第50話 天を拝む山
「おう、翔やんか、なんやもう来たんか?」
谷本があっけらかんとした声で出迎える。
「もうって…、いや、それより何でお前が屋台やってんだよ!」
「あのデカイのに頼まれたんや、『屋台をを頼む』って、せやから一肌脱いでやっとんのやないか!」
「そういう意味じゃないだろ、ていうかお前料理出来んのかよ?」
谷本は一拍間を置くと自信たっぷりの笑みで返した。
「お好みとたこ焼きは女子の嗜みやで。」
「あぁっ! お前、寸胴は?」
「そんなんあったら鉄板置けへんやん。小っさい事気にすんなや、ほら、腹減っとんのやろ、谷本スペシャル食わせたるから、大人しゅう座りや!」
「ホウ、ウマそうダナ。」
レオナルドは愛車改造の共犯意識があるのか、意外とすんなり受け入れている。
口喧嘩しているうちに菜々たちもやってきた。
「まぁ、早耶香ちゃんじゃないの? どうしたの?」
「おぉ、君がダニエル君のピンチヒッターか。」
「こんばんは、その節はお世話になりました。」
紗織がペコリと頭を下げる。
「なんや、嬢ちゃんたちも来たんか、そんなら今日は貸し切りや!
お客さんすんまへんな、今日はもう終いや。」
そう言うと先客たちを追い出しにかかる。
「スペシャル焼き上がるまで、これでもつまんどいてや。」
出されたのはたこ焼きだった。
「ウチのは出汁で食べるんや。」
カツオの効いた出汁の香りが食欲をそそる。
先陣を切った紗織が、頬張ると満面の笑みを浮かべた。
翔も不本意な表情で一つ摘まんで、出汁に浸して食べる。
「うまい。」
思わず唸った。
「せやろ!」
自信満々の谷本が、お好み焼きの焼き加減を慎重に計っている。
「せやから、皆で手伝いに来んでもよかったんに。」
谷本は、自分に向けられる怪訝な視線にようやく気づいたようだ。
「なんや、自分ら屋台の手伝いに来たんちゃうんか?」
「違うよ、(降天菊花)だよ。」
「アッチにあるんとちゃうかったんか?」
「太宰府らしい。」
翔の答えを聞いて谷本は得心がいったようだ。
「は~ん、それでか。」
「何がだ。」
「南光院も来とるで。」
「ダロウナ。」
「何日も前から、風魔の三下がチョロチョロしとるんや。」
「アイツらも、マダ手に入れてなさそうダナ。」
「なら、こっちが先に手に入れる!」
翔は決意を新たにする。
「それはそうと、お前、風魔の事はあんまり知らないんだっけ?」
翔の問いかけに、谷本が自慢げに胸を張った。
「こういう事もあろうかと思うて調べたったで。」
「まぁ、早耶香ちゃん偉い!」
菜々がすかさず煽てる。
「せやろ?」
谷本は割とすぐに調子に乗る。
「風魔の忍者は、自分らが四人倒したから、残り三人や。」
「ふむ。」
半次郎が頷く。
「まず一人目は、立石友香梨いう三十路のくノ一。
こいつが日枝神社の宮司から記憶を奪って、(降天菊花)の手がかり掴んだっちゅう噂や。」
「記憶を奪う忍者か。」
「でも、攻撃の術は特に持ってへんようやから、まぁ問題ないやろ。」
「そうなのか?」
翔の疑問を無視して谷本が続ける。
「で、次が、これまた三十過ぎの小太りなおっさんで、黒木義明いうたかな。
こいつは傀儡使いや。」
「クグツ?」
レオナルドの疑問には答える。
「そうやな、操り人形みたいなもんや。」
「ナンダ、人形ツカイカ」
レオナルドが嘲るのを、翔が否定する。
「いや、傀儡使いは嫌な相手かもしれない。」
「せやな…。」
「タダの人形ジャナイノカ?」
「あぁ、昔、俺が忍術は時代遅れの大道芸だって言ったろ?
でも、それには例外があって、それが傀儡使いなんだよ。
忍術は進化しないが、あいつらが操る人形は進化を重ねてる。」
「まぁ、言うたら、最先端の軍事用ロボットやな。」
「ナルホド、それはオモシロい。」
「ほんで、最後が風魔小次郎、背の高い三十半ばの陰気くさいおっさんや。」
「そいつはどんな術を使うんだ?」
「そこまでは知らんけど、自分の梅花の話聞いて『俺とよく似た術だ』言うとったらしいで。」
「俺とよく似た術?」
「ま、気ぃ付けるこっちゃな。」
谷本はそっけない言葉を返すと、慣れた手つきでお好み焼きをひっくり返し、手早くカットした。
手にしたヘラの小気味よい音が、料理の完成を教えてくれる。
流れる様にソースとマヨネーズを掛けて青のりを振ると、あっという間に全員分を皿に取り分けてにやりと笑う。
「へい、お待ち!」
「いただきまーす。」
ふわふわの生地に、程よく入っている豚肉とイカ・海老の魚介類の歯ごたえが彩を加え、ソースとマヨネーズが味を締める。
「ほんで、場所のアテはついとんのかいな?」
「お爺さんは、巨石の中にあるような事を言ってました。」
「それに関しては三つ思い当たる所がある。」
「三つか、言ってみろ、翔。」
半次郎が先を促す。
「まずは天拝山荒穂神社。」
「天拝山?」
「謀反の疑いをかけられた菅原道真が、神に無実を訴えるために毎日登頂しては天を拝んだという山だ。」
「ホウ。」
「次は都府楼跡。」
「なんやそれ?」
「昔の政庁があった跡で、巨大な柱を支えてた大きな礎石の列が残ってる。」
「そう言えばお爺さんは『巨石に囲まれている』と言っていましたね。」
崇継が口を挟む。
「そうなんだ、そういう意味では一番当たりかもしれんが、今は上の建物がないから只の広場で隠す場所がない。」
「地下に埋めてるのかもしれないわね。」
「そうなったらブルで掘り起こすしかないな、遺跡調査だぞ。」
「坊ちゃんが行ったら、ピカーって光って地下から出てくるんちゃうか?」
谷本の冗談も、崇継の超霊感を知ってしまうと、あながち冗談に聞こえない。
「そんな漫画みたいな事はないと思うが、何かしら惹き合うものはあるかもしれないな。」
崇継は翔の方を見て軽く頷いた。
崇継自身もそうあって欲しいと思っているのだろう。
「デ、サイゴは?」
「石穴神社だ。」
「イシアナ?」
「俺も行った事はないんだけど、巨大な岩がゴロゴロしてるらしい。」
「ほんで、どこから行くんや。」
翔は顎に手を当て、少し考えてから答えた。
「天拝山荒穂神社からだ。」
「じゃあ、明日はハイキングだな。」
半次郎は楽しそうにお好み焼きを口に放り込んだ。
**********
2019年(平成31年)4月27日
~福岡・天拝山~
<天拝山>
福岡県筑紫野市に位置するその霊峰は、標高250m程度で気軽に登れることから、近隣住民の健康増進に一役買っている
福岡の奥座敷と呼ばれ、万葉集にもその名が出てくる程の悠久の歴史を誇る二日市温泉からも、徒歩で15分程度の位置にあるので、天拝山登山の後に温泉で汗を流すのは観光客の定番コースだ。
九州自動車道を筑紫野ICで降りて、県道7号に入ると、二日市温泉入り口の信号を素通りして、天拝山歴史自然公園の駐車場に車を停める。
GWの初日という事もあり、駐車場に空きはほとんどない。
公園の周りを廻って登山ルートのスタート地点近くに行くと、<椿花山・武蔵寺>が鎮座している。
九州最古の寺としても知られる武蔵寺の境内には、樹齢1300年とも云われる
<長者の藤>があり、見頃を迎えるこの時期には毎年藤祭りが行われている。
「山に登る前に見ていきましょうよ!」
菜々の提案に反対する者もなく、一行は境内に入ると、池に掛かった小さい橋を渡り<長者の藤>へと向かう。
一行を出迎えた藤棚は壮観であった。
春の暖かな日差しを柔らかく透過する藤の帳は、見る者を分け隔てなく暖かく包み込む。
1300年の永きを生き抜いたそ包容力に、翔は歴史の重みを感じずにはいられなかった。
10年や20年そこらであれば、ただ無駄に生き永らえているだけだが、それが100年200年となれば話が違う。
ましてや1300年ともなれば、そこに存在している事自体が、ある種の奇跡と言えよう。
翔はその事に畏敬の念を覚えると共に、寒気を覚える。
(俺たちが求める(降天菊花)…。)
それを巡って、南北朝時代の終焉と共に始まった日本の影の歴史。
600年以上に渡り、日の目を見る事を許されなかった者たちの怨嗟の声が、積もりに積もって今、崇継と紗織に襲い掛かろうとしている。
執念と怨恨の歴史の重み。
それを払う事が出来るのだろうか?
ふと、隣を見ると、紗織が小さな手を合わせて、目を閉じてお祈りをしている。
(やるしかないか。)
翔はそっと紗織の頭を撫でた。
紗織は不思議そうな顔を翔に向けたが、すぐに笑顔を浮かべると、また目を閉じて祈り始めた。
(祭祀王の血が祈りを成就させてくれますように)
そう願った翔の背中に半次郎の声が飛んだ。
「ようし、みんな!ハイキングの開始だ!」
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