第8話 夢の中の少女

 翔からしてみれば青天の霹靂だ。


 朝の太陽に照らされて、爽やかな一日の始まりを予感していたというのに、いきなり銃を持った暴漢と対峙するハメになろうとは思いもよらない。

 しかし、襲われているのが絶世の美女と幼い子どもとなれば、助けないわけにもいかない。


 …それに、あの瞳だ。


 翔は、何故だか彼女の瞳に心を奪われていた。

 その瞳の持ち主が無事か確認したかったが、術を掛けている間は暴漢の目から目を逸らすわけにはいかない。

 ()は術を掛けている間、対象者と目を合わせておかないと効果が切れてしまうのだ。


「ダニー、レオ、こいつらを確保してくれ!」


 頼りになる相棒たちが、二人を後ろ手に締め上げて気絶させるのを視界の端で確認すると、彼女の方を素早く振り返る。



 彼女の長い脚から繰り出された回し蹴りが、男のみぞおちに食い込む所だった。

 スローモーションの様に崩れ落ちて動かない暴漢を見て、ダニエルが「ヒューッ」と口笛を吹く形に口を尖らせる。


「助けは要らんかったね。」


 まったくだ、あの細い身体のどこにあんな凶暴さを隠していたのだろう。


「一応、あっちの奴も眠らせといて。」


 ダニエルにそう頼むと、翔は足元の黒いクマのぬいぐるみを拾い上げ、雑草を払い極上の笑顔と共に女の子に差し出す。


「もう大丈夫だよ。」


 女の子は10歳に満たない位だろうか、照れたような笑顔でクマを受け取った。


「ありがとう!」


 その様子を見守っていた男の子が、翔に目を向けた時、不思議な感覚に襲われた。

 

 体の表面が透明になり、奥の奥の隠し事まですべて見透かされる感じ…。


 翔は慌てて目をそむけた。

 男の子は、翔の動揺など気にすることなく、安堵の笑顔を浮かべる。


「知佐さん、この人です。」


 すると、知佐と呼ばれた女性は、ゆっくりとこちらに向かってきた。

 足取りは優雅だが、表情は険しいままだ。


 女の子の元に着くと、頭に手をやり、男の子の肩を抱いて、警戒するように翔の姿をくまなく観察する。

 やがて、何か得心がいったのか、表情を緩めて笑った。


「翔くんは、相変わらず正義の味方なのね。」


 瞬間、翔の脳裏にあの夢がフィードバックしてきた。

 気恥ずかしい少年時代の思い出の中のあのひとコマ。

 教室中の嘲笑の中で、一人だけ自分を理解してくれたあの瞳。


「…九条…九条知佐!?」


 雷に打たれた様な衝撃に、呆然と見つめるしか出来ない翔を見つめ返すその眼差しは、幼き日の翔を包みこんでくれた、あの優しい眼差しだった。


「な、なんで?本当に?」


 まばたきも忘れて棒のように突っ立ている翔を見かねて、レオナルドが口を開く。


「状況は後でキクガ、今はあの男タチをどうするカダ。」


 レオナルドに肩を叩かれてハッと我に返った。

 混乱する頭で、必死に状況を整理しようと試みるが、


・あの九条が何故突然ここに現れたのか?

・九条が「若様」と呼んでいたこの少年たちは何者?

・少年に見つめられた時のあの感覚は?

・拳銃を持って襲ってきたあの男たちは?


 分からない事だらけだ。


 というより分かってる事が何もない。

 九条達には後で話を聞くとして、差し当たっての面倒ごとはあの暴漢達だろう。

 こんな衆目にいつまでも晒しておくわけにはいかない。

 慌てて暴漢達に目をやると、三人並べて後ろ手に縛られていた。


「どこから紐持って来たんだよ?」


 我ながら間抜けな質問だ。


「ラーメン屋がチャーシュー紐を持ち歩くんは当たり前やろもん!」


 当たり前ではないと思ったが、この際、納得する事にする。


「サテ、素直に喋ってくれルカナ?」


 翔たちは話を聞こうと、ぐったりと倒れている男の一人を起こし、軽く頬を叩いた。


 反応がない。


 首筋の頸動脈を探ってみる。


「おい、こいつ。」

「アァ、シンデル。」

「他の奴らもか?」


 慌てて他の2人の脈をとるが、どちらも既に事切れていた。

 彼らの口からはわずかに血が垂れている、捕まった時に自害するために、奥歯にでも毒を仕込んでいたのだろう。


暴漢やなかね。」

「こいつらは、子どもには見せられないな。」

「あぁ、あん子達はお前の事務所に連れて行き。」

「コイツラのはコッチにまかセロ。」


 素早く役割分担をすると、銃や財布など面倒な事になりそうなものを、手際よくポケットから抜き取りながら、翔たちは戦慄していた。


 彼らが自ら死を選んだ事にではない。

 ここまで徹底した行動を取る組織だ、これで終わりという事はないだろう、それだけ大きい事件に九条たち三人が関わっているという事だ。


(そして、俺たち三人も関わってしまっているという事か…)


「おい、こん間抜け、面白かモン持っとったバイ。」

 

 ポケットの中を探っていたダニエルが何か見つけたらしい。


「おいおい、嘘だろ。」


 テレビドラマなどでよく見る黒の二つ折りの革の手帳を開くと、金色の記章が鈍い光を放っている。


「ポリさんだったとはネ。」

「しかも、警官じゃない。」


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