第35話 希望の光

「ただいま~。」


 翔たち四人が<服部茶房>に戻ったのは、夜の10時を回っていた。


「遅かったな、売り切れてたのか?」

「いや、ちょっと色々あってね。」

「まぁ! 寄り道してたのね!」

「違いますよ、相撲取りに襲われたり、らーめん食べたりしてたんです。」

「なんだそれ?」


 半次郎が呆れるのも無理はない、相撲取りの襲撃など完全に予想外だ。


「まぁいい、それより翔、あ~、ちょっと話しておきたい事があるんだ。」

「なに?」

「あぁ、まぁ何だ、ここじゃ何だから地下に行こう。」


 半次郎は切り出しにくそうな雰囲気を漂わせている。


「俺たちは? おらん方がいい?」


 ダニエルが気を遣う。


「いや、皆も来てくれ、皆も知っておいた方がいい。」


 階段を降りて全員が揃ったが、半次郎は言葉を選びあぐねて落ち着かない様子だ。


「そうだな、何から話そうかな。」

「半次郎さん、落ち着いて。」


 菜々は内容を知っているのだろう、半次郎の傍で、彼を落ち着かせようと手を握っている。


「よし、いいか、翔、左回りの気の話だ。」


 ドキッとした。


 その事ならこちらからも話そうと思っていた所だ、もしかしたら、忍者として復活しなくてもいいのかもしれない…。

 だが、翔はひとまず押し黙って話を聞くことにする。


「お前が、左回りの気を大きくしようと頑張ってるのは知ってる。

 …だが、それは努力ではどうしようもないんだ、もともと気の大きさは決まってる。」


「やっぱりそうか…。」


 薄々は気づいていた、そもそも、これまでだって意識してやっていた事ではない、訓練するにも何をどうすればいいか、全くのお手上げだったのだ。


「おじさん、俺…。」

「まぁ待て、話は最後まで聞くもんだぞ。」


 半次郎が翔の言葉を遮り、話を続ける。


「努力ではどうしようもない、でも、お前の右回りの気は大きくなってる。

 …何故だ?」

「それは、<霊水>を飲んだからでしょう?」

「その通りだ、崇継くん!

 つまり、薬物、或いはそれに類するものを摂取することで、気を大きくする事が

 出来るんだ。」

「ほんなこつね!」

「ソレは朗報ダナ。」


 ダニエルとレオナルドは素直に喜んでいるが、翔は浮かない表情を浮かべている。


「おじさんはそれを知ってたんだね?」

「あぁ。」

「その上で黙ってた。」

「あぁ、そうだ。」


「危険なんだね?」

「そうだ、危険な賭けだ。」


(やっぱりか…)


 半次郎の態度から、なんとなく想像はついていた。


「これを見ろ。」


 半次郎は左手を前に出すと、手のひらを上に向け、目を閉じて集中している。



 そう呟いた半次郎の手のひらに小ぶりの梅の花弁が一枚だけ浮かんでいる。


「お、おじさん、これは!?」


 ダニエルたちも梅の花弁に目を見張っている。


「もう無理!」


 半次郎が集中を切らすと、その花弁もすぐに消える。


「おじさん、今のは忍術?」

「はぁ、はぁ。」


 肩で息をしている半次郎は、返事の代わりにコクリと頷く。


「でも、おじさん、忍術は使えないんじゃ…。」

「だから、危険な賭けをしたんだよ。」


 半次郎は右手にいつも付けている手袋を外してみせた。

 手首から先が、まるで火傷の跡のようにただれている。


「小指は今でも動かない。」


 そう言って手袋をはめると、ポケットから緑色の液体が入った小瓶を取り出した。


「これがその薬。」


 ポケットからもう一つ、青色の液体が入った小瓶を取り出して、さっきの小瓶の隣に並べる。


「これが解毒薬。」

「解毒薬もアルノカ。」

「なかったら、僕は全身火傷で死んでただろう。」


 地下室を包んだ沈黙を破ったのは半次郎だ。


「いいか、翔、何も俺はこの薬をお前に勧めてる訳じゃない、むしろ逆だ。

 こんな危険な賭けに頼らないで済む様な方法を見つけるんだ、いいな。」


「分かってるよ、おじさん。」


 翔は爽やかな笑顔で答えた。



 2019年(令和元年)4月17日

 ~東京・新宿~


 まだ肌寒い深夜の新宿に、女の喘ぎ声が響いている。

 立ったままガラスのスクリーンに両手を付かせると、女の片足を担ぎ上げてバックから激しく突く。

 そのままガラススクリーンに体全体を押し付けるようにすると、丸く圧し潰された女の乳房がミラーに映り淫猥の度を増して、男はさらに激しく腰を打ち付ける。

 その様子を反対側から見物させているもう一人の女は、待ちきれずに自分で弄り始めた。

 男はバックから突いている女を激しく絶頂させると、腰を抜かしてヘタり込んだその女を放置して、もう一人の女の方へ狙いを変える。

 ソファーに座って自分でしていた女に、股を大きく開かせると、奥まで突き刺した。


 自分で弄っていたので充分に湿っている。


 男はそのまま女を抱えて起き上がると、露天風呂へ向かう。

 露天風呂の通路の手前のアルミの柱に手を付かせ、片方の足高く上げさせて、反対側の柱に持たせる。

 Y字バランスの様に立たせたまま、下から突き上げると、獣の様な声を上げて応える。

 男はそのまま激しく腰を打ち付け、何度目かの絶頂を迎えた。

 自分の精子を垂れ流している女を跨いで、露天風呂の浴槽に浸かる。


 新宿・歌舞伎町のラブホテル・グランシャリオのスイートルームで一度に二人を相手にして疲れた表情を浮かべている男は、咲山だ。

 咲山が相手にするのは、今月に入って二十人目になる。

 間接照明で浮かび上がるFRPの浴槽に浸かって、満足そうに夜空を見上げた。


(この世に俺ほど女に不自由していない男はいないだろう。)


 咲山家はもともと彫が深くパッチリとした二重まぶたの家系だ。

 そのルックスだけでもある程度はモテるだろう。

 しかし、咲山を女に不自由しないと豪語させるに至っているのは、そのルックスだけではない。

 咲山家に伝わる忍術のお蔭だ。


 <忍術・

 相手の生理活動に干渉し、特定の行動を喚起するスイッチを強引に押す術。

 いわゆるフェロモンを大量に浴びせる術だ。

 自分の過去の事を思うと、いつも咲山は苦々しい気持ちになる。

 他の風魔の連中からは、女をたらしこむしか能のない奴と、一段低く見られているし、事実過去の咲山一族はそれを武器にした諜報活動位しかしてこなかった。


(要は、俺の先祖は使い方を知らぬバカばっかりだったのだ。)


 咲山はぐったりと床に寝そべっている女たちに目を向け、冷徹な笑みを浮かべる。


(俺はバカなご先祖とは違う。)


 人格が壊れるまでフェロモンを浴びせ続け、俺の命令なら何でも聞く人形に仕立て上げ、忠実な俺の軍隊をつくるのだ。

 風魔の中には傀儡を使う者もいるが、常に操作しないと何もしないバカな人形とは違う、こっちはオートマチックだ。

 そして、その軍隊は日々増え続けている。


(そこの二人で二十人目)


 唯一の難点は、フェロモンの効き目が薄くなる前に、また浴びせないといけない事だが…。


(さて、あのメス犬の始末をどうするか…。)


 咲山は浴槽から上ると、デッキチェアに掛けてあったバスタオルで体を拭く。

 間接照明で浮かび上がる通路を歩いてベッドルームに戻ると、備え付けのガウンを羽織って横になる。

 <麺創房・無敵家>で出会った翔の事を思い出していた。


「そういえば、伊賀にもスケコマシが居たんだったな。」


 そう呟くと、楽しそうに笑った。


(さて、どっちが上か。)



 ~東京・雑司ヶ谷~


 翔が早朝ランニングを終えて、<法明寺>の参道でストレッチをしていると、いつものように猫が寄って来た。

 ストレッチをしながら猫のするがままに任せていると、背中にのって頭にちょっかいを出してくる。


「邪魔しちゃダメよ。」


 いつの間にか来ていた薫が、猫を抱きかかえて前に廻る。


「大人しく待ってましょう。」


 ストレッチする翔の傍らで、猫の相手をする薫に木漏れ日が降り注いでいる。

 翔は早めに切り上げると、薫の隣に座る。


「ショウさん、何かいい事あったんですか?」

「え?どうしてです?」

「何となく、そんな風に見えたから。」

「いや、いい事ってほどではないんですけど…。」


 翔は前置きして話し始めた。


「この前、失ったって話したでしょ?」

「もしかして…、取り戻せそうなんですか?」


 薫は恐る恐る尋ねる。


「いや、違くて、それは全然なんですけど、でも、失ったままでもいいかなって。」

「え?」

「僕にとっては一種の呪縛みたいなものだったし、それが無いなら新しい人生もあるのかも知れないって思ったんです。」


 薫は光が差したように感じた。


 伊賀と甲賀は不倶戴天の敵同士だ。

 でも、翔がその呪縛から解き放たれれば、もはや憎しみ合う理由もない。

 今の自分は仕えていたみかど様からの信頼も失い、宙ぶらりんの状態だ、いっそ自分も甲賀の呪縛を解けば、翔が歩く新しい人生に自分の居場所もあるのだろうか…。


「カオルさん?」

「は、はい?」

「ボーッとしちゃって、お腹でも空いてるんですか?」

「違いますよっ!!」


 薫はふくれっ面を作ってみせる。


「ハーゲンダッツ!」

「はい?」

「今度一緒に食べましょう! 薫さんは何味が好きですか?」


 薫はしばらく考え込んだ後、真剣な表情で答えた。


「クリスピーサンド!」

「僕もです!」

「コイツにはチュールでいいよね?」


 翔が猫を抱き上げ、薫は笑顔で答えた。


「はい!」

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