第34話 神の軍配
<相撲>
その起源は神話にまで遡る。
<古事記>にあるタケミカヅチとタケミナカタの力比べがそうである。
当初は神々の力比べであった相撲が、人間同士の力比べになったのは、同じく<古事記>によれば、野見宿禰と当麻蹴速の戦いが最初である。
もっともこの頃の相撲は今の様な型でなく、蹴りを中心とした原始的な格闘技であったとされているが、ともかく、その記述をもって二人は相撲の始祖として祀られている。
そんな相撲はいつの頃からか、神事へと姿を変えていく。
豊作のお礼として、神に捧げる奉納相撲がそうだ。
また、相撲の勝ち負けを占いとして用いる事も一般的であった。
そのような神事としての相撲が一般化されていく中で、土地の邪気を払うという意味合いを持つ四股を始めとした儀礼の所作は重要視され、形式美と呼べるものにまで発展して、現在に至る。
「神事であるゆえ、作法が大事なのだ。」
尚も講釈を垂れようとする相撲取りを無視して翔が叫んだ。
「構うな、撃て! 奴は丸腰だ!」
「たわけが!」
相撲取りが一喝する。
「神聖な土俵に武器などは持ち込めぬ。」
よく見ると、ダニエル達が持っていた武器は全て帳の外に放り出されている。
「ナラッ!」
パシュッパシュッ!
レオナルドがサイレンサー付きのジグ・ザウエルを発砲するが、透明な帳に遮られて中には届かない。
「たわけが!」
相撲取りが再度一喝した。
「神聖な奉納相撲は一対一の勝負事、外野が邪魔だてをするな!」
「じゃあ、なんで崇継まで?」
「小僧は行事役だ!…もっとも、ただの飾りにすぎんがな。
勝ちな名乗りが上るまでは指一本動かせんわ!」
崇継は不安そうにこちらを見ている。
「知っているか? 古代の相撲は、蹴りで相手を倒し、倒れた相手に止めをを刺して決着としたそうだ…。
我が奉納相撲のルールは簡単、土俵外に出た者が負け、すなわち命を落とす。
それまでは土俵に手を付いても寝転がっても良し!」
「素人相手に一対一の相撲勝負とは、風魔も案外と弱気なんだな。」
翔が挑発の言葉を投げる。
「挑発して加勢しようとしても無駄だ、我が奉納相撲のルールは絶対! 俺でさえ変更は出来ん!
まぁ、このルールに物言いを付けられるのは、神だけだろうな。」
そう言うと、おもむろに不知火型の土俵入りを披露し始める。
仕切りの体勢に入ってダニエルを睨みつけた。
「見合わんか! 始めるぞ!」
ダニエルは立ったまま左手を前に出し拳を目の高さに構えるボクシングスタイルを取った。
「ダニー気を付けろ! 相撲取りの立ち合いは見かけより早いぞ!」
前を向いたままコクリと頷く。
「待ったなし!」
相撲取りとダニエルはにらみ合い、立ち合いのタイミングを計る。
先に動いたのはダニエルだ。
鋭い左ジャブを相撲取りのこめかみに打ち込む。
その左手を外側から払うと、相撲取りは低い体勢から体ごとぶつかってきた。
<カチ上げ>
ギリギリで右に避けたダニエルの腰を、相撲取りの左手が襲う。
がっしりとベルト毎カーゴパンツの腰を掴んだ相撲取りが、頭を付けてそのままグイグイと押し込んでくる。
<押し出し>
一気に土俵際まで押し出されたダニエルが、膝を顔面にくらわし間一髪で逃れる。
バックステップで距離を取って襲撃に備えるダニエル。
相撲取りの鼻からは真っ赤な鮮血が滴っているが、意に介する様子はない。
「雷電の突っ張りには遠く及ばんなあ。」
「誰ねそれ?」
ダニエルは左手を下に降ろしたデトロイトスタイルに構えを変えた。
「なるほど、下からの攻撃に対処する気か。」
相撲取りは再度仕切りの体勢に入る。
「なら<電車道>で何もさせずにあの世行きだ!」
今度の立ち合いは、先に相撲取りが動いた。
動いたのを見て、ダニエルが側頭部目掛けて回し蹴りを入れるが、脂肪の鎧に阻まれて腕にしか届かない。
不安定な体制になったダニエルの体が宙に浮き、そのまま電車道のレールに乗った瞬間、崇継が相撲取りの膝の裏目掛けてダイブした。
全く予想外の人間から予想外の攻撃を受け、相撲取りはもんどりうって倒れ込む。
訳も分からず慌てて立ち上がった相撲取りは、ダニエルに背を向けていた。
(勝機!)
ダニエルは体ごと相撲取りの背中にタックルを仕掛けて、そのまま相撲取りを土俵の外に押し出す。
あっけなく土俵を割った相撲取りは、崇継に断末魔の叫びを浴びせた。
「小僧、貴様は!!」
ゴウッ
再び地鳴りのような音がして地面が揺れると、盛り上がっていた土俵が地面に沈み、カクテルライトに照らされる元の芝生に戻り、土俵を覆っていた帳も上空の切妻屋根も消えている。
巨大な肉の塊となった相撲取りの死体だけが後に残っていた。
「どげんなったとね。」
「ワカラナイ。」
「タカくんはなんで動けたと?」
「分かりません、最初は動けなかったんですけど、ダニエルさんがピンチになって、助けなきゃって思ったら体が動いたんです。」
「そうか、物言いを付けたんだ!」
翔は、得心がいった様子で説明を始めた。
「ほら、あいつが言ってたろ、ルールに物言い付けれるのは神だけだって。」
「タカくんが神っちゅーこと?」
「まぁ、お前らは日本人とは<神>の概念が違うから理解できないかもしれないけど、タカの血筋はずっと辿っていくと、神話の中の神様なんだよ。」
「いや、人間ですよ、僕は!」
崇継が顔を赤くして否定する。
「そりゃもちろん生物学的にはそうだし、今の所ただのトッぽい子どもだけど、史書を信じるならそうなるって事だよ、な!」
「僕はトッぽくもありません!」
崇継は顔を赤くして否定した。
「まぁ、何にせよ崇継に軍配を預けたのがあいつの敗因だったって事だ。」
「そうやね、ほんと助かったバイ、ありがとうね、タカくん。」
「いえ、僕もたまには役に立ちたいですから。」
「そうや! お礼に<無敵家>のらーめんおごっちゃろか!」
「オ!ソレはイイ!」
「いいね、ダニーご馳走様~!」
(今日の所は崇継サマサマだったが、この先も忍術を使わずになんとか敵を倒せるかもしれない。)
翔は今日の勝利に少しだけ希望の光を見ていた。
~東京・南光院邸~
「紗織様、またお食事をされていないのですか?」
知佐の問いかけにも答えずに紗織は布団にくるまっている。
「コレは投げるモノじゃないとお分かりいただけたのなら、お返しします。」
知佐の手にはくまモンが握られている。
食事の度に知佐に投げつけられるそのクマのぬいぐるみを、知佐が取り上げたのは昨日の夕食後だ。
「返してよ!」
珍しく紗織が布団から出て突っかかって来たが、
「反省なさるまでお預かりします。」
と、けんもほろろに取り上げられた。
紗織は反省などしていなかったが、布団から手だけだしてクマを受け取る。
知佐は軽くため息を吐いてクマを渡すと、くるまっている紗織に厳しい声を投げかけた。
「誰とも話さないおつもりなら、布団の中でそのクマとでもお話なさるのがお似合いですよ。」
そう言って部屋を出ていく。
紗織は布団の中で、一日ぶりに戻って来たクマもんを抱きしめて涙ぐむ。
しばらくそうしていると、くまモンから微かに物音が聞こえてきた。
「…さぁ…さぁちゃん…聞こ…聞こえる?」
(ちぃちゃん!? しかも、『さぁちゃん』って。)
「もしもし、ちぃちゃん!?」
紗織は半信半疑で、くまモンに問いかける。
「あぁ、良かった、今布団の中よね?」
「うん。」
「さぁちゃん、よく聞いて、私は何があってもさぁちゃんの味方だから。」
「うん!」
紗織は嬉し涙が溢れるのを我慢して元気に答える。
「きっと助けるから、もう少し我慢してね。」
「分かった!」
「これからは連絡は布団の中でしましょう。」
「うん! ちいちゃん!」
「なぁに?」
「ありがと!」
紗織はくまモンをギュッと抱きしめた。
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