第19話 闇夜に浮カブ

「翔の<縛石牢錠>っちゅうとも、アテにならんね。」


 ダニエルは、グレゴリウスの巨体を思い出して文句を言った。


「仕方ないだろ、アレが効くのは例の二人に対してだけだ。」


 翔が口を尖らせて答える。


 新月の頼りない明かりは、うっそうと生い茂った深い木々に阻まれ、鎮守の森は漆黒の闇を形成している。


 三人は装備を整え、その森の奥へと進んでいた。

 谷本にジャケットを貸したため、翔はTシャツ姿だ。

 隠密の潜入計画は、想定外の僧侶の待ち伏せで、早くも破綻している。


「待ち伏せされてるでしょうか?」


 崇継が声を押し殺して尋ねる。


「恐らくな。」


 翔が答える。

 三人は、待ち伏せを警戒して明かりは付けず、木々の間から僅かに漏れる情けない光を頼りにゆっくりと進んでいた。


「例の二人以外に何人おるやろか?」


 ダニエルも疑問を口にする。


「さぁな、だが、雑魚はともかく、忍者は例の二人だけと思いたいな。」


 希望をこめた翔の言葉に、意外な返答があった。


「ほっほっほ、正解じゃよ。」


 はっとして声のした辺りを見上げるが、儚げに揺れる木の葉が僅かに見えるだけだ。

 姿の見えない来訪者を警戒し、三人は背中を合わせて周囲に目を配る。


。」


 声だけが響くと、さっきまで僅かながらも届いていた月明かりが全く届かなくなった。

 傍にいる二人の姿も触覚でしか感じない。


「離れるな。」


 翔は二人に告げた。

 離れたが最後、下手に動けば同士討ちが待っている。


「悪手じゃな。」


「!!」


 ふいに、気配を感じてしゃがみ込んだダニエルの頬から鮮血が飛び散る。


。」


 またも声だけが響く。


「ダニエル、どうした?」


「分からん、切られた。」


「そのデカイいのが、ダニエルというか、ほっほっほ。」


「何がおかしい!」


「無粋な事を言うな、若者よ。

 という事は幾つになっても、楽しいモノじゃ。」


「じゃあ、お前は俺達の事をんだな?」


「じゃから、今、のじゃよ。」


「つっ!!」


 今度は、翔の左肩から鮮血が迸る。


「翔さん!大丈夫ですか?」


「ほっほっほ、その中くらいのは、翔というか。

 では、その一番小さいのが、崇継坊ちゃんという訳じゃの、ほっほっほ。」


 パシュッ。

 パシュッ。


 ダニエルが、相手の声だけを頼りにジグ・ザウエルを乱射する。


「無駄じゃよ、無駄、ほっほっほ。」


 リュックに懐中電灯は入っているが、この暗闇でリュックの中から懐中電灯を探していたら、その間に切られるだろう。


「翔、なんか明かりば出す忍術なかとや!」


 ダニエルの声には切迫の感が滲んでいる。

 そもそも忍者は闇にものだ、わざわざ明かりを点ける忍術を翔は知らない。

 だが、このままでは勝機が無いのも事実だ。


(一か八かだ。)


 翔は心を決めた。


「いいか、ダニー、よく聞け。あいつは視覚以外の何かで攻撃している。

 いいか、あいつは俺達を。」


「あぁ、分かっとる。」


「だから、俺も同じ事をする。」


「できるとか?」


。」


「なんやそれ。」


だ、心の目で見る。」


「ほーっほっほほ、若いの、バカも休み休み言え。」


 嘲りの声を無視して続ける。


「できるとか?」


 心配そうな声で改めて聴き返す。


「親父との修行で成功した事がある。」


って…。」


「いいから、俺から三歩離れろ!」


 二人の気配が翔から離れるのを確認すると、日本刀を右手に持ったまま、左手で印を結び始めた。


「約定の犬、冥界の龍、天に落ち、地に登り、再び相まみえん。」


 印を結び終わった左手を柄に添える。



 翔は、剣を下段に構え、居合い抜きで迎撃態勢を整えた。


 老人は木の枝に止まって、その様子を観察している。


 いや、正確には聴察と言うべきか。


 **********

 老人は、その名を<羽虫田 源之助>という。

 老人の盲いた目には闇しか映らない。

 その彼がここまで生き延びられたのは、目以上に物を見通す耳にあった。

 見えていないのに<見通す>というのも変だが、とにかく彼は<見る>以上に周囲を把握する能力があった。


 <


 自動車のバックソナーなどと同じ仕組みで、発した超音波の跳ね返ってくるまでの時間や強さで、そのモノの位置や大きさを知るのだ。

 要は、巨大なコウモリという訳だ。


 そして、彼の忍術<>は、伸ばした皮膚を羽の代わりにして、まさしくコウモリのように、音もなく標的に向かって滑空する。

 これを、周囲を漆黒の闇に変える忍術<>と組み合わせれば、

 見る事もできない、無音の殺人術の完成だ。

 **********


 羽虫田 源之助は、一段高い超音波を翔に当て、その返りを確認した。


 標的は動かない。


 もし、翔が自分と同じように、超音波なり音で感知しようとするなら、何かしら反応を示すはずだ。


(本当に<>とやらで見るつもりか?)


 羽虫田 源之助は、小ばかにしたような笑みを浮かべた。


(舐めおって、防いでみるがよい!)


 音もなく跳躍すると、刀を胸の前に構え、そのまま勢いよく滑空を始める。


 20m


 標的は動かない。


 10m


 まだ動かない。


 5m


 まだだ。


 3m


 まだ


 1m


 勝った!


 羽虫田 源之助は、一寸たがわぬ正確さで翔の首元に刃を叩きつけた。


 ピキィーン。


 火花と共に甲高い音が響き、羽虫田 源之助の刀が真っ二つに折れる。


 パシュッ。

 パシュッ。


 それと同時に、火花で照らされた羽虫田 源之助の額を、ダニエルが正確に撃ち抜いた。




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