なので色合いが暗く地味である。なので、ウインドウショッピングは出来ない。服を買うならばインターネットを使った方が断然よい。都会で流行っているものが美奈子の地域へやってくるまでには時間がかかる。美奈子が都会で働いている間に流行っていたタピオカなんてものは未だに取り扱う店はない。リフレッシュのために出かけようとしても、行く先がなかった。
「はぁぁ。何をしようか……」
電車で一時間近く離れたところならば、少しだけ栄えている地域がある。そこには映画館もあるし、ショッピングにも適している。だがそこへ出かけようにも土日を挟んでいるので、行っても人が多く疲れてしまうと容易に想像できた。遠くがダメなら近場の美味しいお店に食べに行こうと思いつき、スマートフォンでお店を調べ始めた。
「あ……どこの店主も歳だからそもそもネットなんて使わないじゃ。サイトに載ってないし」
地名を入れて検索ボタンを押したところで気がついた。この地域では、店主が高齢の場合が多いので、インターネットで宣伝するような店はない。だが、一つ店がヒットした。
「一年前にオープン? 居酒屋かー、どこか雰囲気いいなー。一人じゃなんだしなぁ……」
美奈子の家から車で十五分ほどの場所にあるその居酒屋は古くからやっている個人のお店にとは違い、内装が明るい色で統一されており、若い人たちをターゲットにした雰囲気の真新しいお店だった。美奈子が都会暮らしをしている間にオープンしていたようである。
お店のレビューは書かれていないので、美味しいお店なのかはわからない。しかし、雰囲気がいいことから、行ってみたい気持ちは高まるが、一人で居酒屋に行くことに抵抗がある。誰か誘う相手がいないかと連絡先から探し始めた。
小中高の同級生は長年連絡をとっていない人ばかりで、今どこで何をしているかすらわからない。もしかしたら地元にいないかも知れない。誘ったとしても断られる可能性が高い。そんな人たちに連絡をとるのは、どうも気が引けてしまった。
もっとも連絡を取りやすく、確実に地元にいる人はいないかと候補にでたのはただ一人。つい最近も他愛のないやりとりをした匠だった。
今日は平日なのですぐに返事が来ることはないが、誘いの連絡をしておく。匠の仕事も休みであろう土曜日にそこへ行かないかと、ホームページのアドレスと一緒にメッセージを送った。
趣味もない美奈子はやることがないので、そのままスマートフォンでそのお店についてワクワクしながら調べた。
美奈子はいつの間にかウトウトして、眠ってしまったようで、カァカァと鳴くカラスの声で目が覚めた。カーテンを開けたままの窓から、真っ赤な夕日が差し込む。
寝過ぎたと思い、スマートフォンで時間を確認する。時刻は夕方六時になる手前であった。おそらく眠ったのは夕方五時近く。一時間近く眠ってしまっていた。時間を無駄にしてしまったと飛び起きる。
「これじゃ夜寝れないかも……でも休みだからいいか!」
眠る時間が変わると、翌日そして翌々日に影響が出る。一瞬だけ、それを心配した美奈子だったが、翌日も休みだからと前向きに考えた。そして、スマートフォンのロックを解除してみると、そこには匠から返信が届いていた。
『いいよ、行こう。その店なら知ってるし、予約しておく。少し遅れるかもしれないけどいいか?』
「やった! 行ける!」
誘って断られなかったことが嬉しく、眠気も吹き飛んだ。
『大丈夫だよ! 待ってるから! 楽しみにしてる!』
休み中の予定が立った。
都会での生活では、オシャレなお店があってもあまりの疲労のせいで出かけることができなかった。会社内で仕事を円滑に進めるためにコミュニケーションをとることはあっても、休日に会うほどの仲になるような人もいない。誰とも遊ぶこともなく、寂しい休日を過ごしていた。
誰かと食事に行くことすら久しぶりの美奈子は、筋肉痛のことも忘れるほどに、小躍りするほどに気持ちを隠しきれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます