第7話 お客さんは知り合いで
――ピンポーン。
家族三人が集まり、お昼ご飯として、晴美がさきほど収穫してきた新鮮な自家製白菜を使ったシチューを頂く。もちろん白米も自家製で、今年度に収穫したものである。シチューはまだ寒いこの季節にはちょうどよく、食べると体の芯から温まる。また石油ストーブをつけているため、部屋中が温かいので、体の内側からも外側からも温かい。
そんなのんびりとした昼食時に、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「あら? お昼に誰かしら?」
晴美が手を止め、パタパタと足音を立てながら急いで玄関へ向かう。
「あらぁー! どうもー。元気にしてた?」
玄関で来客を迎えて、軽快に話す晴美の明るい声が家中に響く。昼食をとっている部屋の扉は閉めてあるが、それでも晴美の声はよく聞こえた。
「最近あんまり見なかったけど、忙しかったのかしら?」
相手と何かを話しているようだが、シチューを食べている美奈子の耳には、晴美の声しか聞こえない。来客の声が小さいようである。
「ああ、そうそう。お母さんから聞いたかも知れないけど、うちの子が帰ってきたのよ。話でもしていったらどうかしら? 久しぶりでしょう? 美奈子ー! ちょっと来なさーい!」
まだ食事中だというのに名前を呼ばれ、しぶしぶ立ち上がる。誰が来ているのか分からないが、口周りをティッシュで拭いてから、晴美に呼ばれた玄関へと向かった。
「あ」
「よう」
玄関にいたのは、連絡をしてきた匠だった。
黒髪で背の高い匠の姿は、成人式の時よりもかなり大人っぽくなっていた。まだ寒いので、真っ黒の防寒着に身を包んでおり、全身が黒づくめになっている。
そんな匠は美奈子の姿を見て、軽く手を振る。
「しばらくお二人でどうぞ」
晴美は二人を玄関に残して、戻っていってしまった。
騒がしい人がいなくなり、シンとした時間が過ぎる。先に沈黙を破ったのは、匠だった。
「久しぶりだな。その格好……手伝いでもしてるのか?」
「あっ! そ、そうだよ? 手伝いで……手伝いだから着てるんだからねっ!? 私服じゃないからね!?」
今になって、晴美のおばあさんのような作業着を着ていたことを思いだした。しかも、田起こしをするだけであったので化粧もしていない。すっぴんで人に会っているのが恥ずかしくなり、慌てて顔を手で隠す。だが、耳が赤くなっていることは隠せなかった。
「そんな恥ずかしがらなくても……俺はいいと思うけど」
「もう……絶対心の中で馬鹿にしてるでしょ?」
「そんなことないって。家の手伝いするなんていいことだろ?」
「まあ……他に仕事がないからね」
「ああ、辞めてきたんだって? うちの母さんから聞いた」
やはり美奈子が仕事を辞めたことは、母親同士仲がよいことがあって伝わっていたようである。今更あれこれ言うことでもないが、口の軽い母に秘密を漏らすべきではないと感じた。
「色々あってねぇ、ほんと色々と。たっ……そっちは何してるの?」
本人を目の前にして、年齢的に恥ずかしくなり、昔からの呼び名である「たっくん」と呼ぶことができなかった。
「……市役所。地味だろ?」
「ううん、そんなことないじゃん。公務員、安定、大事」
「まあ、それはある」
会話が途切れてしまった。
二人の間に再び沈黙がやってくる。
しかし、今度は美奈子がそれを破った。
「そうだ、何しにうちにきたの?」
「おっと。そうだった、忘れるところだった。回覧板を持ってきたのと、手伝いのこと聞きに来た」
小脇に抱えていた回覧板を美奈子に手渡す。
匠の家は、美奈子の家から近い。なので、回覧板の順番が前後であった。
回覧板では地元の広報誌や、公民館のお知らせ、ゴミ収集のお知らせが回ってくる。見ても見なくてもそこまで重要ではないものが多い。
「ありがとう。で、手伝いってなに?」
回覧板を受けとりつつ、美奈子は首をかしげた。
「俺、お前がいない間、おまえんちの作業手伝ってたから。今年はどうすんのかなって」
「そうなの!? 知らなかった!」
初耳だった。
田起こしなどは一人でもできる。しかし、種まきや田植え、稲刈りを賢治と晴美の二人だけでやるには少々骨の折れる仕事である。
美奈子は全て二人でやっていたのだと思っていた。まさか幼なじみが手伝っていたとは考えもしなかった。
「それはそれは……お手伝いありがとうございます」
今まで手伝ってくれていたことに感謝し、美奈子は深々と頭を下げた。
「それは別に気にしなくていいんだけど。どうせ俺もやることないし。で、今年は人手が足りるってことでいいのか?」
「え、分かんない。私も多分手伝うけど、人手はあった方が絶対いいし」
「だよな。正直三人でやるのもなかなか厳しかった」
「ちょっと待ってて、聞いてくるから」
「頼むわ」
「ねぇ、お母さーん! ちょっとー!」
美奈子は玄関から食卓の方へ歩きながら晴美を呼ぶ。
匠は、声が大きいところは親子そっくりだなと思いながらその様子を見ていた。
「悪いわねぇ、騒がしい子で。ビックリするでしょう?」
美奈子と晴美は共に戻ってくる。
匠は思わず「二人ともそっくりですよ」と言いたくなったが、その言葉を飲み込んだ。
「それで、お手伝いなんだけど、今年も頼めるかしら?」
「いいですよ。ただ、日程だけ教えてもらえれば」
「お父さんにも聞いたら、まずは種まきが四月の三週目と四週目の土日。田植えがゴールデンウィークなんだけど、天気次第って感じね。雨が降ったら出来ないし、予定はこことここ……あとこの日も」
玄関に飾られた農機具メーカーのカレンダーをめくりながら日程を伝える。
匠はそれをポケットから取り出したスマートフォンに器用に入力していく。
「今のところはそのくらいね。お仕事大丈夫?」
「問題ないっす。平日だけなんで」
「よかったわぁ。美奈子じゃ頼りないもんね。お手伝いお願いします」
「実の娘に対して頼りないとか酷くない?」
「だって本当のことでしょう? 匠くんの方が長く手伝ってもらってるから、美奈子より頼りがいあるわよ」
「それもそっか。んじゃ、よろしくねー」
「お、おう」
晴美に怒ったかのような態度をとった美奈子は、晴美の言葉に納得するとコロリと態度が変わった。二人のやりとりを見ていると、仲のよい親子であることがよく分かる。匠は、自分の家とは違うなと思っていた。
「美奈子。あんたは早く仕事を見つけなさいよ!」
「わかーってるって」
「まーた、適当にしか返事しないんだから。ねぇ、匠くん。いい仕事あったら、美奈子に紹介してくれる? この子、ろくに仕事を探してもいないのよ」
「さが、してる……よ?」
「その言い方! 探してないでしょう? お母さん、知ってるんだからね。昨日は起きてから寝るまでドラマ見ながら号泣して、一昨日は映画見ながら号泣して。いつも仕事なんて探してないものね」
「わーわーわーわーわー! そういうの人前で言わなくていいから! 後でゴタゴタ聞くから!」
晴美が口を開くと、美奈子の生活がボロボロと明かされる。慌てて止めに入るも、晴美は黙ろうとはしない。
「俺でよければ仕事、探しておきますよ。これでもツテはあるんで」
「あら、本当? だって、美奈子。頭を下げなさい」
晴美が頭を下げながら、美奈子の頭を強引に押して下げる。
二人に頭を下げられた匠は、苦笑いをしていた。
「俺に出来ることならしますよ。いくつか仕事を絞ったら、彼女に連絡しておくんで」
「ありがとうねぇ。何から何まで、本当助かるわ」
「いえいえ。それじゃあ、俺はこれで失礼します。お昼食べてる途中だったでしょうし。お邪魔しました」
ペコッと頭を下げてから、匠は帰って行った。
扉が閉まったことを確認してから、晴美は美奈子の顔を見てニヤニヤと笑う。なぜそのような顔をするのか分からず、美奈子は晴美に問う。
「なによ?」
「匠くん、いい子じゃない? 結婚したらどうかしら? 何でも出来るし、お母さん大賛成」
「はぁ!? 何それ! てか、結婚って。たっくんは幼なじみですー」
「たっくんって呼ぶほど仲がいいじゃない。幼なじみと結婚なんて、少女マンガみたい」
「読んだことないくせによく言うよ」
「読まなくても何となくそんな気がするのよ」
「あー、はいはい」
昔から知っている匠と結婚を勧められても、想像ができない。久しぶりに会ったので、懐かしいとしか思っていない。
誰にも恋愛感情を持ってていない美奈子は、まだ結婚について考えるよりも、仕事を探さないといけないなと思っていた。
昼食後、美奈子が再び田起こしするのかと思いきや、トラクターに乗り込んだのは賢治だった。
「お父さん、私はやらなくていいの?」
トラクターの扉を閉める前に、声をかける。
「いい。お前がやっていると、多分終わんない。残りは俺がやってくる」
「そう……足は平気なの?」
「力仕事じゃなければな。アクセル踏むくらいならたいしたことない」
「へぇ。じゃ、いってらっしゃーい」
「ああ。お前は仕事でも探しとけ」
美奈子がトラクターから離れると、賢治は扉を閉めた。そして大きなエンジン音を響かせて走り出す。
美奈子がおそるおそる運転するよりも早いスピードで庭から出ていった。
「仕事、かぁ……」
都会から田舎へUターンして、日が経っている。いつまでも親のスネをかじって過ごすわけにはいかない。両親も定年までは兼業農家としてやってきた。そこまで広い土地でお米を作っている訳ではないので、平日は会社で働き、土日に農家として働く。美奈子の両親、そして祖父母もそのように兼業農家として働いてきた。
正直、米農家としての収入はさほど高くはない。それに、天候にも左右される。農業だけで安定して暮らすことは難しい。なので、職に就かなければならないのだ。
働かなくてはならないが、働きたくない。資格もなく三十歳になる人を新規で雇う会社がそうそうあるわけではない。また、仕事に就いても、上司やら周りの人たちによっては最悪になるというとを身をもって知っている。そのことが、美奈子の就職活動をする障害になっていた。美奈子は、思わず「はぁ……」と小さくため息をついた。
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