第20話 名刀<則宗>
頼りない新月の光が、鎮守の森に再び注ぎ込み始めた。
漆黒の闇に慣らされた目には眩しいほどの明るさが、地面に転がる老人を照らす。
その老人・羽虫田 源之助は、額を撃ち抜かれ、既に絶命している。
「いや~、危機一髪やったバイ。」
その通りだった。
ダニエルがこちらの意図に気づいて、その一瞬を逃さず仕留めたから良かったものの、もし伝わっていなければどうなっていたか分からない。
「結局、<無明の明>っちゃ何やったと?」
「あぁ、アレは口から出まかせだ。」
「は?」
「何なんです?」
崇継に至っては全くの蚊帳の外で、何が起こったのか見当もついていない。
「<鉄鎖血鎧>というのも、出まかせですか?」
「アレは本当だ。
アレは血液中の鉄分で、体表に鎧を作る術なんだよ。」
「???」
「ほら、さっきのデカブツと戦ってる時に、剣と槍がぶつかって火花が散ってたろ?」
「はい、見てました。」
「あれがヒントだったんだよ。
そのコウモリの剣を固い何かで受ければ、火花が散るんじゃないかって、そしたらダニエルが仕留めてくれるだろうってね。」
「それにしても、よう首筋狙ってくるって分かったね。」
「いや、それは分からなかったから、全身を鉄で覆った。」
「へぇ~、人間の身体ってそんな鉄分あるんや~!」
ダニエルは、感嘆の声をあげる。
「まさか!人間の身体にそんなに鉄分ないよ。」
「じゃあ、どうしたんですか?」
「呪文唱えて印を結んでただろ?」
印を結んでたかどうかは見えてないだろうが、呪文は聞こえていたはずだ。
「はい。」
「あれで、土の中とか砂利とかから、鉄分を吸収してたんだよ。」
「へぇ~、そんな事できるんや!」
先ほどより更に大きい感嘆の声をあげた。
「ただ、全身覆っちゃうとこっちが動けなくなるし、なにより見た目でバレちゃうんだけど…言ったろ、<あいつは俺達を見ていない>って。」
「そう言えば、確かに言ってましたね!」
「ともかく、頼れる相棒が仕留めてくれて助かったよ。」
そう言うと、ダニエルの肩をポンと叩いた。
「それに、そいつの言う事が本当なら、残りはあと一人だ。」
翔たちは、暗闇の中に僅かな希望の光が差したような気持ちになった。
「行きましょう!」
崇継の力強い言葉に背中を押される様に、闇の中を歩きだす、宇佐神宮上宮本殿へと。
**********
宇佐神宮の上宮本殿は、二棟の切妻屋根の建物が前後に繋がる「八幡造」と呼ばれるつくりをしている。
他の八幡造と大きく違うのは、前後に繋がった本殿が横にも三つ連なっている点だ。
向かって左から、一之御殿、二之御殿、三之御殿と繋がり、ご祭神は同じく順に<八幡大神>、<比売大神>、<神功皇后>となっている。
国宝に指定されているその社は、厳かにして流麗だ。
他の神社でもそうだが、通常、参拝客はその手前の拝殿までしか参拝を許されていないため、拝殿の事を神社本体だと思っている場合が多い。
**********
翔たち三人は、安土桃山時代に建造されたと言われる西大門の塀を乗り越えると、上宮の聖域に足を踏み入れた。
研ぎ澄まされた空気がピリピリと肌に痛い。
一之御殿の拝殿の前に来ると、賽銭箱の置いてある奥の扉をそっと押してみる。
鍵はかかっていないのか、音もたてずに開いた。
警戒しながら奥に進むと、目の前に並んでいるのは、一之御殿、二之御殿、三之御殿、これが宇佐神宮の本殿だ。
夜目を凝らして見ると、一番奥、三之御殿の扉が開いている。
三人は、無言のまま手で合図を交わすと、三之御殿の方へ回り込んだ。
ダニエルと崇継は、ジグ・ザウエルを構え、翔は刀に手を掛ける。
飛び込んだ三人の目の前にあったのは、口のあたりを丸ごと食い千切られた白装束の遺体だった。
「なんや、これ?」
遺体の異常さと、それ以上のおぞましさに、崇継は凍り付いている。
「気を付けろ!」
遺体の腐敗具合から、殺されたのは数時間前だ。
(つまり、殺したのはもう一人の方の男か。)
翔は警戒の視線を周囲に送る。
その視線が部屋の奥に無造作に置いてある、細長い箱を捕らえた。
「おい、あれ!」
三人は、はやる気持ちを抑えて、その箱に駆け寄った。
うやうやしく螺鈿のあしらわれたその箱は、中身の貴重さを物語る。
「おい、もしかしてそれやないとね?」
「開けてみよう。」
固唾をのんで見守る中、箱から現れたのは約80cmの見事な美しいひと振りの刀だった。
丁子乱れの少ない優美な曲線は大きく反り返り、刀にあまり明るくない翔でさえ、息を飲む美しさだ。
だが…。
「(降天菊花)じゃないな。」
「これは何やろか?」
「分からん。」
翔たちには見当もつかないが、崇継はしきりに頭をひねっている。
「思い当たるのか?」
「これは多分、国宝・太刀<則宗>」
「なんだそれ?」
「東京の日枝神社が所蔵している名刀です。」
「それが何故ここに?」
「分かりません。」
「とにかく、他を探してみよう。」
三人は本殿の中を隅々まで探したが、(降天菊花)は見つからない。
「ここにはなかごたるね。」
ダニエルは失望を隠し切れない調子でため息を漏らす。
「そのようですね。」
崇継は答えながらも、心ここにあらずといった風に、<則宗>の方を見ている。
「気になるか?」
「えぇ、なんとなく。」
そう言って崇継が<則宗>に手を触れた瞬間だった、なんと、刀身が突然黄金色に輝き始めた。
崇継は刀に触れたまま、放心したように動かない。
「ど、どげんしたとね?」
「分からん。」
二人がしばらく呆気に取られていると、やがて、黄金色の刀身は輝きを失って、元の姿に戻った。
崇継は目をパチクリさせている。
「大丈夫か?」
「は、はい。」
「もしかして、何か見えたのか?」
「どうやら、日枝神社の宮司に会う必要があるみたいです。」
「それは在りかを教えてくれるって事か?」
「分かりませんが会って話したいと。」
「なら、急ぐバイ!」
三人は、(降天菊花)に繋がる細い糸が、手元に握られた事に興奮して、もう一人の存在を失念していた。
二之御殿の扉から外に出た三人の目の前に、一人の男が立っている。
「どうやら何か掴んだ様子だな。」
その男は、鋭い犬歯を剥き出しにして笑った。
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