世界滅亡まで、徒歩十分。

新瀬幌呂

世界滅亡まで、徒歩十分

 ある日、いつも通りの日常の最中、世界は滅亡した。

 

 朝、いつもより十分ほど早く起きた俺は、いつも通りシャワーを浴びて朝食を食べた。いつも通り少し余った時間を使って、スマホで昨日買った漫画を見ながら学校の準備をする。

 いつもより十分も時間があるのに、いつもと変わりのない日。十分という短さを感じる。


 家を出るとき、イヤフォンをつけながら今日聴く曲を選ぶ。昨日聴いていた曲と一緒のものだ。一昨日は最近一気見したアニメのEDだったが、昨日今日はOPの方だ。

 

 学校は電車で3駅ほど離れた所にある住宅街の真ん中に建っている。学校までは大体三十分程で着くのだが、いつも十分位にしか感じられない。


 駅まで結構な人がいるが、その中に学校の人は1人もいない。いつもと変わらないがやっぱり少し疑問に思う。電車に乗る時は結構学校の人を見かけるのに通学路にはなんでそんなにいないのか。方向が違うのかほんの少し時間がずれているのか。こんなことを昨日も、なんだったら一昨日も考えていた気がする。


 電車に乗って十分ほどで学校に一番近い駅に着く。その駅にあるコンビニでおにぎりを二個、ドーナツを一つ。具や味はいつも変えているがこの構成は高校に入ってから一度も変えていない。大体このコンビニでいつも学校でつるんでいる奴と会うのだが、今日はいないようだ。なら今日は遅刻かな。ここで会わない日は決まって寝坊している。そのことをそいつに話したことがあったが、気づいたんなら電話でもして起こしてくれと言ってたっけ。まあ電話したところで遅刻確定だ。


 学校に着いたはいいが、今日はいつものやつが遅刻なので話す相手がいない。こういう日は漫画でも見るか、小説でも読むかするのだが今日はそんな気になれない、隅っこの方にある自分の机に突っ伏してぼーっとしていよう。 


 いつも通りの朝礼に、いつも通りの一限目と二限目。 


「なんで起こしてくれなかったんだよ。」


 いつもと少し違う十分程の小休憩。 


「起こしても間にあわなかったろ。」

「ギリギリ間に合ったかも知んねーじゃねーか。」

「無理無理、絶対間に合わない。お前結構遠いだろ家。 てかサボれてラッキーじゃねーの。」

「俺登校日数ギリギリなの知ってんだろ!」

「寝坊とか関係なくサボってたからだ。それなかったらまだ余裕あったろ。」


 こいつは不真面目で、よく学校をサボったり授業をフケたりしてる。登校日数なんて普通に学校来てたら気にするもんでもないだろうに。


「お前はいいよな。登校日数とか余裕も余裕だろ。」

「まあ、いちよう毎日来てるからな。」

「登校日数分けれたらいいのにな。そしたらお前から十日くらい貰う。」


 出来てもお前にはやんねーよ。


「やるわけないだろ。お前のはただの自業自得だ。」

「別にいいじゃねーか。分けてくれてもよ。皆勤賞欲しくて毎日来てるわけじゃねーんだろ。」

「そりゃ、そうだけど。だからってお前には分けねーよ。」


 バカみたいな話だ。ありえないこと妄想して、無駄に口から吐き出すして、大した意味もないこんな会話がなんでこんなに楽しいのか。

 やっぱこういうのでいいんだよ。毎日、死ぬまでこんな日々を繰り返せたらどれだけ幸福か。 


 その後、三限目と四限目はいつも通り終わり、昼食の時間になった。

 

「んで、どうすんだよ。」

「…どうするって?」

「告白だよ。前言ってたろ、杉波と付き合えたらいいのに…って。」

「………言ったけど、飛躍しすぎだろ。突然告白って。」


 確かにそんな話をした覚えはある。彼女作らねーのかって話になって、じゃあ誰がいいかってなった時だ。


「お前今まで彼女とかいなかったんだろ? もういっそ誰かに告って区切りつければいいじゃねーか。告って成功したらそのまま付き合って、失敗したらもう彼女とかすっぱり諦める。お前、彼女とか興味ないみたいなこと言ったと思ったら、付き合えたらいいなとか言って、中途半端すぎんだよ。」

「中途半端って…。そこまでか?」

「そこまで、だよ。お前、別に嫌われてるわけでもねーし、何だったら杉波とは普通に仲良いだろ。いけるって。」


 杉波はクラスのマドンナ的な人で、特別多く話をするわけではないが、逆に話をしないわけでもない、っていう位の関係だ。まあマドンナっていう位だから結構綺麗な顔をしているんだが、ちょっと性格に難がある。まあ話は普通にできるし性格が悪いというわけではないのだ。


「仲が悪くないって位だ。そんなんで告白なんかしても成功しねーよ。」

「そりゃ、そんな状態で告白すりゃ大抵失敗する。でも杉波との仲の良さで言えば男子で一番なのはお前だろ。他の奴は近づけてもいねーんだ。」


 彼女は男子達から高嶺の花的な認識を持たれている。基本話をしているのは彼女の周りにいる女子達だけだ。元々同じ中学ではあったがその時も関係はなく、高校にはいってから話し始めるようになったのもただの偶然からだ。


「はぁ、まあ確かにそうだけど、だからってなんで告白なんだ…。」

「いいじゃねーか。今日も杉波と話すタイミングはあんだろ。そん時にでも約束取り付けて告白しろよ。」

「………分かった、告白するよ。成功すりゃ最高だし。」

「お、やっとその気になったか。んじゃあ俺は午後の授業フケるから、明日にで聞かせてくれよ、成功報告。」

「お前これ以上サボって大丈夫なのかよ。」


 ほんと、不真面目だなこいつ。




 その後いつも通りの五限目と六限目を終え、放課後に話があると彼女に伝えた後、約束した場所に向かった。


「それで、何の話? 杉並くん。………なんて、わざわざ聞くまでもないけどね。」

「まぁ、分かりやすいとは思うけどな。放課後に話がしたい、なんて。」

「そうだよね、君は面白い人だけど、こういう時は普通なんだね。」

「面白みが無いって言ってもいいんだぞ。それで傷つくわけでもないし。」


 彼女は変人だ。性格に難があるとは言ったが、彼女の変さ加減に比べたら大したものではない。

 

「まあ、君が何を言うかは分かっているからもう問うてしまうけど、君は自分が死んだら後の世界をどう思う?」


 これだ。彼女が変人たる理由。彼女は人を自分が問いかけた哲学的な問いへの答えで判断する。自分の考えを共有出来ない人とは仲良くすることがないのだ。何処までも人を共感できるか、共感してくれるかで判断する。


「…それに答えたら付き合ってくれるのか?」


 一応聞いておく。


「折角ぼかしたって言うのに、随分無遠慮な問いをしてくるね。まあ君と付き合うのはやぶさかではないから、答えなくても付き合ってあげようかなとは思っているけどね」


 こんなことを言ってはいるが、結局答えるまでは付き合うことなんてないのだろう。何度かこんなことを口にはしているが、一度もその通りになったことはない。 


「俺は、………俺が死んだ後の世界は滅べばいいと思ってるよ。」

「………なんで?」

「死んだ後の世界なんてどうでもいいだろ。どうでもいいってことはどうなったていいってことだ。 どうなったっていいのなら、俺と一緒に世界も死ねって俺は思うね。」

「なるほど。うん、すごく、すごくいい答えだ。やっぱり君は僕が思った通りの人だ。」


 いつも通りの反応だ。問いに答えた後はいつも同じような言葉で応える。


「それで?」

「なにが?」

「告白の答えは?」

「いいよ、付き合おっか。」


 告白は成功した。


 その後、家に着いた瞬間を見計らったかのようなタイミングで、電話がかかってきた。


「もしもし」

『やあ、今暇かい。』

「ああ、暇だけど?」

『じゃあ、デートしようか。』


 デート?


「今から?」

『今から。』


 ………まじか。


「どこ行けばいい?」

『おっ、いつもよりずっと興奮しているようだね』

「興奮ってなんだよ。言い方が悪すぎるだろ。」

『そうかい? いつもは私と話しても誰と話しても、抑揚一つ変わらないから。珍しかったんだよ。」


 そこまで変わらないだろうか。まあ彼女が言うならそうなんだろうな。


『いつも君が使っている駅に来てくれるかい? 今私はそこにいるんだ。」


 もういるのか。


「ああ、わかった。十五分くらいで着く。」

『待っているよ』


 電話が切れた後、すぐに出かける準備をして――といっても着替えるだけだが――駅に向かった。 いつもは十分しかかからない一瞬の道のりが今は随分長く感じる。


「ちょうど十五分だね。」


 スマホの時計を見ながら彼女はそう言った。


「そうか、よかった。」

「じゃあ行こっか。」

「どこに?」


 待ち合わせる場所は聞いたが、何処に行くかは聞いていなかったな。


「秘密。」

「…まあいっか。着いてからのお楽しみってことか。」

「んー、ちょっと違うけどね。」

「違う?」


 彼女は応えなかった。


少し、無言の時間が続く。


 ちょうど電車の光が見えた。


「ねぇ、死んだ後の世界なんて滅べばいいって言ったよね。」

「………ああ、言ったな。」

「なら、一緒に死のっか。」


 何を突ぜ


 


 杉並涼。彼が死ぬと世界は滅亡する。 




 


 


 

  

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