第61話 探偵社襲撃

~福岡・不忍探偵社~


 わずかな気配に谷本が目を覚ました。

 室内を見回し、奈々を揺すって起こす。


「早耶香ちゃん、どうしたの?」

 寝ぼけ眼の奈々の口を人差し指で押さえて黙らせると、小声で囁く。


「ゆっくり寝取る場合やあらへん、お客のようやで。」

「そ、そんな!」


 谷本は体勢を低くしたまま、窓に近づき様子を探る。

 ブラインドを薄く開けて下を覗くと黒いスーツに身を包んだ人影が、ざっと二十人位だろうか、どうやら南光院の手下が裏の駐車場に集結している。

 こちらが気配に気づいた事はまだ気づいてないだろうが、手に銃や機関銃を準備して、突撃のサインを今かと待ち構えている。


 紗織も眠そうな目に、不安を一杯にして起きて来た。

 半次郎とレオナルドは、まだ体を起こせるほど回復していない。


「入り口の前にありったけのもの置いて開かんようにするんや。」

 三人は、ソファや机、カップボードなどをドアの前に積み上げる。


「これでしばらく時間稼げるやろ、嬢ちゃんはそっちの部屋であの二人を守ったり。」

「はい!」

 紗織は金属バットを持って半次郎とレオナルドの部屋に向かう。


「ええか、絶対ドア開けたらあかんで。」

「はい!」

「ええ娘や。」


「私はどうするの?」

 不安げな目をする奈々に、谷本はジグ・ザウエルを手渡す。


「入り口はそこだけや、もし破られたら一人ずつ始末するんや。」

 銃を見つめる奈々の目に不安と嫌悪感が広がるのを見て取った谷本が、奈々のケツを思いっきり叩く。

「未来の旦那を守れるのは自分だけやで!」


 深く息を吐いた奈々の目からは迷いが消えていた。

「で、早耶香ちゃんはどうするの?」


「先制攻撃や、表に回られる前にウチが全滅させたる。」

「にゃ~?」

 物々しい雰囲気に、猫がのんびりと起きて来て伸びをする。


「すまんけど、また力貸してくれるか?」

 谷本は猫を抱き寄せると顔を寄せて囁いた。

「にゃ」

 短く返事をした猫を肩に乗せる。



 谷本の体が虎の毛皮に包まれて行く。

「ほな、気張れや!や!」


 言うやいなや、窓ガラスをぶち破って駐車場に飛び降りた。

 窓の外が蜂の巣を突いた様な騒ぎになり、朝の静かなオフィス街に銃声や怒声が響き渡る。

 と、同時に表の入口には機関銃の一斉射が浴びせられる。

 薄い壁を貫通した銃弾が、雨あられと事務所の中に降り注いだ。


「紗織ちゃんっ!」

「大丈夫ですっ!」

 紗織の方はなんとか無事なようだ。


 機関銃の乾いた音が鳴り止むと、男たちが入口のドアをこじ開けようとしている。


(私が守らなきゃ。)


 奈々は心に誓い、入口に銃口を向けた。

 ドアの中に置いた障害物が押しのけられ、ドアが開くと同時に勢いよく男たちが飛び込んでくる。

(三人!)


 最初の男が飛び込んだ瞬間、奈々の銃口から放たれた銃弾がその男を襲う。

(まず一人!)


 銃弾を受けて倒れこむ男を避ける様にして、左から回り込んできた男に乾いた銃声が三発、そのうちの一発が運よく男に命中し、前のめりに崩れ落ちる。

(二人目!あと一人!)


 奈々は机の影に隠れて、男の方を目掛けて当てずっぽうに銃を連射する。

 銃弾を撃ちつくし、引き金に空の感触しかなくなった奈々は、恐る恐る机の影から顔を覗かせると、三人目の男はソファの影にうずくまって動かない。

(やったの?)


 奈々の希望は瞬時に打ち砕かれた。

 男はゆっくりと立ち上がると残忍な笑みを浮かべた。


「娘はどこだ?」

 銃口を奈々に向けてゆっくりと近づいてくる。

 奈々は、紗織と半次郎たちがいる部屋から遠ざかるように、後ずさりした。


「喋る気がないなら、永遠に喋れなくしてやろう。」

 男は肘を伸ばして、奈々の眉間に狙いを定める。


(半次郎さんっ)


 奈々が目を閉じると同時に、鈍い衝撃音と共に、男が前のめりに倒れこんだ。

 その後ろには金属バットを持った紗織が、かわいい顔に怒りの感情を露にして仁王立ちしていた。


「紗織ちゃんっ!」

 奈々は紗織を抱きしめて頭を撫でる。

「ありがとう、紗織ちゃん、あなた、本当に・・・。」


 駐車場ではまだ銃声や怒号が続いているが、さっきよりも明らかにその数は減っている、どうやら谷本が優勢なようだ。


「早耶香ちゃんを助けなきゃ!」

 立ち上がった奈々の目に、入口から飛び込んでくる二人の男が映った。

 奈々は慌てて紗織を自分の背中に隠す。


「居たぞ、娘だ!」

 二人は奈々たちに銃口を向けた。


「命令は?」

 片方の男がもう一人に確認する。


「close(殺せ)だ。」

 男たちは不気味な笑みを浮かべて、冷たい鉄の感触を楽しむように狙いをつけた。


 奈々は、紗織が飛び出さないように両手を後ろに回し、自分が盾になる覚悟を決めて、観念したように目を閉じた。


 低く鈍い銃声が二発、室内にこだまする。


「???」

(生きてる!?)


 薄目を開けると、二人の男は頭から血を流して倒れている。


「いや~、ギリギリ間に合ったバイ。」

 目の前にはダニエルがもう大丈夫と言う様に笑顔を向けていた。


「ダニエルさん!」

 紗織はダニエルに駆け寄って抱きついた。

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