第7話 接触

2019年(平成31年)4月6日

~福岡~


 少年は、怒りとも羞恥ともつかぬ感情で顔を真っ赤にして立ちすくんでいる。

(俺の事理解してくれるのは誰も居ないのか?)

 少年は、あえぐようにゆっくりと周囲を見回した。

(いた!)

 視線の先では、柔らかく暖かい視線が少年に向けられている。

(あぁ、やっぱり優しい・・俺を分かってくれるのはやっぱりお前だけ・・・その眼をもっと見せてくれ・・・)



 翔はまどろみの中で目を覚ました。


(またあの夢か…)


 ここの所、睡眠のたびにこの夢を見る。

 最初は恥ずかしい記憶が呼び覚まされ、起きた後でも穴があったら入りたいような妙な気持になったが、こう何回も見ていると段々と慣れてくる。

 今となっては自分を見つめる優しい眼差しの持ち主の正体に興味が移っているくらいだ。


 寝ぼけた頭を整理しようと目を閉じると、バスルームの方からはシャワーの音に混じって、微かに鼻歌のようなものが聞こえている。

 ベッドヘッドの時計を見ると、デジタルの表示がAM6:30を示していた。


「少し眠っちゃったか。」


 記憶に残っている最後の時刻表示は、AM5:27だ。

 翔は大きく伸びをして、体のハリをほぐしながら、先ほどまでのプレイを振り返る。


 昨日のヤク中騒ぎの後、怯えている初心なスポーツ少女(名前はミコトと言うそうだ)の心の傷を癒すために、天国にいざなってやろうという軽い考えで、例のスイーツビュッフェをウリにしているホテルに連れ込んだのが、目論見は大外れだった。


 体力自慢のスポーツ少女の性欲は底なしだ。


 最初の方こそ、鍛えられてプリッと盛り上がった尻を、立ちバックで突きながら弄ぶ余裕があったが、2時間を過ぎた辺りからそんな余裕は消し飛んだ。

 ミコトの有り余る体力は何度イッても満足しないが、こちらはそうは行かない。


 3時間かけてたっぷりイかせた後、ようやく自分も射精をしたが、10分もすると、疲れ切って横になっている翔の上に覆いかぶさって来る。

 射精直後にハードにイジられても痛痒いだけだが、どこで覚えたのか絶妙の柔らかさで刺激してきた。

 いつそんなテクニックを覚えたのか不思議だったが、


「コーチはすぐイッちゃうから…」


 この一言で察した。


「スポーツ少女も色々あるんですよ。」


と、自嘲気味に笑う少女を見て、翔の中の何かに火がついたのか、そこからは種馬のように猛烈なピストンと、ベルベットの様な優しい愛撫を交互に繰り返した。

そのかいがあって、


「私、エッチで満足できたの初めてです。」


 と言わせたのが、AM5:27だった。



 翔は、ひとつ大きな欠伸をすると、バスルームへと向かった。

 パーティールームとしても利用することがあるという部屋だけあって、大人3~4人が入れそうなバスタブはモコモコの泡で満たされ、その中で少女が無邪気な笑顔を浮かべて寛いでいる。

 泡の合間から時折覗く乳首は薄いピンク色だ。


「ミコトちゃん、ごめん、俺もう行かなきゃいけないんだ。」

「え~~っ?」


 口を尖らせて拗ねる少女を急かして、チェックアウトの準備をさせる。

 ピチピチしたハリのあるミコトの肌に触れていると、正直、もう一回戦したい気持ちも湧いてきたが、昨日の彼女の性欲を思い出して、危うい所で留まった。

 着替えを済ませ、部屋を出る時に、改めて彼女からお礼を言われた。


「昨日は助けてくれて本当にありがとうございました。」


 スポーツ少女特有の深々としたお辞儀が心地いい。


「大した事じゃないよ、ミコトちゃんが福岡を嫌いにならないでくれてよかった。」


 爽やかな笑顔を返礼にする。


 ミコトはクシャッとした悪戯っぽい笑みを浮かべながら、翔の耳元に囁いた。


「あと、初めてエッチで満足させてくれたことも!」


 そう言うと、頬に軽いキスをして駆け出して行った。


**********


 愛車のザ・ビートル・カブリオレで、陽気に燥ぐミコトを友人達の泊っているホテルに送り届ける。

 朝の7時を少し過ぎた街は、まだ寝ぼけたままだ。

 翔は、那の津通りに愛車を回すと、ベイサイド通りに入ってサンセットパークへと向かった。

 朝の散歩を楽しむ連中も、ここにはあまり来ないので、この場所は翔のお気に入りだ。

 翔の様な健全な生活を送っているとは言えない人種でも、朝の太陽に照らされると禊を受けたような気分になって清々しい一日を送れるような気がするのだ。


 博多ポートタワーを横目に見ながら公園の奥に進むと、目の前には博多湾が広がっていた。

 九州の海の玄関口ともいえる博多港は、この時間は既に船のラッシュ状態だ。

 海岸沿いをのんびり歩いていると、奥のベンチに見知った顔を見つけた。


「お楽しみはもう終わったとね?」


 ダニエルがニヤけた顔で聞いてくる。


「ウブなオンナは好みじゃないんダロウ。」


 レオナルドが勘ぐってきたので、


「人は見かけによらぬものってね。」


 そう言って疲れた素振りでおどけてみせる。


 その時、櫛田神社の浜宮に見える人影に気付いた。

 20代後半くらいだろうか、細身の体に濃いグレーのパンツスーツが映える長身の美人だ。

 ぱっちりとした奥二重の切れ長の目は、目尻の緩やかなカーブがキツイ印象を抑えてはいるが、意志の強そうな眼光は周囲を拒絶する冷たさがある。

 くっきりした顔のパーツとショートカットの髪は彼女の快活さを際立たせていた。


「お、スケコマシレーダーに反応したね?」


 相変わらずニヤニヤしているダニエルは、翔がいつ彼女に気づくか楽しんでいたのだろう。


「スケコマシじゃなくても反応スルサ、あれだけの美人はそうはイナイ。」


 確かに、普段は女に興味なさそうなレオナルドに、そう言わせるほどの美人だ。

 しかし、さすがに昨日の今日…いや、今日の今日で、朝っぱらからコマそうという気力は残っていなかった。

 それに…


「ママさんやろうかね~?」


 ダニエルの言う通り、彼女の背後には、中学生くらいの病弱そうな華奢な男の子と、手にゆるキャラのクマのぬいぐるみを持った十歳くらいの利発そうな女の子が控え、過剰なほどの警戒心で子供たちの周囲に気を配っている。


「いや、年の離れた兄弟だろ。どっちにしても今日はもう店じまいだ。」


 そう言ってはみたが、翔の視線は何故だか彼女の目を追いかけていた。

 翔に追われた視線が、逃げ場を求めるようにポートタワーの方に向かった瞬間、何を見つけたのか、彼女の視線がより一層厳しさを増す。


 ただならぬ雰囲気に、慌ててその視線の先を追うと、いつの間にか三人のスーツ姿の男が彼女たちに向かって歩いてきている。


 距離にして20m前後、男たちは更に距離を詰めながら、懐に手を入れる。

 彼女は周囲を見回し、こちらに縋るような目を向けた。


 距離にして15m前後、男たちは懐から手を出した、取り出したのはサイレンサー付きの拳銃、ジグ・ザウエルだ。


「お逃げください、若様!」


 彼女の声を合図に男の子と女の子がこちらに走り出す。

 男たちも二手に分かれて駆け出し、さらに距離を詰める。


 男の子に手を引かれて駆け出した女の子が、植え込みに足を取られて転倒し、はずみで手にしていたクマが放り出された。

 もう距離は5mも残っていない。


「あ、くまもんが!」


 慌ててぬいぐるみを拾おうとする女の子の手を引いて、男の子は再び走り始めようとしたが、もう遅かった。


「動くな!」


 見上げると冷たい銃口が二人に向けられている。


(もうダメだ)


 男の子がそう思って目を閉じた瞬間だった。


。」


 涼しげな声に、男の子が恐る恐る目を上げると、追ってきた二人の男たちは瞳を見開いたまま、石の様に固まって動かない。


 男たちが見つめる先には、翔の瞳がオレンジ色に輝いていた。

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