第62話 終幕の幕開け
~福岡・石穴神社~
(南光院だと、こいつが!?)
翔の脳裏に、弱々しい笑顔のまま死んでいった薫や、人工呼吸器に繋がる知佐の姿が浮かぶ。
(こいつのせいで、俺の大事な人は!)
激情が翔を襲った。
「南光院っっ!!」
翔の瞳がオレンジ色に輝き、南光院の時を奪いにかかる。
「たわけがっ!」
南光院の瞳が紫紺の輝きを帯び、翔の<破刻の瞳>を跳ね返した。
「なにっ!?」
「<覇王の瞳>…」
無言の南光院典明の代わりに、傍らの風魔小次郎が言葉を返す。
「と、おっしゃるそうだ。 お前のごとき下賤の瞳術など、みかど様には効かぬ。
みかど様こそが産まれながらの覇王。」
小次郎は一旦言葉を切ると、殺意を帯びた目を崇継に向けながら続ける。
「そこの小僧と違ってな。」
翔は、崇継を庇う様に体を入れ、抜刀して構える。
「南光院典明!」
崇継がおじの名前を呼び捨てにして叫んだ。
「ほう、この前即位したと思えば、もう呼び捨てか、崇継。
いや、今は今上天皇陛下とお呼びすべきかな?」
典明の言葉尻には明らかに嘲笑の意が含まれる。
「あなたは何故(降天菊花)を欲するのですか?」
崇継は挑発を受け流し、典明を詰問する。
「何故だと?」
典明は紫紺の目に怒りの感情を滲ませる。
「あれこそ我が南朝が正統な皇統である事の証!
お前たちこそ、何故それを持ちながらいつまでも影に甘んじる!
表の皇室を見てみよ、象徴だのと綺麗ごとに骨抜きにされて権限を放棄した挙句、この国の政はどうなった?」
「どう!?」
崇継は答えに詰まった。
日本の政治システムは特徴的だ。
権限は持たないが象徴である天皇が、道徳的な模範を示すことによって、政治や国民の暴走の抑止力となり、統治を安定させる。
だが、それは今の日本で機能していると言えるのだろうか?
「愚民どもが選んだ政治家に国は食いつぶされ、聞かん坊のトランプ風情には振り回され、挙句に韓国や北朝鮮の如き奴らにも舐められて、好き放題にされておるではないか!」
「それこそ、お前如きの出る幕じゃない!」
翔が横から怒りの感情をぶつける。
「忍び如きが大口を叩きおる。では、お前はこの国の未来をなんとする!」
「なんだと?」
「答えられまい、国を背負う覚悟も資質もない忍び風情が、我が覇道を妨げようとは笑止!」
「この国はお前のものじゃない! 日本国民全員のものだ!」
「それが過ちだと言うておるのだ、伊賀者よ!
我田引水、自分の事しか考えておらん愚民どもの意見など聞いておるから、国は亡ぶのだ!
だから、儂が救う! (降天菊花)の力を持って、その全知の光で日本のみならず世界を照らす。」
「偉そうな事並べても、詰まるところ世界征服か、大した悪役だな。」
「より良い統治をすると言っておる。」
「だから、あなたは父を殺したのですか?」
崇継は典明に気圧されながらも、必死の形相で立ち向かう。
「お前の父親とは子供の頃から兄弟同然に育てられた、いわば儂の弟も同じ…。
だが、あ奴の家系は覇王の血筋ではない。」
典明は感情のこもらない声で呟くと、おもむろに崇継に視線を合わせる。
「むろん、お前もだ、崇継。」
「南光院典明っ!」
崇継がジグ・ザウエルを両手で構える。
「儂を撃つか、崇継! お前に日本を背負う覚悟があるのか!」
「撃ちますっ!」
崇継の絶叫と同時に、鈍い銃声と共に放たれた銃弾は、南光院典明の額に小さな穴を開けた。
あっけない最後を迎えた南光院典明の体が、糸の切れた操り人形の様に仰向けに倒れた瞬間、氷の様な鋭い殺気が岩のドーム全体を包む。
「崇継、走れ!」
「えっ!?」
「いいから、先に行けっ!」
「はいっ!」
崇継も殺気を肌で感じたのか、ドームの先に走り出す。
翔はその後ろをガードするようにゆっくりと位置を変えた。
対する風魔小次郎は、鋭い殺気を放ったまま、崇継が走り去るのを見ている。
「お前の主人は死んだ、もう戦う理由はないだろう?」
翔は、刀を下段に構える。
「伊賀の忍びよ。」
小次郎は質問には答えず、語り掛ける。
「お前は思い違いをしている。」
「何をだ?」
「みかど様の常世は永遠。」
「何?」
「間違った者の下に就くから間違った判断をする。」
「それはお前だろう。お前の主人は間違ったんだ、だから死んだ。」
「ふむ、だが、俺は生きているぞ、伊賀の忍びよ。」
「じゃあ、ここでお前も死ぬか?」
「面白い、我が風魔一族は徳川麾下の伊賀者に捕らえられて滅亡の危機に陥った、その恨み、お前で晴らさせてもらう。」
「そうはさせん、今度こそ風魔の滅亡だ。」
数百年の時を経て、ここに伊賀の末裔と風魔の末裔が再び対峙した。
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