第64話 不死の禍神

 翔は信じられない思いで、真っ二つになった小次郎の死体を見ている。


(俺が切った?)


 むろん、本人にその意識はなく、刀に残った凄まじい衝撃と、両脇を通り過ぎる風圧が残ったのみだ。


「…い…が…。」

 なんと、真っ二つに切られた小次郎の辛うじて残っている声帯が音を発している。

 その凄まじいまでの生命力には恐れすら感じさせる。


「みか…どさま…は……。」

 それを最後に小次郎の死体は静かになった。


 翔はと言えば、花鎧の衝突で体に負ったダメージと、乱舞による脱水症状でとても立って歩ける状況ではない


 岩のドームの天井の奥からはミシミシと軋むような音が鳴りやまず、さっきから小石大の欠片がパラパラと降り続けている。


(急がないと。)


 翔は重い体を引きずるようにして、よろけながら崇継の後を追った。


 **********

 降り落ちた石の欠片の一つが、横たわる南光院典明の死体の頭にコツンと落ちた。


 死んでいるはずの典明は、今目覚めたかのように緩慢な動作で上体を起こすと、一つ大きな欠伸をする。

 その額に空いた穴は、薄いピンクの肉が盛り上がって塞がれている。


 寝ぼけているような動きで周囲を見回すと、真っ二つになった小次郎の死体に目を止めた。


「所詮は下賤の者。」


 典明は立ち上がると紫紺に輝く瞳を洞窟の奥に向けて、薄い笑みを浮かべた。

 **********


 真っ暗な洞窟を、翔は石の壁に体を預けて満身創痍の体を引きずるように、時に膝を付きながらも進むと、目の前がぼんやりと明るくなってくる。


「翔さん!」

 翔の姿に気づいた崇継が駆け寄って肩を貸す。


「すまない。」

「いえ、それより凄い音と地響きでしたけど、大丈夫ですか。」

「なんとか生きてるさ。それより、ここは早く出た方がいいかもしれない。」


 崇継の肩を借りながら歩みを進めると、先ほどのドームの半分くらいの大きさの空間に出た。

 先ほどのが大ホールならこっちは小ホールといった所だ。

 さっきと同様に、どういう仕掛けか、室内には石の間から光が差している。


 周囲を見回すと、より祭祀色が強いようで、中央の祭壇の他に、三方に供え物用と思われる棚の様なものがある。

 中央の祭壇の所にランタン懐中電灯が置かれているのは、崇継がそこを探していたのだろう。


「で、あったのか?」

「たぶん。」

 言葉と裏腹に崇継は確信に満ちた目をしている。


「じゃあ、急げ、俺に構うな。」

「すみません。」


 崇継は、翔をその場に座らせると、祭壇に駆け寄り足元の隙間にナイフを挟み込んでテコの要領で隙間を広げている。


「取れそうか?」

 翔の問いかけに、崇継が興奮した声で答えた。


「はい…取れました!」

「ほんとか!」

 長かった苦労がようやく報われた。


 翔も崇継が安どの笑顔を向け合った時、背後から地獄の底から響いてくるような低い声が聞こえてきた。


「ほう、それはご苦労だった。」


 驚いて振り向くと南光院典明が立っている。


(そんなバカな!頭を撃たれたはずだ、幻覚だったのか!?)


 翔と崇継が呆気に取られている隙に、典明はジグ・ザウエルを取り出して構える。


(しまった!)


 低い銃声が響くと、典明が前のめりに倒れ込んだ。


「なんとか間に合ったようね。」

 典明の背後からよろけるように姿を現したのは九条知佐だった。


 想像を超える事態の連続に、翔と崇継は言葉も出せずに、ただ信じられないものを見る目で知佐を見ている。


「ち、知佐?なんでここに?」

 翔がやっとの事で声を絞り出す。


「Nシステムであなた達がここに向かったのを知ったのよ。」

 知佐は説明を始めたが、顔色は真っ青で、手は腹部の傷を庇うように添えられ、立っているのもやっとといった感じだ。


「それで、ここに来てみたら、凄い音と地響きがしたから中に入ったの。

 翔くんたちの声が聞こえる方に向かったら、私の方が驚いたわよ、南光院典明があなた達を狙ってたから。」


「そうだ、南光院だ!」

 翔がフラフラとした足取りで南光院の元に近寄るのに、崇継が肩を貸す。


 知佐が放った弾丸は心臓を貫いたのだろう、前のめりに倒れ込んだ南光院は血の海に沈んでいる。


「死んでる…よな?」

 念のため脈をとるが、鼓動は聞こえない。

 うつ伏せて横向きになった目は光を失っている。


「どうしたの?」

「いや、不死身かと思って…。」

「不死身?」


 怪訝な表情を浮かべた知佐の視線が祭壇の方に動いて大きく見開かれた。

「翔くん、あれ!」


 知佐が指さした先では、崇継が取り出して祭壇の足元に置いた螺鈿の包みが、内側から薄く光を放っている。


 崇継が駆け寄ってその包みを大事そうに手に取った。

 翔と知佐はお互いに肩を貸し合いながらヨロヨロと祭壇に向かう。


「それが(降天菊花)か。」

「はい。」

 崇継が力強くうなずいた。


 今回の騒乱の元。

 これを奪うために崇継の父親の命は奪われた。

 崇継の父親だけではない、大勢の人々が命を失い、また傷ついて倒れている。


 翔は知佐の方を見た。

 知佐もそのせいで解毒薬の無い毒に侵され、このままでは長くない。


(だが、これが本当に云われている通りの代物なら、もしかしたら知佐は助かるかもしれない。)


「出してみましょう。」

「はい。」


 その瞬間、低い乾いた銃声が一発響き、崇継が右肩を抑えて崩れ落ちた。


「タカ!」

 慌てて体を支えようとする翔と知佐を、情け容赦なく銃弾が襲う。

 第二・第三の銃声が響き、右胸を撃たれた知佐と、左わき腹を撃たれた翔が力なく崩れ落ちながら見たものは、怪しく光る南光院の紫紺の瞳であった。

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