第63話 風魔の雄叫び
「梅花の舞。」
翔は両手の手のひらを上に向け、数百の半透明の梅の花弁を宙に浮かせた。
「ほう、それか、綺麗なものだな。」
風魔小次郎が感嘆の声を漏らす。
「飛梅!」
翔の舞で小次郎に襲い掛かった飛梅が、無数の甲高い響きと共に何かに衝突して花を散らす。
「天風狼牙…という。」
小次郎の周囲には数百の半透明の狼の牙の様なものが浮かんでいた。
『俺とよく似た術だ』
翔の脳裏に谷本の言葉が蘇える。
「それがお前の術か?」
そう言いながら、翔は梅花の体勢を再び整える。
「似たような術があるものだ、伊賀者。案外、俺のご先祖様とお前のご先祖様は似た者同士だったのかもしれんな。」
小次郎の<天風狼牙>は風の術だ。
狼の牙のように見えるものは、よく見ると一つ一つが桐状の渦巻きになっている。
水の術である翔の<梅花の舞>とは成り立ちが違うが、無数に放出して攻撃にも防御にも利用できるようにする使い方においては同じと言えよう。
「そうかもな。」
翔は短く言葉を返す。
「だが、伊賀者は栄え、我が風魔は衰退した、何故だ!」
「お前自身が言った事だ、仕える者を間違えたんだよ。」
「そうかもな…。」
小次郎は自嘲気味に笑うと、再び殺気に満ちた目を翔に向ける。
「だから、今回は正しき者に仕えた!」
「いいや、また間違った!」
翔は再び右手を翻し、飛梅を仕掛けた。
小次郎は、残酷な美しさで襲い掛かる梅の花弁を風の牙でガードしながら、残りの牙で翔を襲う。
狼の咆哮を上げて襲い掛かる牙を、翔は左手を翻して梅花の盾で防ぐ。
翔と小次郎は激しく位置を変えながら、花弁と牙の攻防を続けた。
(ちっ、これでは…)
「埒があかんか?」
翔の心を読んだ様に、小次郎が後ろに飛びずさりながら短い言葉を投げつける。
「その術はまだ上があるんだろ?宇佐神宮を切り裂いた術が?」
(やれるか?)
確かに、この膠着状態を破るには<乱舞>しかない、だが、前回はそれで死にかけた。
崇継とダニエルが居てくれなかったら死んでいただろう。
だが、その後<霊水>で復活した翔の身体機能は大幅に向上している、もしかしたら、いけるかもしれない…。
「こっちにもある。」
小次郎は狂気を宿した目を楽しそうに釣り上げた。
「天風狂狼。」
小次郎の周囲に浮かび上がる狼の牙がみるみる数を増す。
数万の狼の牙を従え、小次郎が獣の様な笑みを浮かべる。
「ちっ、嫌な野郎だ。」
翔は覚悟を決めた。
「梅花の舞・乱舞。」
翔の周囲に浮かび上がる花弁が数を増し、その数、数万。
「切り裂け!」
「噛み千切れ!」
数万の凶刃と凶牙がお互いの相手に襲い掛かり、激しい激突は耳をつんざくような衝撃と爆風となり大地を揺らす。
弾け合って飛ばされた刃と牙は、岩のドームそのものを削り落とし、土煙とも岩埃ともつかぬものがドームの中に充満する。
その煙の中、翔が姿を現した。
全身切り傷だらけで、呼吸も浅いが辛うじて無事だ。
(やったか?)
衝撃を受けた岩のドームは、その奥からきしむ様な不気味な音を立てている。
「伊賀者…。」
煙が薄れ、傷だらけの小次郎の姿が露わになる。
「お前の術はこれで終いか?」
血だらけの顔に浮かんだ笑みは、もはや野獣のそれだ。
鋭く突き出た犬歯には獲物を前に興奮した猟犬の様に涎が滴る。
「終いかだと?」
実の所、翔の術にはまだ続きがある。
以前一度だけ試したが、想像を絶する身体の痛みに耐えかねて、それ以来一度も使っていない。
「風魔の術にはまだ上があるぞ。」
小次郎は、狼の雄叫びの様な咆哮を上げ、ドームの天井や壁からは岩の欠片が音を立てて崩れ落ちる。
(ちっ、やるしかない!)
「梅花の舞・花鎧。」
翔の周りに浮かんだ無数の花弁が、薄く体の表面を覆うと、それぞれに結合して行き、半透明の鎧の様となった。
<花鎧>は、身に纏った梅花の鎧を操ることで、無理やり体を梅花並みの速度で動かす事ができるが、人間の筋肉や靭帯が耐えられる強度には限界がある。
(長引かせられないな。)
標的を確かめる様に小次郎を睨みつける翔の前で小次郎が叫んだ。
「天風狼牙・白爆!」
見る間に小次郎の体を半透明の鎧が覆っていく。
「つくづく、嫌な野郎だ。」
翔が忌々しげに吐き捨てる。
「ご先祖はよくよく似た者同士だったようだな。」
小次郎は苦笑いで返すと、祭壇の石を風の牙で削り出し、木刀のようなものを研ぎだした。
「石刀だ。」
出来栄えに満足そうに目を細めると、上段に構えた。
「俺が速いか、お前が速いか…。」
翔も鏡写しの様に上段に刀を構える。
「勝負!」
目にも留まらぬ速度で二人はお互いに突っ込み、刀を振り降ろした。
それはほんの一瞬の出来事だった。
一瞬、ほんの一瞬、体に走った痛みに気を取られた翔の方が遅れを取る。
(殺られる!?)
そう思った瞬間、無意識の生存本能か見えざる力が働いたのか、翔は刀の切先を僅かに横に動かした。
石刀の正面に。
直前まで自分の石刀が翔を真っ二つに叩き割る姿が見えていた小次郎が驚愕の表情を見せた瞬間、小次郎は既に石刀ごと真っ二つになっていた。
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