第17話 怒僧天を突く

2019年(平成31年)4月7日

 ~大分~


 時刻は夜の10時。

 人影のない神橋を渡る三人の男たち。


 三人が背にしたリュックは、ダニエルが厳選したサバイバルグッズと武器でパンパンだ。

 崇継にも、サイレンサー付きのジグ・ザウエルを持たせてある。

 翔とダニエルは、その上さらに近接戦用の武器を携帯していた、翔が持っているのは日本刀だ。


**********

 戦国時代に活躍の場を置いていた忍者は、特殊技術ばかりが注目されるが、基本戦術は刀を持ちいる戦闘だ。

 そこが弱くては話にならない。

 翔も子供のころから両親から手ほどきを受けていたし、忍術同様にその天秤を褒めはやされていた。

 なにより、他の忍術と違って、剣道の授業というクラスメイトと競い合える場があるのが、励みだった。

 剣道の授業が始まる小学6年生を心待ちに練習に励んでいた翔は、授業が始まると愕然とした。

 両親から教わったのは、


 ・相手の隙を付け!

 ・相手の急所を狙え!


 あくまでも相手を倒すための技術だ。

 だが、学校の授業で習う剣道は、純然たるスポーツだ。

 礼に始まり礼に終わる。

 かくして、スポーツ剣道に馴染めない翔は、さしたる活躍を見せる事もできずに、失望のまま剣術の修行にも身が入らなくなっていった…。

 だが、今回は違う。

 両親が想定して教え込んでいたのは、まさに今回のような場面なのだ。

 それに、翔は拳銃を撃った事がなかった。

 いざという時に、初めての事を正確にやるのは難しい。

 それなら刀の方が頼りになるだろう。

**********


 三人は、ついに静かに眠る宇佐神宮に潜入した。

 …と言っても、広大な敷地には塀も門もなく、警備があるのは貴重な文化財などが保管されている一部の建物だけなので、人目を忍んでコソコソとしているだけだ。

 それも、一旦神橋を渡って境内に入ってしまえば、人目自体がないのでその必要すらない。


 …はずだった。


 神橋を渡って参道を前に進むと、朱色の大鳥居が出迎える。

 その手前に狛犬が向かい合わせに立っているのだが、向かって右側の阿形の狛犬の前で、一人の托鉢僧がお経を唱えていた。


 (こんな人のいない時間に、普通の托鉢僧など居るはずがない。)


 三人は最大級の警戒心で、その托鉢僧を観察した。

 巨体のダニエルを一回り大きくしたようなその托鉢僧は、お経を唱えながら手にした鉢を地面に置くと、狛犬に立てかけていた錫杖を手に取る。


「動くな!」


 ダニエルが、有無を言わさずジグ・ザウエルを構えた。

 翔はその隣でゆっくりと抜刀し、崇継も恐る恐る銃を抜く。


 托鉢僧は読経を止め、チラと三人を見ると、目をカッと見開いて、錫杖を地面に突き刺した。

 その瞬間、風圧のようなものが翔たち三人を突き抜けて行ったような感覚に襲われ、我に返ったダニエルが引き金を引こうとするが、指が動かない。

 翔も正面に構えた刀を動かせず、崇継もその場に固まったまま動けない。


「こ、こら、なんね、破刻の術やないと?」


「いや、違う、破刻の術なら声も出せない。」


 不意に動きを封じられ、焦ってもがく三人を他所に、托鉢僧はゆっくりとした動きで錫杖を抜き取ると、中段に構えて先端を一振りした。

 輪型の遊環が地面に落ち、中から鋭い切っ先の槍頭が姿を現す。

 その切っ先を翔たちに向けたまま、傍らに置いていた巨大なズタ袋を、足で自分の前に動かすと、袋の口を逆さまにした。


 袋から転げ出て来たのは、小柄な全裸の女だった。


「よう見ておけ、谷本、お前を辱めた男が刻まれるサマをな。」


 翔たちに気づいて、慌てて膝を立て、両手を組むようにして胸を隠したその女は、谷本早耶香だ。


「我は、グレゴリウス・ラス・ヒョードル。」


 足を交差しおどける様な礼をする。


「そこのお前。」


 翔の方を指さした。


「なぜ効かぬか不思議なのだろう?」


 そう言うと、唇の端を歪に歪ませて笑う。


 グレゴリウスの言う通り、翔は不思議に思っていた。


 先ほどから掛けている<破刻の瞳>が一向に効かないのだ。


「そもそも何故、自分が身動きとれぬのかも分らんだろう。」


「何をした。」


。」


「お前の忍術か?」


「我は忍術など使わぬ。」


「では、なんの手品だ?」


「手品などではない、お前たちはている、しているのだ、我のに。」


「何だと?」


「お前たちの本能が、我を恐れるのだ。

 恐れは理解を拒み、体は縮み上がり、思考は停止する。」


 グレゴリウスは、上を向いて何かを思い出すようなしぐさをした。


**********

 グレゴリウス・ラス・ヒョードルは、ロシアの寒村の産まれだ。

 貧乏な暮らしで、両親には喧嘩が絶えず、父はすぐに暴力を振るってきたし、母はそんな彼に関心すら示さず、父が居ない時にはその辺の男を連れ込んでは、小遣い稼ぎをしていた。

 彼は、常に激しい憤りを自分の内に隠して生きて来た、父からこれ以上殴られないように、母からこれ以上見放されないように。

 そんな彼に転機が訪れたのは10歳の頃だ、その頃、彼の身体には変化が訪れていた。

>したのだ。

 もちろんそんな事を相談できる両親ではなかったので秘密にしていた。

 だが、ある夜、彼が眠っている時に、何かが暖かいものが覆いかぶさって来た。

 寝ぼけ眼で見てみると、母が彼の巨大なモノをしごき上げ、上から跨っている所だった。

 嫌悪感を覚えた彼は、身を翻して防ごうとしたが、自分のモノを包み込む初めての感覚に抵抗できないまま、母のなすがままに任せるしかなかった。

 母はほどなく絶頂を迎え、彼も母の中に大量に放出した。

 どのくらい彼の上でぐったりとしていただろうか、やがて起き上がった母は、体の向きを変え、彼の顔面に跨ったまま巨大なモノを口に咥え始めた。


「ママ、もうやめてよ。」


 彼の願いもむなしく、母は奉仕を止めはしない。

 そこに、父親が帰って来た。

 血相を変えて駆け寄ってくると、母を蹴り上げ、そのまま踵を彼の鳩尾に蹴り下ろした。

 常軌を逸した表情で母子を蹴り続けるのを、息も出来ないままじっと耐えていたが、いつもとは様子が違う父親の様子に、死が頭をよぎった。

 と、同時に激しい感情が湧いた。

 

 <


 彼は初めて、はっきりとその感情を自覚し、開放させた。

 それが


 <


 あまりにも激しい感情の露発は、時に相手をパニックに陥れ無意識のうちに動きを止めてしまう事がある、ヘビに睨まれたカエルしかり。


 彼の生来生まれ持つ激しい激情の性格と、それを押さえつけて過ごした10年間は、その力を揺るぎないものに育て上げたのだ。


 当初、彼はその力を恐れた。

 怯えた表情で固まったままこちらを見ている両親を、激情のまま殴り殺した自分を恐れた。

 彼はロシアを抜け出し、日本に密航し、仏門に入る。

 そして、20年に渡る厳しい修行の末、彼は悟った。


 人の生まれ持ったサガは抑えられない。


 以降、彼は姦淫と破壊の限りを尽くす怪物となり、現在に至る。

**********


 グレゴリウスは何かを探すように左右を見回した。


「さて、6人と聞いていたが…3人足りんな。」


 不満そうに呟く。


「一人、美人が居ると聞いていたが…。」


(知佐の事だ。)


「ふざけるな!」


 グレゴリウスの顔に浮かんだ邪悪な笑みに、翔が反応する。


「ほう、お前と恋仲か?」


「お前の知った事か!」


「犯したのか?」


 グレゴリウスがニタッと笑いながら問いかける。


「なんだと?」


「まだか…、何故犯さん?」


「な?」


「好いておるのだろう?何故犯さん?」


「何言ってる?」


「犯せ!好いておるなら、尚の事! 犯して自分のものにするのだ!

 それが

 !」


「・・・」


 翔は返す言葉を失った。


 その様子を見て、グレゴリウスは失望したような表情を浮かべる。


「やはり、はそうそうおらんか。」


 そのまま、勝ち誇った瞳を谷本の方に向けると、嘲るように言葉を続けた。


「この女も捨て時だと思うておったがのぅ。」


「グレゴリウスッ!!」


 激高した谷本が、その場でキュッと回転し、渾身の回し蹴りを繰り出した。

 その背中には半透明の虎を纏っている。


 ガキッ!


 なんと、N-BOXを破壊したあの蹴りを、いとも簡単に槍頭の付け根で受け止めると、その足を掴んで無造作に放り投げた。

 谷本の小柄な体は反対側の狛犬に衝突し、意識を失う。


「やはり捨て時か。」


 そう言って笑うと、恐ろしい一言を発した。


「では、代わりに隠れている美人を見つけて、犯すとしようか。」


 グレゴリウスは、中段に構えた槍を翔の方に向ける。


「お前らを屠った後でな!」


 強烈な突きが、翔の心臓を目掛けて唸りを上げた。

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