第49話 偽物
南光院の手の上では、深緑の半円形の翡翠が、菊の花を浮かべて薄く発光している。
「みかど様、今こそ南朝の宿願の時。」
小次郎が歓喜の声をあげる。
「うむ。」
南光院の答えにも満足げな響きが宿る。
「あっ、みかど様、それは?」
ふいに小次郎が不審の声を上げた。
ピリッ。
甲高い音が響くと同時に、翡翠にヒビが入る。
南光院が驚愕の眼差しで声も出せずに見守る中、そのヒビはあっという間に縦横無尽に拡大し、砂の様に砕け散ってしまった。
「こ、これは一体?」
「偽物だ。」
南光院は憤怒に満ちた目で宮司を睨みつけると、手にした灰を投げつける。
それと同時に宮司の首が胴体から切り離され、ゴロンと床に転がった。
「そいつの仕業でしょうか。」
「いや、恐らく先祖代々、このまがい物を儀式に使って来たのだろう。
遥か昔の先祖様の手の上で遊ばれておるのだ。」
南光院は忌々しげに吐き捨てる。
怒りを隠そうともしない南光院の姿に、誰も言葉を発せずにいると、表の方から黒いスーツの男が駆け寄って来た。
「小次郎さま、ご報告が!」
「みかど様の前だぞ、控えろ!」
「よい、ここで話せ。」
窘める小次郎を制して、南光院は報告を促す。
「はっ、伊賀の忍者が東京を出て南へ向かっております。」
「あいつは元々福岡で仕事してるんだ、不思議ではなかろう。」
「はっ、それが…。」
「何だ?話せ!」
「崇継殿と紗織殿もご同行の様子。」
「ほう。」
南光院が興味深げに感嘆を漏らす。
「どう思う、小次郎。」
「単なる里帰りではないでしょう。」
「こうなると、あ奴らを打ち漏らしたのも却って良かったのかもしれんな。」
「はい。」
「これぞ、天啓という奴だ。」
「はい。」
「風魔よ。」
「はっ!」
小次郎の横に黒スーツが二人歩み出る。
片方は日枝神社の宮司から記憶を吸い出したあの女。
もう片方は小柄な体にでっぷりと脂肪を蓄え、とても素早くは動けそうに肥満体のブ男だ。
その二人が小次郎を挟むように立ち、直立不動で命を待つ。
「あ奴らを見張れ、動きがあれば仕掛けてよいぞ。」
「はっ!」
**********
2019年(平成31年)4月26日
~福岡・中州~
「これが翔の城か~。」
午後の麗らかな太陽を浴びて眠そうな光を返すオンボロビルを見上げて、半次郎が呑気な感想を漏らす。
「エレベーター無いから、階段でごめんね。」
3階まで登ってくると、ドアが開いているのに気づいた。
無言のまま手で半次郎たちに合図を送る。
銃を構えて部屋に飛び込むと、部屋が荒らされている。
犬山たちに荒らされた後だ。
「おいおい、こりゃ酷いな、お前片付けしてないのか?」
「まぁ、やっぱり男の一人暮らしって、こんななのね。」
「違うよ、これは敵に荒らされたんだよ!」
必死で否定する翔に崇継が助け舟を出す。
「確かに、前に来たときはもう少し綺麗でしたよ。」
「トニカク、コレじゃ落ち着けナイ、ソウジしよう。」
翔たちが工具箱を引っ張り出して、手分けして掃除や壊れたドアの修理をしていると、すっかりと日も暮れて来た。
とりあえず睡眠が取れる程度には復旧したので、ひとまず落ち着くことにする。
さすがにこの状態から食事の準備をするのは手間なので、翔は屋台で食事する事を提案した。
それに、ダニエルからも屋台の様子を見て欲しいと頼まれている。
「お、ナイスアイデアだ、翔!」
「そうね、噂の中州の屋台、楽しみだわ。」
半次郎と菜々は、中州の屋台に興味津々だ。
崇継と紗織にしても、結局この前の滞在では屋台に行かずじまいだったので、心残りだったのだろう、目を輝かせている。
「じゃ、決まりだな。」
翔たちは手を洗って、事務所を出た。
中州界隈に住んでいる人間からしたら、外で食べる開放感以外は特に屋台で食べるメリットはない。
いつもダニエルの屋台に入り浸ってる翔たちも、もしダニエルがきちんと店を構えればそちらに行くだろう。
だが、中州界隈以外の地域の人から見れば、やはり中州の屋台には魅力があるのだろう、しかも、明日からGWを迎える金曜の夜だ、まだ宵には早いこの時間から、どこの屋台も盛況の様子を見せている。
六人が入れそうな店を探しながら、翔たちはダニエルの屋台<ダっちゃん>の定位置の方へ歩を進める。
(本当ならこの先にダニーの店が…)
感傷的になって、いつもの場所を見る翔の目にあり得ないものが飛び込んできた。
<ダっちゃん>が赤い提灯をぶら下げて営業している。
「オイ、アレ?」
「行ってみよう。」
翔とレオナルドが慌てて近づくと、数人の観光客が既に出来上がった様子で酒を飲んでいる。
「面白いね~、おかみさん!」
「せやろ、せやからウチ言うたったんや!『頭パッカーン割って、脳みそストローでチューチューしたろか!』て。」
「…谷本!?お前何でここに?」
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