第16話 潜入!宇佐神宮

 ドライブ日和の大分道をひた走る二台の車は、玖珠ICで高速を降りると、国道387号線を北東に進む。


「お前、余計な事検索してないで、<宇佐神宮><乗っ取り>で調べてみろよ。」


 レオナルドがすかさずキーを叩く。


「ホウ。」


 検索結果を見て、思う所があるのだろう、感嘆の声を口にした。


 数年前、宇佐神宮は、宮司の世継ぎ問題で、雑誌やワイドショーに盛んに取り上げられていた。

 宇佐神宮の宮司は代々世襲で受け継がれてきたが、神社本庁から無理やり天下り宮司を派遣されたとして、一時期話題になっていたのだ。

 当時は、そんな所にも権力争いがあるんだなと、漠然と思っていたが、今回の事件に繋がる動きだったとすれば、妙に符合が合う…。


「キヲ付けたホウが良さそうダナ。」


「あぁ、隠密行動が必要かもな。」


「ニンジャの本領ハッキか?」


 翔は、返事の代わりに笑顔を返した。



 **********


 翔たちは、国道387号線を左折して県道658号線に入ると、突当りを右折して県道10号線に入った。

 道なりにしばらく走ると右手に広々とした駐車場が見える。

 その手前の信号を右折し、古びた旅館の駐車場に車を停めると、チェックインもそこそこに、参道の商店街の中から、これは!と思う店で食事を採る事にした。

 先ほどの襲撃のお蔭で、朝から何も食べていない。


「かくまさ」という名前のその店は、650席を備えた巨大な店だ。

 小上がりの座敷席に通されると、メニューを見て驚いた。

 うどん・そば・親子丼などの定番に加えて、大分名物のとり天や、茶葉麺、しじみ貝汁など、豊富なメニューを揃えている。

 茶葉面にも心を惹かれたが、やはり店の名物と銘打っている<だんご汁定食>を注文する事にした。

 ほかの皆も同じ気持ちの様だ、全員一致で注文する。


 程なくして運ばれてきた<だんご汁定食>は、味噌仕立てのスープに、たっぷりの野菜と、豊中だんごと呼ばれる小麦粉で作った平たい団子のような麺が入った郷土料理だ。

 ほっとする柔らかい味わいが体の中に染み入って来るようだ。

 定食にすると、からあげが付いてくるのも地味に嬉しい。

 子どもは、から揚げ定食とかの方が良かったかなと思ったが、崇継も紗織も「おいしい!」を連発している。

 こういう郷土料理を美味しく食べられる子どもに悪い子は居ない。

 デザートにソフトクリームを頼んで、英気を養ってから店を後にした。


 まだ、15:00を少し回った所だ。


 観光客に紛れて神社の周辺を散策し、周囲の状況を探る。

 背後に御許山を従えた境内は広く、それ自体が小椋山という山になっており、前面を流れる寄藻川を渡る橋は4本掛けられている。


 一行は、朱色に塗られた明神鳥居に一礼してくぐり抜けると、寄藻川では大きな鯉が口を開けて待ち構えている。

 熱心にエサを蒔く観光客の後ろをすり抜け、<神橋>を渡って境内に入った。

 深い緑に覆われた境内は、樹齢の高い樹が多いのだろう、落ち着いた重厚な佇まいで、訪れる参拝客を出迎えている。

 崇継と紗織は、その立場故、遠出どころか自由に出歩くことさえ、ままならない生活だったのだろう、目に映る風景を物珍しそうに眺めては、


「わぁ、お兄ちゃん、あの鳥なに?」


「さぁ…、多分、ウグイスかな?」


 と、はしゃいでいるのが、微笑ましい。


「ふふふ、アレはメジロですよ。」


 後ろから声を掛ける知佐も、きっと同じ気持ちなのだろう。


 少し歩くと右側に宝物館が現れた。


 国宝に指定されている<孔雀文磬(くじゃくもんけい)>など、数々の文化財が展示されている。

 その宝物館に連なるように建てられている参集殿では、様々な催し物が行われる。

 その瀟洒な造りの参集殿を右手に通り抜けると、左側には広大な池、右側には摂社・末社が立ち並び、一つ一つにお参りしていては、時間がいくらあっても足りない。


 ゆるやかな登りとなっているその参道を更に進むと突当り<祓所>が見える。

 参拝の前に穢れを落とす場所だ。

 参拝者は、そこで穢れを落とした後、最も左側にある鳥居を潜ると<上宮>、その隣の鳥居を潜ると<下宮>へと続いている。


 <祓所>の前に来ると、崇継がこめかみに手を当てて俯いた。


「おい、大丈夫か?」


「すみません、大丈夫です。」


 言いながらも、肩に捕まって来る。

 しばらくの間肩を貸していると、崇継は、顔を上げて<上宮>へと続く参道の方を睨みつけた。


「あいつらです。」


 その視線の先には、頭髪を短く刈り込んだ黒いスーツの大柄な男・犬山だ。

 その隣には、視覚障碍者用の杖を左右に振って砂利を払いながら、砂利道を器用に歩く小柄な老人。

 二人は、<上宮>の方に歩いている。

 一見すると、障碍者とその付き添いの様にも見えるが、観光客とは思えないほどの異様な雰囲気は隠し切れない。


「気づかれたと思うか?」


「いえ、恐らくまだでしょう。」


「ダガ、来る事はシッテイル。」


「あぁ、だから先回りしたつもりなんだろう。」


「くそっ、なんでバレとるとね、やっぱ、あん女やろか?」


「どうするの?」


 しばらくの間、顎に手を当てて考えていた翔が、口を開いた。


「今夜、忍び込む!」


「えっ?」


 皆が驚いたように翔を見る。


「連中の目的が俺達の命なら、ここに到着するのを待つまでもないだろ?

 それが、ここに来たって事は、連中にも探してるものがあるって事じゃないか?」


「オタカラか…。」


「連中に盗られる前に、俺たちが盗る!」


 一同の決意が固まった。


「ばってん、あいつらが先に見つけて持って帰ったらどげんするとね?」


 ダニエルが尤もな指摘をぶつける。


「俺に考えがある。」


 翔は、男二人が砂利道に残した足跡から、両手いっぱいの小石を拾うと、ニヤッと笑った。


「さぁ、一旦却って作戦の準備だ。」



 一行が来た道を引き返して行く様子を、一組の男女が摂社の一つに参拝するふりをして、背中越しに伺っていた。


「おい、姉貴、アレじゃねぇか。」


「シッ、気づかれるわよ。」


 鋭い言葉で制したのは蜂谷薫。


「忍び込むとか言ってたな、おっさんに知らせるか?」


 弟の蜂谷攻の提案に、姉はあまり乗り気でないようだ。


「バカね、私たちの目的は(降天菊花)よ。

 わざわざ自分たちで汗かいて探す必要はないわ。」


 蜂谷薫は、遠くなっていく一行の後ろ姿を見ながら、妖艶な笑みを浮かべた。



 **********


 一行は、旅館に着いてチェックインを済ませると、隣り合った和室を2部屋確保した。

 片方は知佐と紗織の女性陣、もう片方は翔たち男性陣だ。

 荷物を部屋に運び込むと、翔はふらっと部屋を出て行った。


「ちょっと準備してくるから、寛いどいて。」


 気の抜けたような伝言の通りに、部屋に残った三人はお茶セットでお茶を淹れて寛いだ。


「タカくんの、超霊感って、痛いと?」


「痛いというより、締め付けられてる感じです。」


「カンじるのは映像ダケか?音やニオイは?」


「今の所、映像だけです。」


 ダニエルとレオナルドは、これまで翔に遠慮していたのか、ここぞとばかりに質問攻めにする。

 容赦ない質問に曝されながらも、崇継は楽しかった。

 翔も含めて、こういう人たちとはこれまでの人生で遭遇した事はない。

 辛く危険な逃避行ではあったが、自分の新しい扉が開いていくような新鮮な感覚を覚えていたのだ。


 その頃、隣の部屋では、こちらも女性陣がお茶セットで寛いでいた。


「さぁちゃん、大丈夫?疲れたでしょ。」


「ちいちゃんこそ、私のおもり大変でしょ?」


「私は何もしてないわ、というか、何もできない。」


 知佐が自嘲気味に言った。


「そんな事ない! ちいちゃんは皆が動きやすいようにいつも気を使ってるもん。」


 紗織の言葉が胸にしみる。

 紗織の頭を撫でながら、優しく言った。


「ありがとう。」


「私だけは、ちいちゃんの味方だからね!」


「ありがとう。 じゃあ、私もどんな事があっても、さぁちゃんの味方。」


「約束だよ!」


「うん、約束!」


 そう答える知佐の表情には僅かな陰りがあった。


「私も…、戦いたい。」


 紗織の言葉にハッとしたように頭を撫でる手が止まる。


「私も、戦いたい!」


 突然の襲撃からこっち、目の前で沢山の命が散っていくのを見て、やりきれなくなったのだろう。

 その気持ちは分かるが、これ以上紗織のような少女を血みどろの世界に巻き込んではいけない。


「さぁちゃんも、今日の戦いを見たでしょ。」


「うん。」


 正確には、見たのは煙幕と閃光弾だけだったが、普通の相手じゃないのは容易に想像できた。


「相手は普通じゃないの、もう私たちの手に負えるような相手じゃないのよ。」


 知佐は自分の無力さに忸怩たる思いを抱いていたが、その口惜しさを押し殺すように言い聞かせた。


「…うん。」


 そんな知佐の気持ちを察したのか、紗織もしぶしぶ従う。

 少女なりの気遣いが嬉しくて、知佐は紗織を抱きしめた。

 突然の抱擁に紗織は驚いたが、今まで自分をこのように扱ってくれた人は居ない。

 緊張した体を緩めるとギュッと知佐を抱き返した。



「ただいま~。」


 1時間ほど経った頃、翔が男性陣の部屋に戻って来た。

 女性陣も集合して、どこからか調達してきたミッキーマウスのトランプで、呑気にババ抜きをしている。


「お帰り~、なんばしよったとね?」


「これさ。」


 翔は手に持っていた小石を見せる。


「???」


「縛石牢錠」


「???説明シロ。」


「人が触れたモノには、僅かながら気…というか、痕跡が残ってるんだよ。」


「ほうほう。」


「で、その気が残ったモノで、その人の周囲に特殊な陣を張ると、その痕跡を使って、動きを監視できるんだ、それが<縛石牢錠>。」


「あいつらん周りに石蒔いて来たとね?」


「違うよ、境内の周りを囲って来た。

 これで、あいつらのうちどちらがが境内を出ればすぐに、この小石が教えてくれる。」


「ヘェ、便利ダナ。」


 レオナルドは感心していたが、軽く触れただけの痕跡なんてものは半日もすれば消えてしまうので、実際の所使い道がない。

 翔にしても、使うのは今回が二度目だ。


「さて、暗くなる前に、役割を決めておこう。」


 ちょうど皆は車座に座っていたので、崇継とダニエルの間に座り込む。


「潜入は隠密行動だから、全員でって訳にはいかない。


 潜入するのは、俺とダニエル、あと…タカ。この三人だ。」


「タカくんも行かせるの?」


 知佐が難色を示す。


「俺もダニーもお宝には縁がない、目指すものが(降天菊花)かどうか分からないんだ。」


 すかさず崇継が加勢する。


「僕も本物を見たことはないけど、分かる可能性が一番高いのは僕です、行かせてください!」


 崇継にこう言われては知佐も引き下がらざるを得ない。


「潜入組以外はここで待機、マズい事があれば連絡するから、だれか一人は交代で起きておくようにしといてくれ。」


「うん、分かった!」


 紗織が元気よく答えた。


「潜入は夜10時!それまではゆっくりしよう!」



 **********


「何だ、これは?」


 犬山が怒りに肩を震わせる。


「なぜ、こんなモノがここにあるのじゃ。」


 盲目の老人が、盲しいた目を、傍らに立つ男に向ける。


「知らん、俺が聴きたい位だ!」


 吐き捨てる様に言ったその男は、ここの宮司だろうか白装束が夜目に眩しい。


「みかど様はお嘆きになるぞ。」


 その言葉に、宮司は一瞬身を固くしたが、すぐに横柄な態度に戻った。


「俺が来た時にはすでにそうだったのだ、それを隠す為に俺がどんな苦労を…」


 犬山が肩をいからせて近づいてくる。


「おい、やめろ。」


「みかど様はお嘆きになる。」


 犬山は宮司の男の両肩を掴んで持ち上げる。


「や、やめろー!」


 宮司は半狂乱になり白装束がはだける程に暴れ出した。

 裾からは黄色い液体を漏らしている。

 犬山の口が犬の様に盛り上がると、喚き散らす宮司の口を噛み千切った。



 ・・・・・時刻は夜の10時。


 かつて、皇統を危機に至らしめたその地が、再び皇統に危機をもたらすのか…。

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