第8話 こんな時に限って


 さて、自分の中に秘められた力が目覚めたなんて展開の後、普通の人ならどう想像するだろうか。

 やっぱり王道はその力を使って鮮やかに敵を一掃する姿だろうか? 自分でもびっくりするくらいの力を発揮して目の前の敵を一刀両断……。うん。爽快感があっていいんじゃないかな。俺の力は「光」なわけだし、すごく絵面的には映えそうではある。


 でも悲しいかな。現実はそう簡単にうまくいかないのである。


「けけけーーーーーっっ!!」

「うわっづ!?」


 敵の火炎放射を傍から見たらおぼつかないとでも評されそうな動きで躱し、距離を取る。躱した時に少し炎が頬を掠めて、刺すような熱さを肌に一瞬置いていく。

 敵——————火の玉軍団とでも称しようか。そいつらは3体ほど、後ろに飛びのいた俺を追いかけるようにして、横一列になってとびかかってきた。


 動きは単調。ただ前のめりになって突進してくるだけ。今にもつかみかからんと手を必死に俺の方へと伸ばしている。

 その姿を俺は大きな隙と捉えた。光を手の周りにまとい、それを鋭利な刃のように細く長く伸ばしていく。

 そして、


「———————!!」


 無言で思い切り、横に一閃、腕を振って薙ぎ払う

 三体とも綺麗に一刀両断され、風にかき消されるように姿を消した。



 ……まあ、ね。

 字面だけ見たらかっこいいかもしれないけど。


 用はとりあえず相手が隙を見せるまでガン逃げに徹して、その隙が見えた瞬間それを突くってのを延々と繰り返してるわけで。

 だからもう傍から見たらすごく地味だし、時間かかるのなんの。


 鮮やかとも華やかとも遠くかけ離れた展開。さっきチュートリアルなんて言ったけど、そのチュートリアルで苦戦してるものだから正直情けなくもなってくる。いくらこういうドンパチ系が初めてとはいえ、ここまで理想と現実はかけ離れてるものなのか。


「……おーい羅一、長すぎんぜ。もちっと手早くできねえのかよー? こっちは退屈だってえの……くぁ」

「あと2体くらいだからもう少し待って……よっとぉ!?」


 ミコト様の気の抜けた文句に一言二言突っ込みたくもなるけど、あいにくそれに付き合ってるだけの余裕はない。気ぃ抜きすぎだろ。この場であくびってアンタどんだけ余裕あるんだよ。

 おそらく俺一人でもどうにかなると確信してるからこそあんな態度取ってるんだろう。でもこっちは初めてなんだからって思うこともあって少し文句も言いたくなるけど、それを言えないのがもどかしい。


 さて、話を戻そう。


 隙ありといわんばかりにいきなりとびかかってきた1体のタックルをギリギリで躱して、勢いそのままにそいつに向かって手刀を振り下ろす。

 そいつは「ギャ」という断末魔(?)と共に、光に飲まれて消滅した。なんか叫んでる途中で無理やり消滅してしまった感があるけど、同情の余地なしだ。

 よし。あと一体……!


 俺はくるりと体を、残った奴の方向へと向けた。

 ただ一人取り残されたそいつは、仲間がまだいるはずと思ったのか、きょろきょろと辺りを慌ただしく見回す動作をする。

 でも、あれだけいた仲間はもうここにはいない。当然だ。お前以外は全員倒したんだから。


 6割くらいはミコト様が消し去ったけど。


 それを改めて思い知ったのだろうか。(目らしきものがないから詳しくはわからないけれど)心底悔しそうで、余裕なさげな表情をしながら、俺の方へと顔を向ける。さっきまでの余裕はどこに行ったんだろうか。

 そいつは歯をぎ、と噛み締めるような顔つきをし、構えを取る。

 来るか、と感じて俺も少し構える。そして、


「ギャッ!」


 逃げた。戦略的撤退とでも思ってんのだろうか。

 俺に背を向け、ウサギのようなスピードで見る見るうちに遠ざかっていく。


「あ、おい! くそ、逃がすか!」


 追わないと。突然のことで少し出遅れはしたけれど、すぐに駆け出そうと足を前に出した。

 その瞬間、


「やめとけ。深追いする必要ねーよ。どーせあいつ一匹程度じゃ今日の所はなんも出来ねーだろうしな」


 いつの間に近づいたのか、すぐ後ろにいたミコト様に肩を掴まれ、制止される。

 本当に見逃してしまっていいのか、なんていう疑問は消えないけれど、彼女が大丈夫と言うなら大丈夫……、なのかな。


「逃げるってことはおそらくあいつらの『巣』みてーなのはあんだろうけど、アタシらでここまでしっかり叩いときゃ暫くは大っぴらにゃ動けねぇだろ。一応、安心しても大丈夫だぜ」

「そうなん、だ。じゃあ、そうするか……、ふぅっ……」


 安心させるように、朗らかに笑うミコト様。そこまで言うなら、その笑顔に甘えようかな。そう思った途端、急に力が抜けて、近くに立っていた電柱に自然と体を預けていた。

 なんだかんだ言って結構気張ってたんだな、俺。ちょっと疲れた。


「おいおい、安心していいとは言ったけどよ。気ぃ抜いていいとは一言も言ってねーぞ。万一反撃してくる可能性だってなくはねぇんだからな」

「いや初めてだし、ちょっと緊張してたんだよ。そのせいで少し疲れただけだから別に気を抜いたってわけじゃ」

「そーいうのを気ぃ抜いてるっつうんだよ。ったく、前途多難なこった」


 ミコト様は呆れ顔で俺の言葉をさえぎってそんなことをぼやく。うるさいな。疲れちまったもんはしょうがないだろ、なんて子供の駄々みたいな台詞を頭の中で反響させる。

 でも、彼女はそう言いつつも「ま、初めてだし仕方のねぇ所はあんのかもな」なんて言ってるし、特に咎めるつもりで言ってるんじゃなさそうだ。

 とにかく、初めてのお仕事はなんとか大事もなく収まりそうだ。そんなことをのほほんと考えていた。


 そんなことを考えていた所に、ふと、風が通り過ぎていった。

 それは優しい、夜の春風ではなく、

 不穏で生温かい、妖しい風。


「……?」


 何か違和感を感じる。

 何か、ちょっとやばいものが近付いてるような–––––––––––。


「–––––––––––ッッ! 伏せろ羅一っ!」

「え、何………がっ!?」


 突如、ミコト様に思い切り突き飛ばされた。

 いや伏せろって言っといて思い切りどついてんじゃんあなた。

 なんて文句を言ってやろうと思ってミコト様の方を見た、けど。


「…………あ」


 声が出なかった。何故って。

 彼女の背丈の1.5倍はあろうか。

 先ほどのデフォルメされたような火の玉の妖とは似ても似つかないほど筋骨隆々とした姿で、揺らめく炎はより禍々しい。

 恐らく、先の妖のさしずめ先輩とかそこらにあたるやつだろうか。みるからに凶悪そうで、おびただしい妖気を纏った「鬼火」が、先程まで俺のいた場所目掛けて殴りかかっていた。


 その拳の先には、片膝をついてそれを受け止める、ミコト様の姿。

 拳を振り抜かんとする妖のそれを、必死に受け止めている。


「……っ。ま、大方さっきの奴が呼んできたってとこか? 後ろっから奇襲たぁ随分と………ッ!?」


 舐めたマネしてくれんじゃねぇか。そう、繋ごうとしたんだろう。でも、言葉は続かなかった。

 鬼火は体の炎を激しく燃え上がらせていく。

 あれは、まさか、ミコト様を炎で飲み込むつもりか!?


「ミコトさ—––––」


 助けなきゃ、そう思ってミコト様に向かって駆け出そうとする、けど。


「――――――――あ、れ」


 声が、それ以上出なかった。

 足も、動かない。


 あ、また、だ。

 また、俺は、

 助けなきゃいけない、動かなきゃいけない時に、限って、限って。

 こんな時に限って、動けないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミコト様の眷属 二郎マコト @ziromakoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ